「人目を憚れぇえっっ、この変態ばかっぷるがぁあああ!!」
ピンクハウスとブルーマガジン-09-
「ひゃっ?!」
我慢の限界に達したキヨテルの怒声に、カイトははっと我に返った。
がくぽは小さく舌打ちし、肩を竦める。未だ手を置いたままのカイトの太ももを、名残惜しく撫でた。
「んぁっ」
「かぁああああむぅうううううういぃいいいいいいいっっ!!」
「やれやれぢゃ。これだから、欲求不満の溜まっている輩は…………」
そういう問題ではない。
「ん、がくぽ、さん。だめ、です」
太ももに置かれたままの手を取り、カイトは切れ切れに『待った』をかけた。
「おや。ダメかの」
素知らぬ顔で訊いたがくぽに、カイトも今度はきちんと頷いた。
「みんながいるとこ、ダメです………」
「見せびらかしてやりたいのぢゃが……」
「この変態がっっ!」
キヨテルが即座に罵る。
カイトは赤い顔のまま、はんなりと笑ってがくぽの手にキスを落とし、胸に抱いた。
「後で、です」
「…………っくっ」
顔をしかめて手を取り戻すと、がくぽは天を仰いで首の後ろを叩いた。
「せっかく閉めた栓が緩む…………っっ」
「ティッシュですか?!!」
慌てて体を跳ね上がらせるカイトに、がくぽは片手を振った。
「まだ良い。…………ん?」
天を仰いでいたがくぽは、視線だけ下ろす。いつの間にかにじり寄って来ていたレンが、がくぽのスカートを掴んでいた。
ぎゅいぎゅいと引っ張る。
しかしカイトのものと違って、がくぽのスカートは長い。座るときに裾を敷いてしまえば、体重だけで十分抗しきれる。
「ふむ?」
「レン!」
悲鳴を上げたのは、キヨテルだ。
腰を浮かせて飛んでくると、レンの体を抱きこんでがくぽから引き離した。
「そんな変態に触ってはだめです!汚れる!」
「良いように言ってくれるの!」
悲鳴に、がくぽは笑いながら吐き捨てる。
「変態って、がくぽさんですか?!」
カイトが瞳を見張って、がくぽとキヨテルを見比べた。
がくぽは笑顔のまま手を伸ばし、そんなカイトの顎を撫でる。
「変態の我は嫌いか?」
「……………がくぽさんなら、なんでもいーです………」
撫でられたカイトは、うっとりと瞳を細めて答える。
「人目を憚れ!」
レンを抱きこんだままのキヨテルが、ぎゃんぎゃんと吠えた。
「だいたいにして、こんな子供の前でやっていいことかどうか、それす……ら……………も」
「ん?」
「ほえ?」
尻すぼみに消えていくキヨテルのお説教に、がくぽとカイトは揃って首を傾げた。
「…」
「…」
「…」
「…」
レンが、じーっとキヨテルを見ている。キヨテルは強張ったまま、その瞳を見返し――
「…っ」
「…」
ふ、と顔を逸らしたのは、キヨテルのほうだった。同時に腕も緩む。
レンはそれでもしばらく、キヨテルを見つめていた。
しかしこちらもふっと顔を背けると、キヨテルから離れる。畳の上をずりずりと這って、がくぽとカイトの傍らへ来た。
「…」
「ふゃ」
無表情でじーっと見つめながら、レンはがくぽのスカートを掴む。無言のままに、ぎゅいぎゅいと引っ張った。
「レン………」
キヨテルが小さくつぶやく。声は敗北にまみれて、哀れなほどだ。
「レンくん?」
「…」
「ふゃや……」
「ふむ」
引っ張られても泰然として、がくぽは首を傾げた。
辛そうに歪んだ表情で俯くキヨテルへと、視線を投げる。
「ずっと気になっておったのぢゃが………こやつ、しゃべれぬのか?」
「っ」
びくりと竦んだのは、レンではなくキヨテルだ。葛藤にくちびるを空転させ、しばらく。
「…………うた、は………うたえ、る」
「はっ」
ようやく吐き出された答えを、がくぽは笑い飛ばした。
「テル蔵、ぬしは我らをなんぢゃと思いよる?ボーカロイドぢゃぞ。なにあろうとも、うたえぬとなったら末期ぢゃ」
「テル蔵じゃない」
律義に訂正し、キヨテルはひたすらにがくぽから顔を逸らした。
「起動したときは、話した――普通に。けれど………」
濁された言葉の先は、言われずともわかる。
わざわざ声にして出すこともないのだが、がくぽにはそこのところを斟酌するという考えがなかった。
「ぬしが襲うたあとには、だんまりか。盛大に傷つけたようだの!」
「…っっ」
容赦のない指摘に、キヨテルはくちびるを噛む。
がくぽのほうは自分の言葉が振り撒く傷口用塩レモンに無頓着に、スカートを引っ張るレンを見た。不思議そうな顔で、首を傾げる。
「しかし、いくらどうでも、そこまで脆弱か?アペンドというたとて、基幹は新型ロイドぢゃ。一度や二度のことで、こうまではなるまい」
つぶやいて、胡乱げにキヨテルを見た。
「ほんっとぉおおに、真実、襲うたのは、一度きりのことか?この期に及んで、身を飾ろうとはしておるまいな?」
疑う眼差しに、キヨテルは顔を上げた。歪む瞳で、がくぽを睨む。
「していない!一度だ!!…………一度きりだから良いだろうと言う気もないが…………」
キヨテルは基本、真面目で嘘がつけない。だから、一度だと言うなら確かに一度のことなのだろう。
そこに疑いは差し挟まず、がくぽは顎を撫でた。
「ふむ。してすると、アレか。つまり、せつらの変質者ぶりも加味したほうが…」
「襲ったのは、一度だけだ…………襲ったのは……」
「…」
がくぽの声も聞こえないふうで、俯いてしまったキヨテルはつぶやく。
どうにも墓穴体質だとしか言いようがない。
そうまでしつこく言われれば、他にもなにかあるのだと告白しているも同じだ。
確かに言えることとして、『襲わなければいい』というものではない。