たとえば、晴れて恋人同士となった今でも、カイトはがくぽの鼻血に死ぬほど怯える。とりもなおさず、たどり着くまでの紆余曲折の間に、『鼻血コワイコワイ鼻血』がきれいにインプリティングされているせいだ。

とにかくあれやこれやとあったせいで、杉崎家のカイトは、他のシリーズKAITOに比べると怖がりだし、泣き虫だ。

くり返すが、襲わなければいいという話ではない。

ピンクハウスブルーマガジン-10-

「テル蔵、ぬし……」

「わかったぁ!!」

なにを隠していると訊こうとしたがくぽの声に重なって、カイトが手を打ってエウレカを叫んだ。

「………なんぢゃ?」

きょとんと見たがくぽに答えず、カイトはスカートを引っ張り続けるレンの手を取った。

やわらかな微笑みを浮かべ、その手をやさしく包む。

「ね、レンくん。俺わかった。ね?」

「…」

「うん」

具体的なことはなにも言わないままに頷くカイトを、レンはじっと見た。

穏やかな微笑みを崩すことなく、カイトはきちんとその視線を受け止める。

「…」

「…」

「…」

「…っ」

先に視線を逸らしたのは、今度はレンのほうだった。俯くと、カイトに抱きつく。

「うん、よしよし…………大丈夫。だいじょうぶ………」

「…………なんぢゃ??」

いつも、泣いているか呆然としているかだったカイトが、初めて『おねぇちゃん』らしく――違う、『おにぃちゃん』らしく見える。

首を傾げるがくぽと、複雑な表情のキヨテルにも頼もしい笑顔を振りまいて、カイトはレンの背中をぽんぽんと叩いた。

「任せて。俺がなんとかしてあげる!」

「…」

請け負う言葉は意外にも力強く頼もしく、レンはますますカイトにしがみついた。

「カイト?」

焦れるがくぽに、カイトは笑顔で首を傾げた。

「おかあさまの服って、高いですか?」

「それは…………物に因る」

答えに、カイトは今度はキヨテルを見た。

「せつらさんって、お金持ってる?」

「質問の幅が広い」

とりあえず文句をつけてから、キヨテルも首を傾げた。

「唸るようにはない――が、そこそこ遊ぶ金はある。あれでいて、高給取りだからな」

「たかがショップの店員ぢゃろう?」

がくぽが不思議そうに、首を傾げる。

幼馴染みであるへきるとせつらだが、進んでいる道はまったく違った。

へきるが永遠の学生を極めようとしているのに対し、せつらは高校を卒業すると同時に、アパレルブランドのショップ販売員として就職した。

徹底しているのは、彼は高校時代からそのショップでアルバイトをしていたということだ。

そして卒業と同時に、正社員として入社した。

変質者だなんだと罵られているが、社会性動物としての計画性は、せつらのほうが勝る。

ちなみに今日はメアリー・○グダレンを着ているが、基本的にいつもは自ブランドの服で固めている。――もちろん、スカートで。

がくぽの失礼な言いように眉をひそめ、しかしキヨテルは思い直した。

一般的な反応とは、そういうものだ。キヨテル自身も初め、そんなことをマスター本人に言った。

「ノルマを達成したり、成績が良かったりすると、都度都度ボーナスが出るんだそうだ。マスターはあれでいて販売のカリスマだから……」

「せつらぢゃしな。いかにもえげつなくやりそうぢゃ」

「…」

納得の仕方に不満はあるが、キヨテルの感想も同じだ――せつらが働いているところ、実際に見たことがあるわけではないのだが。

「それがなんだ?」

気を取り直して訊いたキヨテルに、カイトはうれしそうに頷いた。

「じゃあ、ちょっとくらいはどうにかなるよねレンくん、おいで」

「おい?!」

「カイト?」

キヨテルとがくぽを置いて、カイトはレンの手を引いて部屋から出て行ってしまった。

残されたふたりは、顔を見合わせる。

ひとつ言えば、がくぽもキヨテルも、頭の回転がいいほうだった。性格のきつさや容赦のなさは、とりもなおさず高速回転する思考の産物だ。

だから、カイトがなにをしようとしているのかはなんとなくわかる。

わかるが、わからないのは、なぜそんな結論に行きついたのかだ。

「おい、『おかあさま』というのは…」

「ぬしの推測通りぢゃ、テル蔵」

「だからテルではないと言っている何度言えばわかるんだ?!」

レンがいなくなったことでわずかに生気を取り戻したキヨテルが、苛々と叫ぶ。

がくぽは邪気もなく、にっこりと笑った。

「テル蔵と呼ぶたびに、律義に訂正するぬしを愛しておる」

「――っっ!!」

キヨテルは本気で回路を飛ばしかけた。

襲わなければいいというものではない。ほんとうに。