グロスを塗って艶やかに輝くくちびるから、切ないため息がこぼれる。

表情は憂いを帯びて、どこか儚い。元気よく頭の上で結ばれたツインテールも、微妙に萎れ加減に見える。

ナンパに興味のない男でも、つい声をかけたくなる美少女。

それが、へきるの膝にしなだれかかり、上目遣いに見上げてくる。

ピンクハウスブルーマガジン-06-

「だからさー、るーちゃん」

――口調は幼いが、声はふっつーに男だ。

かわいい服を着て入念に化粧をして、逆さに振らない限りは男に見えないせつらだが、別に女の子になりたいわけではない。

体も心も、これ以上なく男だ。

攻める男、それが秋嶋せつら。

ではなぜ女の子の恰好を、というと、『似合うから』だ。

「カワイイ俺が、カワイイ恰好をしないのは全人類的損失だ」

――そうだ。

攻めることとカワイイことの間に、せつら的にはなんの隔たりもない。ここのギャップが、せつらが毛嫌いされる理由のひとつだ。

「起動処理のときまでは、テルゾウもふっつーだったんだよ。滅多に見られるもんじゃないし、まあ、ちょっとは興奮気味だったけど。――別に、ネットとかで言われるみたいに、駄々っ子になるわけでもないしさ」

へきるに対しては気遣いも配慮もせずに思ったまま――つまり欲望の赴くままということだが――言うせつらだが、一応、自分のロイドに持つ気配りというものはあった。

渋面でそっぽを向いているキヨテルのことを気にしつつ、言葉を選ぶ。

とはいえ、選んだところで結論は同じだ。

「それが――なんか、レンちゃんが起動して、しゃべりだした途端におかしくなっちゃって、最終的にはこう、まあ…………がばっと。…………るーちゃん?」

「…っ」

頭痛を堪えるように額を押さえたへきるに、せつらはきょとんと首を傾げる。

へきるは回る視界と戦っていた。

同じだ。カイトを起動したときのがくぽと。

それまでは、シリーズKAITOは鈍くて面白くない、と見向きもしていなかったがくぽなのに、目の前で起動したカイトに――

主にマスターであるせつらを苦手とするあまりの、多くない付き合いだが、キヨテルのこともそれなりに知っている。

ショタっ子にムラムラきて、がばぁするような性格ではなかった。

マスターがマスターなのに、よくもここまでまともに、と思わず涙するくらいのまっとうさで。

ひとはそれをして、反面教師とかなんとか言う。

ある意味、ようやくせつらのロイドらしくなったとは言えるのだが、それはそれとして。

「でもそれにしても、いくらなんでもレンはないわー………ショタっ子だぜこんないたいけなショタっ子にいきなりがばあって、先生、いくらなんでも鬼畜過ぎるよ……………」

「…っ」

若干以上に引き気味なへきるに、キヨテルはしばらくくちびるを空転させていたが、反論らしい反論が出来る立場でもない。

自分でも思うのだ。いくらなんでも、と。

結局、自棄を起こしてへきるを睨みつけた。

「ショタっ子ショタっ子言うがな十四歳はショタっ子か?!

自棄を起こしたのだとすぐわかる反論に、しかしへきるはごく真面目に頷いた。

レンはショタだよ」

「そうだね。レンはショタだ」

せつらも頷く。ごくまっとうな顔で。

迷いのない即断ぶりに、キヨテルは一瞬打ちのめされ、床に手をついた。

「このオタクどもが………っ」

怨嗟の声で罵る。

がくぽが声高く、からからと笑った。

確かに、『ショタとは何歳までを指すか?』は常々論争の種となっている。

レンの設定年齢である十四歳は、ぎりぎりのラインだ。

だがオタク的な結論をいえば、『レンは』ショタっ子なのだ。

「なんぢゃ、テル蔵。知らなんだかぬしのマスターは変質者ぢゃが、同時に重度のオタクぢゃ。我らのマスターがせつらと付き合える唯一の取り柄がなにかと問われれば、間違いなく、ふたりともに救いようもなくオタクぢゃと答える」

「いやがっくん、オタクにもいろいろいるから!」

せつらと同じカテゴリに入れられることには断固反抗するへきるが、即座に叫ぶ。

それを無視して、がくぽはレンを抱っこしているカイトへと目をやった。

「のう、カイトぬしだとて、自分のマスターがオタクぢゃということは、知っておろう?」

「え、あ、はい」

話が見えていないカイトは反射で頷き、それから首を横に振った。

「違いますよ、がくぽさん。マスターはオタクじゃありません。『変態オタク』です」

「カイト…………っ」

要らない修正に、へきるはがっくりと項垂れる。

「まあ、まったく否定できないんだけど」

「っあっは!!カイコちゃん、やるぅっ♪」

自覚ある変態オタク、へきるのロイドであるがくぽとカイトの服装はともに、ヴィクトリアンドレスとゴスロリだ。

カイトはまだ、たまに着せられるくらいだが、がくぽは完全にそれしか着ない。

誰の趣味だといえば、もちろん――

遠慮なく笑うせつらを、へきるは恨みがましいジト目で見る。

自分がマスターに痛恨の一撃を食らわせた自覚がないカイトは首を傾げ、ほんわりと微笑んだ。

「あの、それで、すっごくやさしくて、いいひとです」

仄かに頬を染めて言うカイトに、キヨテルが瞳を尖らせる。

「変態といいひとが並び立つか」

きつい口調だったが、カイトはめげることなく、初めてきっとしてキヨテルを睨んだ。

「でもでも、ほんとですマスターはすっごくやさしくって、いいひとなんです!」

「か………カイトぉ………っ」

へきるが涙ぐむ。うれし涙だ。

彼の人生には、慢性的にやさしさが足らない。

思いきりよろめいているへきるに、せつらの眉がひそめられた。

「えーっと、ちょっと待って………。さっきから、ちょいちょい思ってたけど、…………もしかしてカイコちゃんは、俺のライバルなのヤル気なの?」

「えなんですか?」

カイトはきょとんとして首を傾げる。わかっていない顔に、せつらの視線が氷点下になっていく。

がくぽは手を伸ばし、カイトの肩を抱き寄せた。

「マスターはともかくとして、カイトにぬしとやり合う気はないぞ。なにしろカイトは身も心も、我に捧げておるからの」

「ふわわわっ」

「ほえ?」

カイトが意味不明な声を漏らして赤く染まり、膝に抱いたレンの頭に顔を埋める。

せつらは本気できょとんとして、胸を張るがくぽと恥じらうカイトを見比べ、必死で視線を逸らすへきるへと顔を向けた。

さらりと太ももを撫でる。

「るーちゃんどういうこと?」

訊かれて、へきるは手を跳ね除けた。

「触るな、この変質者!」

邪険に叫ぶへきるに、しかしせつらが傷つくことはない。

「えっとぉ、あの……?」

遠慮がちな声を上げたのは、カイトだ。

見た感じ、せつらのどこが変質者なのか、実のところよくわからないのだ。

確かに男だというのにスカートを穿いているが、それを言ったらカイトとがくぽも変質者になってしまう。

「せつらさんのどこが、変質者なんですか?」

結構、切羽詰まった心情で訊いたカイトを、へきるはきりっと引き締まった顔で見た。

露出狂なんだ」

「ええっ?!」

「え~?」

きっぱり言い切ったへきるに、カイトのみならず、せつらも瞳を見張る。

ドロワーズからペチコートから、せつらの着込みっぷりは半端ではない。

カイトはさらに瞳を瞬かせて、せつらを見た。

「露出狂なんですか?!」

本人に訊くだろうか、普通。

肩を抱いたままのがくぽが吹き出し、未だに慣れないキヨテルが眉間を揉む。

同じくきょとんとしていたせつらだが、この問いには頷いた。

「うんそう。この服全部脱ぐと、下にはなんにも着てないんだよ」

「ええ?!」

カイトは瞳を見張り、膝の上のレンを守ろうとするかのように、ぎゅっと抱きしめた。

「変質者さんなんですね………!!」

「ちょ……っ待………っ!!」

あまりのことにキヨテルの声は掠れて、ツッコミもままならない。

頭がぼんやりしているにも、ほどがある。

「愛いのう、実に愛いのう、ほんに愛いのう……!!」

「いやがっくん、さすがに……」

言いだした当の本人であるへきるが、頭を抱える。

普通、誰であっても『服を全部脱いだら』なにも着ていないものだ。『全部脱いだ』のだから。

「でさ、るーちゃん俺はそんなことでは誤魔化されないからね?」

「あ、UFO

さらにすっ呆けたへきるに、さすがのせつらも目を眇める。

「それでイマドキ騙されてくれるのは、るーちゃんぐらい…」

「え、UFOですか?!見たいみたいみたいです、マスターレンくん、ちょっと…」

「――」

「――」

素っ頓狂な声を上げるカイトに、へきるは気まずく視線を流し、せつらは珍しくも眉間を揉んだ。

「――るーちゃんと、カイコちゃんくらいだよ」

「マスターマスターねえマスターUFOどこですか?!」

子泣きジジイ化して動かないレンを膝に乗せてジタバタもがくカイトを、がくぽは微笑ましそうに眺める。

頭痛を堪えるように眉間を押さえてそっぽを向いたキヨテルへと足を伸ばすと、行儀悪くつついた。

「止めろ!」

きっと睨みつけてきたキヨテルへ、微笑みかけた。

「かわゆかろう?」

「…っ」

ぎりっと、さらに眉をひそめたキヨテルに、がくぽは愉しげにくちびるを歪める。

「少なくとも、腹を立てているのが莫迦らしくはなろうよ」

「…」

莫迦らしいというか、『こんなの』に『負けて』いるのかと思うと、いっそもう自分のキャラクタを捨てたくなる。