がくぽが花色の瞳を見張る。
へきるはティッシュ箱を掴むと、そのがくぽへと投げつけた。
「がっくん!撮影前に衣装ダメにしたら、さすがに怒る!!」
「うみゅ」
ティッシュで鼻を押さえ、がくぽはくぐもった声で返事をする。
その瞳はきらきらと輝いて、カイトから離れない。
「ぅ………う~………っ」
カイトは真っ赤になって唸りながら、懸命に短いスカートを引っ張って、少しでも足の露出を減らそうと、無駄な努力をしていた。
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カイトが起動して、一週間が経った。
今日はスタジオを借りて、試しに一本撮ってみよう、ということになった。
カイトの動きや表情を客観的に判断するためにも、カメラで撮ってみることは大事なんだ、と語るへきるは、少なくとも、カイトにはまともに見えた。
だが、いざ貸しスタジオに着いて、『これに着替えて』と言われて渡された衣装は――スカートだった。
全身をコーディネイトしてみてわかったが、いわゆるゴシックロリータ、ゴスロリと呼ばれる系統の衣装だ。
もちろん、ゴスロリにも男向けの衣装がある。
しかしカイトに渡されたのは、誤魔化しようもなく女物だった。
半袖のワンピース仕立てのそれは、基調は水色と白で、そこにアクセントとして黒のリボンをところどころに入れて、全体を引き締めている。
首元にちょこりと巻いた、細い黒のリボンなどはねこを思わせて愛らしく、膨らませた袖の際につけられた同色のリボンは、腕を細く見せた。
そうやって緩急をつけて全身を引き締めつつ、スカートには幾重にもレースを重ねて軽さとともにボリュームを出し、基本的にウエストのない男の体型をきれいにカバーしている。
そしてそのスカートは、とても短かった。
動きに気をつけないと、下着が覗く。太もものほとんどが見えてしまう。
おかしいとは思いつつも、基本が大人しく、従順に出来ているカイトは、素直に着替えた。
着替えた、が――
「ないす変態ぢゃ、マスター!容赦なく変態ぢゃの、マスターは!!」
歓喜に染まって叫ぶがくぽも、カイトと似たり寄ったりの服装だった。
違うのは、スカートの丈がくるぶしまであるロングだということと、――家からすでに、この恰好だったということだ。
ちょっと時代を遡った、昔懐かしい女性教師を思わせる型の白いブラウスに、襟元には臙脂の細いリボンを垂らしている。黒のロングスカートは割とタイトなデザインで、同色のサスペンダーで吊るすタイプだ。そのことでわずかに活動的に見える。
しかし容赦なくスカートだ。ロングで足を露出していなくとも、スカートに違いはない。
あまりに日常的になっていたために、おっとりさんのカイトは違和感に気がつけなかった。
しかしそもそもこの一週間というもの、がくぽがデフォルトの衣装を着ていたこともなければ、パンツルックだったこともない。
常にドレス。さもなければスカート。そうでないなら、女性ものの着物。
女物しか着ていない。
しかもその恰好で、普通に出掛ける。
あまりに当然とばかりに自然に堂々としているので、カイトはツッコミを思いつかなかった。そもそもが、ツッコミ属性ではなくボケ属性のシリーズKAITOだ。
思いきりスルーしていた。
ら、このざまだ。
「ぅううっ」
「あれカイト、頭にボンネットは?」
「ひぅうっ」
背景をセット――といっても、合成のための垂れ幕を張るだけなのだが――していたへきるが、容赦なく訊く。
「頭そのまんまじゃダメだよ。衣装が浮くじゃん。あと化粧も」
「ひぐっ」
「あれ?」
とうとうしゃくり上げたカイトに、へきるはようやく気がついた顔になった。
いきなり飛ばし過ぎなのだ。
「マスター、慣れぬうちは頭を弄るのは難儀ぢゃぞ。化粧だとて、デフォルトでそんなスキルは入っておらぬ」
鼻にティッシュを詰め、上を向いて首の後ろをとんとんと叩くがくぽに指摘され、へきるはごく不思議そうに首を傾げた。
「え、だって、がっくんは?」
訊かれて、がくぽは上を向いたまま、眉をひそめた。
「我とて、はぢめは母御殿に教えてもろうた。あとはネットぢゃの。マスターがどうも、救いようもなく変態オタクぢゃと見極めがついたゆえ、諦めて勉強したのぢゃ」
「救いようもな…………っっ」
傷ついたようにつぶやいてから、へきるは視線を横に流した。
「どうしてだろう。全然救われたくねえや」
オタクはそれゆえにオタクだ。
気を取り直すと、へきるはべそを掻くカイトを眺めた。
元が元だけに、変というほど変ではないが、やはり髪をちょっと、化粧をちょっと、なんとかしたい。
しかしへきるはひとに着ろとは言っても、そういう支度のいっさいがまったく出来なかった。作るのから着るのまで、すべて母親任せだったのだ。
「どうするか………。かーちゃん呼ぶってのもなあ………」
腕を組んで悩むへきるに、ようやく鼻血を止め、ティッシュを捨てたがくぽが身を乗り出す。
「我に任せよ」
「がっくん?」
「救いようもなく、とことんまで愛らしさを極めてやろう」
「いや、がっくん………」
ほかに道はないのだが、へきるはあからさまに渋面になってがくぽを見た。
がくぽの場合、髪も化粧もすべて自分でやっている。伊達の『学習した』発言ではないのだ。
衣装に合わせた色の選び方のセンスにも、問題はない。
しかし。
「だから、撮影前に衣装ダメにされたら、もっと困るんだっての!」
人差し指を突きつけるへきるに、がくぽは頬を膨らませた。
かわいくない。
そんなことをしても、まったくかわいくない――中身はともかく、見た目はヴィジュアルなひとなのだ。
服装こそ、一時代前の女教師風で、髪も古風なまとめ髪にしているが、化粧は立派にヴィジュアルだ。わざと黒のルージュを引き、目元も紫と黒でくっきりと際立たせている。
そうでなくても元がいいだけに、ちょっとやるとすぐ。
「それくらい、わきまえておる」
主張したがくぽに、へきるは突きつけた指を振った。
「それにそもそも、泣いてるのに化粧なんて無理だろ」
「泣くこと前提か!!」
決めつけられて、がくぽは抗議の声を上げる。
対して、基本小心者なオタクらしくなく、へきるは瞳を尖らせた。
「じゃあがっくん、泣かさないって約束できんの?!今日これまでの行状を振り返りつつ!!」
「…」
言われて、がくぽは自分から胸に手を当てて考えこんだ。
カイトが起動して一週間。
今日これまで。
「泣いている姿も愛い」
「そうじゃないだろっ!!」
きっぱりと言い切ったがくぽに、へきるは全力でツッコむ。
本来ツッコミ属性ではないのに、この一週間ですっかり脊髄に叩きこまれた。
これまで、がくぽに泣かされたことは多々あれど、手を焼かされた記憶はあまりない。
デパートではしゃいで走り回るのだって、言い聞かせれば我慢出来るようになった。ボタンやスイッチの全押しも、ゲームのコントローラーと引き換えに我慢することを許容した。
その他いろいろあれど、がくぽはとりあえず、言って聞かせれば従うのだ。そこは、なんだかんだといってもロイドらしいというか。
それが今回に限って、がくぽはまったく手に負えなかった。
さっぱり言うことを聞かないのだ。
『好き』が暴走して、自分でも制御が出来ないらしい。
カイトがなにをしてもなにを言っても、『愛い!』の一言のもとに。
ちょっとすれば落ち着くかと思ったが、今のところ、その気配はまったくない。それどころか、ますます進んでいるような気配すらする。
おかげでカイトがいつも、びくびくぶるぶるのうさぎちゃん状態だ。
「――そうか。いっそ、うさ耳カチューシャどうだ?!」
「マスターはわかりやすく変態で、オタクぢゃのう」
考え過ぎて着地点を間違えたへきるに、がくぽは微笑む。
「まあ我にとっては、思うつぼというものぢゃが」
「やべえ!がっくんの笑顔が嘘くさいまでにやさしい!!」
我に返ったへきるは叫び、救いを求める顔で『漫才』を見つめているカイトへ目をやった。
瞳うるうるのきらきらだ。そしてミニスカだ。
「よしわかった」
腹を括り、へきるはがくぽへと頷いた。
「カイトに指一本触れないで、髪と化粧よろしく」