ぴんぽん、と軽くインターフォンが鳴る。

カイトは読んでいたマンガから顔を上げ、寝そべっていたソファからも起き上がると、ダイニングに行った。

杉崎家のインターフォンの外部窓口は、ダイニングにあるのだ。

ピンクハウスブルーマガジン-01-

「はい、どちらさまですか?」

応答ボタンを押して問いかける。

カメラに映し出されたのは、見知らぬ少女だった。

杉崎家のインターフォンは古いので、画質があまり良くない。色も微妙だ。

それでも、ツインテールのその子が、ひどくかわいらしいということはわかった。

少女は流れてきたカイトの声に一瞬、瞳をぱちくりとさせ、それからカメラに向かって、笑顔でVサインを突き出した。

『まいどセンベイ印の宅配便でっす☆』

「…」

そのいち。

『センベイ印の宅配便会社』などというものは、聞いたことがない。

そのに。

宅配便の配達員は、メアリー・○グダレンのワンピースを着ていない。

そのさん。

…………『少女』?

いくら万事鈍いカイトでも、それくらいのことはわかる。

結論。

→不審者。

「今開けてやる。大人にしておれ」

「がくぽさん」

結論が出たところで、いつの間にか背後にやって来ていたがくぽがそう応じた。『少女』が聞いていたかどうかはわからない。

どうやら連れがいるようなのだが、その連れに今の対応を、物凄い勢いでツッコまれていたからだ。

「あの……」

困惑して見上げたカイトに、がくぽは肩を竦めた。

「確かに間違いなく、アレは不審者で変質者ぢゃが、無害ぢゃ。どうやらテル蔵もいっしょのようぢゃしの」

「…」

そのいち。

不審者で変質者である時点で、『無害』とは並び立たない。

そのに。

『テル蔵』って、誰?

そもそもがツッコミ属性のないカイトは、思い浮かんだ疑問を即座に言葉に出来ない。

ちなみに今日のがくぽはいつもどおり、びらびらふりふりのロングスカートだ。紫を基調にして、水色のレースを差し色にしている。

ふんわりとしたレースとリボンがこんもりと使われていることもそうだが、今日のポイントは、肩から生える小さな羽だ。

これはこれで不審者だ。少なくとも自宅でくつろいでいるときまで、この姿はない。

自宅天使ながくぽは微笑んで、不審そうな顔のカイトに優雅に手を伸べた。

「来や。どうせ上がってゆくぢゃろうが、まあ、対面は早いほうが良いぢゃろう。マスターがおると、なんにも説明出来なくなるしの」

「はい?」

首を傾げつつも、カイトは頬を染めて、伸ばされたがくぽの手を取った。

いくら不審者であっても、堂々と着こなすがくぽはすでに『女王』の風格を持って美しい。カイトはいつまで経っても、称賛と憧憬の眼差しで眺めてしまう。

マスターが変態でオタクであるというだけでなく、こういうデザインを着せ続けてしまう理由もわかると思う。

少なくとも、がくぽに関しては。

手を引かれて玄関に行くと、外から怒声が響いていて、カイトはびくりと身を竦ませた。

「やれやれぢゃ」

がくぽは肩を竦め、カイトから手を離して三和土に下りた。鍵を開けると、ノブを回す。

「ぬしら、己らが変質者ぢゃという自覚を持って、もう少しう大人に出来ぬのか」

扉を開くと同時に言ったがくぽに、いちばん手前にいた『少女』が振り返った。人差し指だけ立てた両手を、くるんと回す。

明るい笑顔で、軽やかにウインクを飛ばした。

「言うよねー♪」

「というか、おまえに言われるのが一番納得いかないがマスターと十把一絡げに、私まで変質者扱いしないでもらおうか!」

見た目は完璧に『お人形さん』なかわいらしい『少女』の後ろから、スーツに眼鏡着用のサラリーマン然とした男が、憤然と身を乗り出す。

がくぽはわざと辟易した表情を作ると、胸を撫でた。

「胸焼けがしそうぢゃの」

「なにがだ!」

つけつけと問われて、がくぽは無邪気に首を傾げる。

「鳥を一気に十羽も唐揚げにしたでは、さすがに油負けしそうぢゃ」

ごくまっとうそうな顔で言う。

『少女』が明るい笑い声を弾けさせ、男の方は盛大に引きつった。

「『十羽ひと唐揚げ』じゃないっ!!そもそも漢字も読みも違うっいいかっ、」

「え、そうなの?!」

「…っ」

上がった無邪気な声に、沈黙が下りた。

『少女』がひょいと体を傾け、声の上がったがくぽの後ろを覗きこむ。

「えーっと」

立てた人差し指を、とんぼでも捕まえようとするかのようにくるくる回す。

ややしてその指を頬に当てると、文句なくかわいらしく、首を傾げた。

「『カイコ』ちゃん?」

「ほえ、カイ『って、え………ひ、ひきゃぁっ?!!」

――本日のカイトの御召し物は、『おかあさま』の手作り。

黒と白の基本的な配色で作られた、ある意味オーソドックスな一品だ。

基本の配色だが、あちこちにふんだんに使われたリボンとレースでこれでもかとデコレーションされ、トドメにふんわりと広がるパニエのスカート。

そう、もちろん、女装。

ちなみに母親は、がくぽの場合はヴィクトリアン系で攻めるのだが、カイトの場合はゴスロリ系で攻めることに決めたらしい。

しかもがくぽはどんな場合でもロングスカートなのに、カイトの場合、ゴスロリはゴスロリでも、かなり際どく短いスカートだった。もちろんニーソックスを合わせているが、太ももは見えるうえ、下手な動きをするとお尻が覗く。

ゴキゲンな『おかあさま』に、新作出来たの、着てみて、カイトちゃん――と言われて、着て、そのままだった。

少なくとも家の中であれば、こういった格好であることに違和感がなくなってきている現状だ。確実に毒されている。

とはいえまだ、人目に晒しても大丈夫、というほどには思い切れていない。

カイトはおろおろとした挙句、がくぽの背にぎゅっとしがみついた。

「照れ屋ぢゃ。愛いのう」

「いや、照れ屋というか………おまえら、本気で容赦なく変質者だな…………」

引き気味でつぶやく男に、がくぽは堂々と胸を張った。

「変質者ではない。変態ぢゃ。ぬしのマスターと唐揚げるな」

「だから唐揚げではないと!!」

「う、うえっ、ぐすっ」