ピンクハウスブルーマガジン-05-

「さて、前回までのアラスジはこれくらいにして、本題に入るかの」

「前振り長かったね!」

しらっと言ったがくぽに、せつらが笑う。がくぽもにっこりと笑い返し、立ち尽くすキヨテルへと視線を流した。

「ぬしも座れ、聖職者」

「誰が神官だ!」

我に返って叫んだキヨテルに、がくぽはおかしげに首を傾げた。

「ぬしは『教師』ぢゃろう遥か昔には、教師のことを『聖職者』と呼び習わしたものぢゃ。もっとも今では、性s」

「座った!」

キヨテルは即座に正座し、がくぽをきりりと睨んだ。がくぽは愉しげに笑っている。

「でさ、るーちゃん。相談なんだけど」

「おまえらの変わり身の早さはなんなの現代っ子か俺の心はまだじくじくと痛いんだけど!」

一応主張してから、へきるは再び、机の前の椅子に座った。

「で、なにが困ったってとうとうショタレンに手を出しちゃったのか?」

真顔で訊く。

せつらはそのへきるの足元へにじり寄りつつ、コケティッシュにくちびるを尖らせた。

「大正解じゃないけど、ニアピン」

「この変質者が今警察を呼んでやるから、永久に頭を冷やして来い!」

「だぁかぁらぁ、ニアピンだって」

どう罵られても、せつらがめげる様子はない。

へきるの足元に腰を落ち着けると、膝にしなだれかかった。そして上目遣いで、つれない幼馴染みを見上げる。

「るーちゃんも気がついてるとおり、レンちゃんちょっと、他のと違うよな?」

「うん。なんかショタっ子はショタっ子でも、電波か天然入っちゃった感じ」

「起動に失敗しちゃったかもしれないんだよ」

せつらはあっさりと言う。

ふう、と悩ましげなため息をつきながら、俯いて顔を逸らすキヨテルを見やり、カイトにしがみつくレンへと視線を流した。

「起動のときに、ちょーっとさ。…………テルゾウが、暴走しちゃって」

「暴走?」

その単語に、へきるは顔を強張らせた。

思わずがくぽを見る。涼しい顔で、にっこりと笑い返された。

「いやいやいや………」

『暴走』といっても、『あんな』暴走ではないだろう。普通、ロイドの『暴走』といったら、もっと別の意味だ。

あのあとネットでいろいろ調べたが、ロイドを一体増やすというのは、結構苦労が多いらしい。

人間に兄弟ができるのと同じような感じで、初めから持っていたロイドが幼児化したり、後から来たほうが遠慮し過ぎて潰れたり。

まあ、うちは上手く行ったほうだ。

と、いやいやながらも納得してみようと頑張ったほうがいいのかなと考えないこともないところだ。

少なくともがくぽに抱かれて以降、カイトの表情は格段に明るくなった。相変わらずの泣き虫で、すぐ泣くうえに鼻血には異常に怯えるが。

「先生でも暴走するんか」

感慨深くつぶやいたへきるに、キヨテルはますますそっぽを向く。

せつらがため息をついた。

「暴走も暴走――ってか、目覚めちゃったって感じ?」

「目覚めたなにに?」

珍しくも純粋に訊き返したへきるに、がくぽは堪えきれずに吹き出した。

「ちょ、え、がっくん?」

身内に笑われる心当たりは――まあ、山ほどある。

きょとんとしたへきるの太ももを、せつらはするりと撫でた。

「撫でるな。なんだよ?!」

「や、るーちゃんのカワイーとこって、やっぱ尽きないなーと思って」

「枯れ枯れのカラカラだだからなんだよ?!」

撫でる手は跳ね除けても、しなだれかかる体までは突き飛ばさない。

へきるに、せつらはうっとりと笑った。

「や、だからさ、テルゾウは…」

「マスター!」

さすがに悲鳴を上げたキヨテルに、せつらは素直に口を噤んだ。

別にいいのだ。信頼関係にヒビを入れてまで、せつらが口にしなくても。

なんといってもここには――

「つまり、ショタに目覚めおったのぢゃろう。どうせ起動したてのショタレンのかわゆさに、理性が飛んで――」

「神威っっ!!」

ひとを弄ぶことに躊躇いのないがくぽの告発に、キヨテルは絶叫する。

腰を浮かせたキヨテルを、がくぽはせせら笑った。

「この変態教師が!!」

「っのぉっっ!!」

容赦のない罵りに、キヨテルは立ち上がる。ベッド上のがくぽへと掴みかかり、

「キヨテル、『お座り』っっ!!」

「っくはっっ」

『マスター』による烈迫の叫びに、中途半端なところで床に膝をついた。

避ける気配もなく泰然と座っていたがくぽは、高らかな笑い声を響かせる。

座ったまま手を伸ばすと、膝をついた姿勢で動けなくなっているキヨテルの顎を、優美に撫でた。

「ほんに血の気の多いやつぢゃ。教師がそんなことでは、日本の将来が思いやられるの」

愉悦の表情を浮かべて、いたぶる。動けないキヨテルの表情だけが、激しく歪んだ。

椅子の上で、へきるが怖気を奮ったように仰け反った。

「いぢめっ子だ…………超いぢめっ子だ………ひぃいいい……………っ」

「いやあのね、るーちゃん」

全オタクの敵に遭遇して戦慄するへきるに、せつらは呆れた顔を向ける。

「怯えてる間に、がっくん止めようよ。俺はテルゾウ、ちゃんと止めたじゃん……」

このままでは、悪戯にがくぽに嬲らせるためだけに止めたようになってしまう。

せつらの要望に、へきるははっと自分の役目を思い出した。

がくぽのマスターは自分だ。

いけないことをしているなら、止めるのは自分の役目だった。

戦慄から一転、表情を引き締めると、へきるはきりっとがくぽを見据えた。

「そーだよ、がっくんたとえ相手が真性の変態でも、面と向かって罵っていいのは、俺だけ先生に、ほんとーのこと言ってごめんなさいする!!」

「…………こ、の…………主従、はぁ………ああ………っ」

キヨテルが凄まじい形相で呻く。

せつらは天を仰いだ。

「るーちゃんのそういうとこ、すっごいカワイイんだけどな…………」

それ以上、フォローのしようがない。

自信満々に胸を張っているマスターに、がくぽは肩を竦めた。

キヨテルの頬を、やわらかく撫でる。

「そうぢゃな。テル蔵のハートがガラス製なのを忘れておった。済まぬの今度からはもう少し、オブラートに包んでやるゆえ、赦せ」

「……っ」

「うっわ、テルゾウ、どっから声出してんの?!!」

地の底から響いてくるような不気味な唸り声に、せつらは再び天を仰いだ。

へきるは天然だが、がくぽはあからさまにわざとだ。気遣いつつ謝っているようで、ことごとく神経を逆撫でする言葉を選んでいる。

真面目な『教師』のキヨテルには、あまりに難敵だ。

仕方なく、せつらはへきるから離れると、カイトの安心くまさん化しているレンの顔を掴んだ。ぐい、と力任せにキヨテルのほうへと向ける。

「えっと、テルちゃん。思い出してねー。ここにはレンちゃんがいますよー」

「…」

「…」

「…」

「…っ」

レンは無表情にキヨテルを見つめる。無表情のはずだが、だんだんと責められている気分に陥る。

キヨテルの表情から怒りが消えて怯えに変わったのを確認し、せつらはレンから手を離した。

「ふゃ、レンくん」

カイトの胸に顔を戻したレンは、せつらの感触を拭い去ろうとするかのようにぐりぐりとすりつく。

「えー…………地味にショックー…………」

「しょうがねえよ、せつらだから」

へきるがあっさり追い打ちを掛ける。せつらは天を仰いだ。

それでもへきるはカワイイ。

ぶれないのが、せつらが毛嫌いされる理由のひとつだ。

「てわけでー…………レンちゃんがいるんだから、むかっと来ても、暴力はナシ。おk、テルゾウ?」

「…」

仕方なく言い聞かせたせつらに、キヨテルは目だけで頷いた。それを確認してから、せつらはこきりと肩を鳴らす。

「じゃ、『解除』」

「っ」

わかっていても、動きが取れるようになると反動がある。

瞬間的によろけて倒れかけたキヨテルを支えたのは、がくぽだった。

「大丈夫か?」

「っ離せっ」

しらっと訊かれて、キヨテルは憤然として腕を振り払う。

きちんと自分の足で立つと、乱れたスーツと髪を直し、また正座に戻った。

「マスター、私が悪いのですから、あまりどうこう言いたくありませんが」

「いや、テルゾウはあんまり悪くないけど」

「テルゾウじゃありません!」

律義に叫び返してから、キヨテルは眉をひそめる。

「――コマンドワードだけは、どうにかなりませんか」

「ん………ああ、『お座りそりゃだめだよ。日本の伝統様式だもん」

「……」

どこの伝統様式かというと、マンガやアニメでだ。

へきるもオタクだが、せつらもオタクだ。容赦なく。

諦めのため息をついたキヨテルは、オタクのマスターを持ってしまった常識人の苦悩を一身に表していた。心労も苦労も果てしない。

だが現在、そのキヨテルこそが、このどうにも出来ないマスターの手を、思いきり煩わせているのだった。

「でさ、話を戻すんだけど」

「戻す前に神威をどこかにやってください」

煩わせている自覚はあるキヨテルは、自分の恥を晒されることにも譲歩を見せる。

名指されたがくぽのほうは、無邪気に瞳を見張った。

「おや。我を仲間外れにする気か?」

「するとも!」

教師の風上にも置けない、とでも続けそうながくぽに、しかしキヨテルは胸を張って堂々と宣言した。

被虐趣味の持ち合わせはないのだ。そうでなくても現在、『嫉妬』で身を灼かれているというのに。

「先生、ごめん、それ無理」

「なぜだ」

申し訳なさそうではあるのだが、へきるにきっぱりと断られて、キヨテルは眉をひそめた。

へきるは、膝に懐くせつらを指差す。

「がっくんいなかったら、誰が止めてくれんの?」

「……」

キヨテルは瞳を見張って黙った。がくぽのほうも、花色の瞳を見張る。

「なんとまあ、頼りにされているようぢゃ」

「いーなー、がっくん。俺もるーちゃんに頼りにされたい」

ひとを貶めることと弄ぶことに全身全霊を掛けるがくぽが、いざとなったときに、マスターであっても助けようとするものか。

言いたいことは山ほどあったが、キヨテルは口を噤んだ。

確かに消去法でいって、がくぽに頼るしかないのだ。

キヨテルは、マスターであるせつらを止めることは出来ない。レンは止める気などさらさらないだろう。

そしてカイトは――

「がくぽさん、マスターに頼りにされるなんて、すごいですかっこいーです!!」

「そうかそうか。存分に褒め称えて良いぞ?」

「ね、レンくんがくぽさん、かっこいーね!」

無邪気にはしゃぐカイトを、キヨテルは複雑な思いで睨みつけた。

目からビームが出たら、おそらくカイトは黒焦げだ。