前回までのアラスジぢゃ」

「え、なになにがっくん?!いきなりナニ言いだしてんのてかどこ見て言ってんの?!」

ピンクハウスブルーマガジン-04-

ごく平均所得の杉崎家は、ごく平均的な日本家屋だ。つまり、狭い。

ベッドやら机やら機材やらその他もろもろオタクな物品で溢れかえり、そうでなくとも狭い六畳間に、男が六人。すし詰めだ。

その絵面がむさ苦しくならないのは、ひとえに、男6人のうちの半分が女性の恰好で、さらに残った男三人のうちのひとりがショタっ子だという、カオスな事態のおかげだ。

机に向かう椅子にへきるが座り、その膝元にせつらが座って、ベッドにはカイトとレンが、相変わらずの膝抱っこで座った。

キヨテルといえば、扉の前の床に折り目正しく正座している。

ベッド上のカイトとレンの隣に座ったがくぽは、へきるのツッコミをスルーして話を続けた。

「敬愛するPの生放送見たさに大学を自主休講にした駄マスターの元にやって来たのは、その幼馴染みである、マスターと同い年でありながら永遠の十七歳の職業魔女っ娘、秋嶋せつらぢゃった。社会人のせつらは確か、水曜か木曜が定休日であったゆえ、平日の真っ昼間に来るのもまあ、許容しよう」

鷹揚に言ったがくぽに、へきるは真顔で首を振った。

「いや、俺は許容しねえよ平日でも休日でもお断りだ」

「もぉー、るーちゃん、つれなぁーいー」

「太もも撫でんな!」

コケティッシュに笑って伸ばしたせつらの手を叩き落とし、へきるはわずかに椅子を動かす。しかし部屋は狭い。大した意味はない。

「えっとぉ、はいです、がくぽさん!」

そのマスターたちの様子に首を傾げながら、レンを膝抱っこしたカイトが、いい子に挙手する。

「うむ、なんぢゃ?」

鷹揚に促したがくぽに、カイトはへきるとせつらを見やり、がくぽに視線を戻した。

「おふたりはどういう関係なんですか?」

「無関係という関係だ!」

「運命の赤い糸で雁字搦めに縛り上げられた関係だよ!!!」

マスターふたりが、同時に叫ぶ。

がくぽはそんなふたりを無視して、あらぬ方を見つめた。

「うむ、それはな、遥か昔に遡る。ふたりが出会ったのは、齢八つのときぢゃった。セーラー○ーンのコスプレをしたマスターと、セーラー○ュピターのコスプレをしたふたりは」

「ぃいやめてぇえええええ!!!」

「ひぎっ?!」

へきるが悲鳴を上げて立ち上がり、カイトはレンを抱く腕に力を込めた。

がくぽは素知らぬ顔だ。

「運命的に出会ったふたりは、お互いのあまりのかわゆらしさについ」

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーーーーーっっっ!!!」

「ひぐっぇ、ぇぐっ」

へきるの絶叫で、もはやがくぽの話などまったく聞こえない。

せつらとキヨテルは慣れっこで耳を塞いでいたが、カイトは半べそ状態だ。膝の上のレンをぎゅうっと抱きしめて、しゃくり上げる。

「――どっとはらい」

「ぉごぅ……っ」

満足げに話を締め括ったがくぽに、へきるは床に頽れた。

黒歴史の始まりとでもいうべき話なのだ。あの日の過ちさえなければ、今頃は。

カイトはしゃくり上げながら、そんなへきるをそっと窺った。

「ま、まひゅたー」

「っあああああ、がっくがががっくんの記憶を消し忘れていたぁあああああ………っ」

「ひ、ひぃっ」

怨念たっぷりに『記憶の消去』などということを言いだすへきるに、カイトは身を竦ませた。

「相変わらずなんだな………」

耳から手を離したキヨテルが、人間として限界状態のへきるを冷たく見る。

せつらのほうは、どこまでも生き生きとしていた。彼にとっては黒歴史ではない。

むしろ薔薇色の軌跡の始まり。

「がっくん、その話、よく知ってんねるーちゃんがいっしょけんめーに葬ろうとしてんのに」

面白がるように言ったせつらに、がくぽは頷いた。

「母御殿に聞いた。写真付きで」

「ぅああああああっっ!!」

頭を掻き毟るへきるを、キヨテルが呆れを隠さない冷たい眼差しで見つめる。

「だいたいにして、いくら自分の家の写真を処分したって無駄だろう。うちに来れば、八歳どころか全年齢のアレな写真と動画が残っているんだから」

「ぬがぁっ?!!」

さらりと落とされた爆弾に、へきるは目を剥く。

ぎょろりと見つめられて、キヨテルは腰を浮かせた。すぐに逃げられるようにだ。

「当たり前だろうおまえ、うちのマスターをなんだと思っているんだ?」

「サイコストーカ!!」

絶叫を轟かせたへきるに、キヨテルは顔をしかめ、せつらは明るく笑った。

どう罵られても、せつらがめげることはない。せつらが毛嫌いされる理由のひとつだ。

顔をしかめたまま、キヨテルは吐き捨てた。

「否定しようがないが」

してやれ。

救いようのないマスターをあっさり見捨てるキヨテルは、人間を止めかけているへきるへと顔を向けた。

「おまえのこれまでの人生のアレもコレも、うちに来ればネガもポジも動画もムービーも」

「はがぁあああっっっ!!」

とうとう人間を止めた顔で、へきるは頭を抱えた。

「ぃいいい、今すぐせつらの家に行って、大処分祭を絶賛開催」

「え、なになに?!るーちゃん、俺ん家来てくれんの?!!」

「……」

「お?」

うれしそうに弾んだせつらの声に、へきるはぴたっと止まる。

顔を上げると、べそべそに泣き崩れているカイトの背を撫でてあやしつつ、事態を面白そうに傍観していたがくぽの元へにじり寄った。

「がっくんがっくんがっくん、お願い聞いて今すぐせつらん家行って、アレもコレもソレも全部処分して破砕して葬り去って!!」

みっともない泣き顔で迫るへきるの頭を、がくぽはやさしい笑みを浮かべて撫でてやった。

肩には羽がある。救いの天使そのものだ。

そうやってから、レンと一体化してべそを掻くカイトをにこやかに見やった。

「カイトも来や。マスターの許可が出たのぢゃ。思う存分、マスターのアレやコレやな写真や動画を見られるぞ。ぬしも、かわゆいころのマスターを見てみたかろ?」

「かわいいころのマスター………」

べそを掻いていたカイトだが、その顔がわずかに綻んだ。

マスターのことが知れるのは、ロイドにとっては常に悦びだ。それがましてや、『かわいいころ』ともなれば。

「見てみたいです!」

「しゃぎゃあっっ!!」

「ひぎっ!」

叫んで、へきるは仰向けに倒れた。

おろおろと傍に寄ろうとするカイトの肩を掴んで引き寄せ、がくぽはあくまでも善良そのものの笑みを浮かべる。

「今でこそこんなぢゃが、小さいころはもう少しう、見られる容体ぢゃった。セーラー○ーンもお○ゃ魔女も」

「あっは、がっくん♪」

倒れてぴくりともしないへきるに勝手に膝枕をしつつ、せつらが笑う。

「それもこれも全部カワイイけど、るーちゃんがいちばんカワイかったのはやっぱり、中二のときだよ。俺の家で」

「おまえをころしてわたしもしぬぅううううっっ!!」

目を剥いて、へきるが起き上がる。

それに構うことなく、がくぽはぐずぐずに泣きじゃくるカイトの肩を抱いて、渋面のキヨテルへと顔を向けた。

「残っておるのか?」

「ムービーも写真もテープレコーダも」

眉間に皺を刻んで答えたキヨテルに、がくぽは首を傾げる。

「もしやぬしは、あの変質者の犯罪録をすべて見たのか?」

「ああ」

渋面をさらに渋くして、キヨテルは頷く。

「マスター理解の一環として、避けては通れないと判断して見たが――」

言って、せつらと揉み合うへきるへ視線を流す。

「それでも付き合いを止めないんだからもう、合意と考えて」

「ぉおまえるぁぜんいんこるぉしてわたしもしぬぅうううううっっっ!!!」

イっちゃった目で叫んで立ち上がったへきるに、キヨテルが一度は落ち着かせた腰を再び浮かせる。

なんだかんだと言いはしても、がくぽとカイトはへきるのロイドだ。暴れるマスターを止めることが出来ない。それがたとえ命の危機であったとしても。

そしてせつらは真性の変態で、へきるになら殺されることすら快楽だ。

つまりこの場で対抗できるのは、キヨテルしかいない。

「ぅ、うえ、ぐすすっ………っわっわっ?!!」

本格的に泣きだしたカイトの腕の中から、レンがもがき出た。

誰から手に掛けるか、危険な目で品定め中のへきるの前へと行く。

「ふしゅるぅうう………っ」

「や、ぁ、まひゅらー、らめっ」

「おい、杉崎!!」

腰が抜けているカイトが悲痛な声を上げ、キヨテルは立ち上がった。

しかしその手が届くより先に、レンが固めた拳を振りかざしていた。

「…」

「?!」

その小さな両の拳で、へきるの胸をぺほぺほと叩く。

大して痛くもないどころか痒いようなその攻撃に、へきるはきょとんとした。

「…っ」

ぺほぺほぺほと叩いてしばらくすると、レンはまたカイトの膝に戻った。

ぽかんとして事態を見守っていたカイトの首に腕を回して、ぎゅうっとしがみつく。そうやってから首だけへきるへ向けると、きっと睨んだ。

「ふむ。ナイトぢゃの」

ぽかんとして事態を見守るだけのひとびとの中、がくぽが落ち着いてそうまとめた。

へきるの体がぐらりと傾ぎ、床に手をつく。

「なにその萌え生物…………?!」

「まぢすっごい萌ぇえっっ…………!!」

興奮を隠せないマスターふたりに、がくぽはにこやかに頷いた。

「このドオタクの変態どもが」

爽やかに罵ってから、無為に立ち尽くすキヨテルへと視線を向ける。

キヨテルは絶望にも似た色を燃やして、カイトを睨んでいた。

上品に口元を手で覆い隠し、がくぽは性悪に笑う。

面白い。