カイトはそれほど器用というわけではない。なにしろカイトのこととなると、すべてに手を出したがるがくぽがいる。

なんでもかんでもやってもらうことが多いから、いざ自分がやろうとすると動きが覚束ない。

それでも、素地がレンだ。

特に手を加えずとも、十二分にひとを堕落させられる。

ピンクハウスブルーマガジン-11-

「…っっ」

「ほう。かわゆうなったの」

予想も予感もしていて、それでも受ける衝撃は果てしない。

がくぽは愉しげに笑ったが、キヨテルは堪えきれずに畳に手をついた。図らずも土下座状態。

全面降参だ。

「そうでしょう?!かわいいでしょう?!」

得意げに言うのはカイトだ。その表情はきらきらと輝いて、無邪気に弾んでいる。

「…」

そのカイトの隣に立つレンは、相変わらずだんまりで、無表情だ。まるで、等身大ビスクドール。

――とうとう、男子四人のうちの三人がスカート姿という、混迷の事態に突入した。

カイトに伴われて戻ってきたレンは、濃いめの灰色を基調に黒を差し色とした、ふんわりと膨らむスカートが愛らしいドレス姿に変わっていた。

そう、有り体に言って、スカート。

ふんわりと膨らませたボリューム感のあるスカートに、黒のリボンを縦横に渡して蜘蛛の巣のような模様を描かれている。

下には幾重にもレースを重ねて愛らしさとボリューム感、そして同時に軽やかさも出した。

膨らんでボリューミィな下に比べると、上は驚くほど細く、華奢さを際立たせるデザインだ。

胸があることを前提で作っていないとしか思えないほど、少年のレンの体にぴったりと添うライン取りで、こちらも灰色の素地に黒のリボンを渡して引き締めている。

ショートというには長い癖毛は、きれいに櫛を通し、サイドに可憐なマーガレットの花飾りを留め付けている。

がくぽやカイトとはまた違って、レンがそういった格好をすると、購入はされなかった相方の少女、リンにしか見えなかった。

「ね、レンくんかわいくなったって!」

「…」

にこにこ笑いながらカイトに言われても、レンは黙って立ち尽くしていた。

がくぽをじーっと見つめてから、土下座状態のキヨテルへと視線を流す。

「…」

「レンくん」

ぽん、とカイトに背を押され、レンはキヨテルの前へ行く。

「レ………ン……」

「…」

つっかえながら、どうにか言葉を絞り出すキヨテルを、小動物の眼差しで見下ろした。

ぺしょんと畳に座り込むと、ずい、とキヨテルへ身を乗り出す。

「レン?!」

「………ほう?」

小さい声を上げたのは、がくぽだ。花色の瞳を軽く見張ってレンを見やり、それから乙女のお祈りポーズのカイトへと視線を流す。

「………そういうことか?」

訝しげにつぶやいたくちびるが、性悪な笑いに裂けた。

思わず大笑いしそうになる口を己の手で塞ぐと、瞳を細める。

「レン…………どうして、こんな………」

力ないキヨテルのつぶやきに、レンは首を傾げる。さらに身を乗り出すと、キヨテルの胸に顔を埋めた。

「っ?!」

びくりと竦むキヨテルに構わず、レンはねこのように身をすり寄せる。小さな手が伸びて、狼狽えて泳ぐキヨテルの手を掴んだ。

その手を、自分の太ももへと持って行く。

「なっ、ちょっ」

引きつる手が、レンの手によって、強制的に太ももを撫でさせられる。

スカートの上からだが、やわらかな生地は触り心地がよく、下にある細く骨ばった感触をはっきりと伝える。

「ちょ………っレン?!」

「おにゃのこなら、いーってゆった」

「?!」

無理やりに太ももを撫でさせながら、レンは無垢な瞳でキヨテルを見上げる。

「レンおにゃのこなら、いーって」

「れ、レン?!」

外道ぢゃの!」

しゃべらないレンに慣れていたキヨテルが目を白黒させて事態に追いついていけないところに、がくぽの声が割り入った。

「襲っておいて、おなごなら良かったのにとは、責任転嫁も甚だしい。いくらなんでも外道過ぎる言いようぢゃ。見損なったぞ、テル蔵!」

「て……っ、み……っお………っ」

おそらく、テル蔵と呼ぶな、見損なうとかおまえに言われたくない、と言いたいのだろう。

衝撃を受けているところに言いたいことが積み重なり過ぎて、きちんと言葉にならないキヨテルだ。

しかもその手は、自分が意図していないとはいえ、レンの太ももを撫でさすっている。スカート越しでもなんでも、それは確かにレンの太ももだ。

「れ、レン、とにかくっ」

「レンおにゃのこなった。だからいー」

「っ」

慌てふためくキヨテルに構わず、レンは掴んだ手をスカートの中へと誘導していく。

さすがにキヨテルもそれ以上好き勝手させられず、レンの手を振りほどいた。

仰け反ってわずかに距離を開け、悲鳴を上げる。

「お、女の子って………っ。スカートを穿いただけでしょう?!」

追い詰められての叫びに、応えたのはレンではなかった。

「まだ言うかっっ!!」

「?!」

怒声を上げたのは普段はおっとりしているカイトで、彼の表情もまた、珍しく怒りに染まっていた。

カイトはひょいと背後に手をやると、なにかを取り出す。ずかずかとレンとキヨテルに近づくと、それを勢いよくレンの頭に被せた。

ねこみみカチューシャだった。

「ぶっはっ!!」

堪えきれずに、がくぽは吹き出した。

レンをねこみみ少女に変えて、カイトは憤然と叫んだ。

「レンくん、容赦しちゃダメだよ!!ロイドなら退かない、ボーカロイドは前進あるのみっっ!!」

「なんの軍隊規則だ!!」

ねこみみレンから目が離せないキヨテルが、それでも足掻いて叫ぶ。

カイトは胸を張った。

「軍隊じゃなくて、ロイドさあレンくん、全速前進!!」

「らじゃ、かいこおにーちゃん

「っぁああああああ!!」

もはや身動きが取れずに、極限まで瞳を見張ったキヨテルからは悲鳴だけがこぼれる。

そもそも、レンが嫌いではなく、好きで暴走していた身だ。あちらから迫られて、抗しきれる鉄の理性の持ち合わせなどない。

この場で唯一、逃げ場があるとするならば――

「っああ、笑うた、笑うた――ぷっ、くくくっ。いや、まだダメぢゃ。笑いが止まらぬ」

身を折って爆笑していたがくぽは、上品に口元を覆う。なにをしようが、笑っていることに違いはない。

「ま、よろしかったと言えるぢゃろうの。とりあえず、片恋ではなかったのぢゃ、テル蔵。存分に」

「テル蔵じゃないぃいいっっ!」

「…」

膝に乗り上げたレンに、リアルねこのようにすりつかれながらも、キヨテルは律義にツッコむ。

「ふむ?」

笑いを消して、がくぽは考えるふうになった。

「我はそういう、律義なぬしを愛しておるのぢゃが…」

「止めろ!!」

「カイト」

壮絶な顔になるキヨテルから目を逸らし、がくぽは仁王立ちしている鬼軍曹、もとい、カイトを見た。

「なんですかっ?!」

珍しくも、つんけんした声で返事をされた。

一瞬、瞳を見張ってから、がくぽは立ち上がる。長いスカートをさらりと払って、形を整えた。

「どうも、鏡音のに本懐を遂げさせるに、我らは邪魔ぢゃ。この通り、テル蔵は我らのマスターに勝るとも劣らぬ、照れ屋ぢゃしの」

「てれや………」

尖った瞳でくり返してから、カイトはいつも通り、愛らしく瞳を見張った。

「あああ、そそそ、そっか!!」

真っ赤になって、頬を押さえる。

わたわたと足を踏み鳴らしてから、じっとカイトを見上げるレンへと頷いた。

「邪魔者は消えるからねっしっかりっ!」

「にゃ」

「ちょちょちょ、待てまてまて、私は他人の家でなんてっ」

「鏡音の、我らはなにをしようとも気にせぬゆえ、存分にな」

「にゃ」

「かむぃいいいいいっっ!!」

キヨテルの断末魔の絶叫が轟く。

「がくぽさん、早くはやくっ」

完全に心の耳を塞ぎ、カイトはがくぽの背を押した。

押されるままに部屋を出ようとして、がくぽははたと気がついた顔で天井を見る。

「そうぢゃった、忘れておった」

「がくぽさんっ?!」

踵を返すと、がくぽは押入れを開いた。下段には引き出しが突っこまれている。

そこを漁ると、じいっと見つめてくるレンの元へ行った。

「ローションぢゃ。ロイドゆえ大して必要もないが、あれば重宝する。あと、スキンぢゃな。一応つけておけ。他人の家で中出しとなると、後始末が面倒ゆえな。使い方はわかるか?」

「にゃ」

「~~~~っっ!!」

キヨテルの絶叫はすでに、音にならなくなっていた。

さらにがくぽは、部屋の一角を指差す。

「ティッシュはあそこで、ゴミ箱はあの藤籠ぢゃ。ぬしらゆえな。まんま捨てて構わぬ。では上手いことやれ」

「にゃにゃ」

手抜かりなく必要最低限のことを教えて、がくぽはカイトと共に部屋を出た。

「聞き耳なぞ立てぬゆえ、好きにやれ」

「――――っっっ!!」

キヨテルの絶叫は、息絶える寸前だった。