まだへきるによって調声されていない、マシン声のときでも、カイトの声はかわいらしかった。

マスターの調声が、必ずしもがくぽの好みと一致するわけではないが、これだけ長く付き合うと、趣味の傾向も似てくるものなのだろうか。

日々調声されてやわらかさを増すカイトの声は、ますますもって、うっとりするほど愛らしい。

ピンクハウスブルーマガジン-08-

「ひぁひぁ、ひぁあんっ、らめぇええええっ」

「悦き悲鳴ぢゃ…………!」

うっとり聞き入るがくぽの声は、口元を押さえるティッシュの束にくぐもって不明瞭だが、まったく聞き取れないわけではない。

「んゃや、ぁん、らめったらぁあっ」

泣きべそを掻いてじたじたしつつも、今ひとつ抵抗しきれないカイトのかわいい様子に、心底からうっとりしている。鼻血が止まる気配もないから、本気で萌えているのだとわかる。

距離を開けて座ったキヨテルは、そんながくぽを引きつった顔で見ていた。

「マスターだけかと思えば、…………恋人にまで容赦がないのか、神威………!」

「ひぁああんっ!」

キヨテルのつぶやきに被さるように、カイトがかん高い悲鳴を上げる。

「がく、がくぽひゃぁあんっ、たふけれえっ」

「ごふっ」

涙目で懇願されて、がくぽは鼻を押さえたまま畳に手をついた。興奮し過ぎて、意識が飛びかけたらしい。

「がくほひゃぁあんっっ」

「神威!!早くなんとかしろっ!!」

悲鳴の二重奏に、がくぽは新しいティッシュを鼻に当てると、上を向いて首の後ろを叩いた。

「悦き光景ぢゃというに…………惜しいが、仕方ないのう」

「神威おまえな、これからはひとん家のマスターのことをアレコレ言うなよ?!」

暗に、せつら並みの変質者ぶりだと責められ、がくぽは肩を竦めた。

現状。

カイトがレンに襲われている。

――少なくとも、襲われているようにしか見えなかった。

がくぽとカイトのふたりが寝起きしている、畳敷きの純和室は、いつ誰が来てもまったく問題ないくらいにきれいに片付いている。

マスターであるへきるの部屋や、その両親の部屋のように、オタクな物品で狭くなるわけでも、足の踏み場がなくなるわけでもない。

がくぽもカイトもマンガもゲームも好きだったが、自分の部屋にまで山と積み上げるようなことはなかった。

必要がないのだ。

オタファミリーが全員でせっせと、様々なジャンルの様々なものを、日々自分の部屋に溜めてゆくからだ。

汚したり壊したりしないことがわかっているので、彼らはがくぽにもカイトにも惜しむことなく、貸してくれた。

だからふたりとも十分に満たされていて、自分でまでどうのこうのとする必要がなかったのだ。

そのせいで、他と変わらない六畳間と言っても、この部屋は異様に広く感じられる六畳間だった。

その広い(正確には広くはない)六畳間の真ん中で、カイトはレンに伸し掛かられて畳に転がっていた。

レンもカイトも双方、カイトの穿くミニミニなスカートを掴んで攻防を繰り広げている。

部屋に入った途端だった。

レンはいきなりカイトのスカートを掴んで、まくり上げようとしたのだ。素直な男の子だ。ほのぼのすればいいのか。

ほのぼの出来ないのはもちろんで、カイトは悲鳴を上げてスカートを押さえた。

レンはめくりたい。カイトは押さえる。めくりたいレン、押さえるカイト。

基本、おっとりさんでやさしいカイトは、そうされても罵声を上げることもなければ、体格差に物言わせてレンを跳ね除けることも出来なかった。

ひたすらに悲鳴を上げて、じたじたもがくだけだ。

キヨテルのほうは、負い目やら屈折した思いやらに囚われて、レンを止めることが出来ない。

そこで、カイトのコイビトであるがくぽの出番――となる、はず、なのだが。

「ふう。実に悦き眺めぢゃ」

――がくぽは鼻血を垂らして、幼気な少年に襲われて身悶える恋人を堪能していた。

いくらなんでも、趣味が変態過ぎる。

常に縄とさるぐつわを持ち歩いて、隙あらばへきるを襲おうとしているせつらのことを、とやかく言えない。

「がく、がくほひゃぁあんっ」

カイトは真っ赤になったうえに涙目で、呂律も回らなくなった口で懸命にがくぽに助けを求める。不憫としか言いようのない健気さだ。

ようやく鼻血の止まったがくぽは、ウェットティッシュで口周りをきれいにすると、攻防戦をくり広げるふたりの傍へと行った。

「よしよし、――そこまでにせい、鏡音の。イタズラは引き際の見極めが肝要ぢゃ。それ以上やれば、カイトが本気で泣くぞ?」

声はやさしく諭しながら、がくぽは無造作にレンの頭を鷲掴みにする。片手では下敷きのカイトの肩を抱き、ほとんど力任せにふたりを引き離した。

「神威、もっと丁寧に!!」

「注文の多いやつぢゃ山猫の類か、ぬしは」

叫ぶキヨテルに吐き捨てたがくぽの胸に、涙目のカイトが縋りつく。

「ぇぐぇぐ、ひぅうっ」

「よしよし。怖かったか?」

「はいぃ……」

あやす声音で頭を撫でられ、カイトは甘い声で頷く。

畳に放り転がされたレンは無表情に起き上がり、微妙に訴えるようにがくぽを見た。

そのレンに笑いかけ、がくぽは胸の中のカイトをあやすように撫で続ける。

赤い耳朶へとくちびるを寄せると、笑い声を吹きこんだ。

「我は実に悦かった。ぬしの愛らしいさまを、堪能させてもろうたぞ」

「?!」

「外道が!」

びっくんと震えて強張り、瞳を見張るカイトだ。

キヨテルの罵りは当然といえば当然で、遠慮の欠片もなかった。

「恋人が他の男に襲われているのが、悦いだと?!」

指摘はごくまっとうで、もっともだ。

胸の中で呆然と固まるカイトを抱いたがくぽは、優雅としか言いようのない笑みを浮かべた。

「『』ではない。『レン』ぢゃ」

「なにが違うと」

ショタっ子ぢゃ」

「…」

常人には理解不能な超理論が展開される予感。

唖然とするキヨテルに、がくぽはあくまでも優雅に微笑んでいる。

現状、服装はヴィクトリアンレディだ。そして肩には羽。

天使というより、古代神話の性悪を極めた女神にすら見える。

「例えば、ぬしが同じことをしたなら、黙って見ていやせぬぞスクラップにして、廃棄工場送りにしてくれる」

「過激だな!」

「当たり前ぢゃ。ぬしは『性』のなんたるかを知っておる。カイトに手を出すなら、目的が明確ぢゃ。カイトに斯様に触れても良いのは、我だけぢゃ」

自信満々に言い切り、がくぽは固まっているカイトの後ろ首を撫でる。カイトは素直に反応して、びくりと震えた。

がくぽは微笑みを絶やすことなく、レンを見た。

「したが、鏡音のは違う。ショタっ子に、性のなんたるかがわかるわけもないからの。仔猫がぢゃれておるようなものぢゃ」

がくぽの言葉に、キヨテルはレンを見た。

あどけない表情、折れそうに細い手足、華奢な体。

確かに、『幼気』という言葉がぴったりではあるが――

「十四歳で、性のなんたるかを知らないわけがないだろう」

呆れてつぶやくキヨテルに、がくぽは瞳を細めた。機嫌の良いねこの顔で、胸の中からじっと見上げてくるカイトの無垢な瞳を見返す。

「ぬしの願望の話なぞどうでも良い。再三言うが、『レン』ぢゃ。人間の十四歳と同列には語れぬ」

「またその話か!」

キヨテルはがっくりと項垂れた。オタクとレンの話をすると、途轍もなく疲労する。

だからといって別に、自分の想いを正当化したいわけでもない。

たとえどうあろうと、十四歳は子供だ。

ループする懊悩に再び囚われたキヨテルを放って、がくぽはカイトへと微笑みかけた。

「のう、カイトぬしとて、鏡音のに触れられると、我に触れられるでは、まったく違うぢゃろう?」

「ひゃ?!」

やさしくささやくがくぽの手が体を辿り、むき出しの足を撫でる。

カイトはびくりと震えて瞳を見開き、情けを乞うようにがくぽに縋りつく指に力を込めた。

がくぽはさらに笑って、カイトの足を撫でさする。

「鏡音のなぞ、イタズラものの仔猫も同然ぢゃ。我がこうするのと」

「ひ、ひぁ、んんっ、がくぽ、さんっ」

「同じになど、せぬよなあ?」

「ぁ、あんっ、ひぁ、あっ」

がくぽの手は粘着質に肌を撫でさすりながら、少しずつすこしずつ、スカートの中へと潜りこんでいく。

レンと格闘していたときとは比べものにならない甘い声を上げ、カイトは潤んだ瞳でがくぽを見つめた。

「だ、だめ、ぁ、だめ、です………だめ」

「ふん?」

弱々しく手を押さえるカイトに、がくぽは瞳を細めた。

「我が触るのは厭ぢゃと我はぬしに触ってはならぬのかでは、誰に触られたい。マスターか鏡音のかそれとも………」

「んゃあ………っ」

肌に爪を立てられて、カイトはびくびくと震えた。

がくぽは容赦せず、そのまま肌をつまみ上げてきりりとつねる。

「言うてみよ。誰に触れられたい。こんなふうに――」

「がく、ぁ、がくぽさんっ」

びくびく震えながら、カイトは懸命にがくぽに縋りついた。

「がくぽさんですぅ…………がくぽさん、だけっ」

「良い子ぢゃ」

答えに満足げに微笑み、がくぽはカイトのこめかみにキスを落した。

「良い子には、褒美をやらねばな?」

「ぁう……っ」

カイトの瞳が、熱に霞んでがくぽを見つめる。がくぽはべろりとくちびるを舐め、