元気なひとと、ぐったりしたひととにきれいに分かれた。属性関係なく。
ピンクハウスとブルーマガジン-13-
「んじゃがっくん、とりあえずおばさんに、請求書とカタログよろって伝言お願い」
「請求書とカタログぢゃな」
元気組の筆頭であるせつらがブーツを履きながら言うのに、こちらも元気組のがくぽが鷹揚に頷く。
がくぽが来てからというもの、母親はコスプレ衣装はコスプレ衣装でも、ロイド専用のコスプレ衣装を手がけるようになった。
今レンが着ている衣装も、まさに『レン用に』と作られた衣装だ。
もちろん、せつらがレンを買ったことを知って作ったわけではない。買い主は別にいるので、あとで頭を下げる必要はある。
「マスター」
疲れ切った声を上げたのは、がくぽの傍らに立ち、背にレンをおんぶしたキヨテルだ。杉崎家の玄関はそれほど広くないので、ひとりが靴を履いているときには、次のひとは廊下で待つことになる。
ちなみにレンの服は、カイトが着せたままのものだ。汚すことなくやりおおせたらしい。ある意味器用だ。
「私が悪かったことは自覚しましたから――レンに女装癖をつけるのは、止めてください」
「じょそへきじゃない」
せつらが応えるより先に、レンが口を挟む。
「レンおにゃのこだも。せんせだけのおにゃのこだも!」
「レ……」
「あーほんっとにほっとしたぁっ。レンちゃんしゃべってくれるよぉになって、本気で肩の荷おりたぁっ」
「…っ」
いつもめげることなく明るいせつらだが、今の声音はいつにも増して朗らかで軽かった。
同居してそれなりになるキヨテルには、わかってしまう。これでいてせつらが本気で、しゃべらないレンのことを心配し、気に病んでいたのだと。
まあ、愛しのるーちゃん成分を存分に補給できたせいもあろうが。
とはいえ。
「とにかく、レン。私はレンが男の子でまったく構わないから。いやむしろ、男の子のほうがいいから!」
「おお、美事なまでに堂々たる、変態告白」
「テルゾウ、吹っ切れたね!」
「テルゾウじゃありません!!」
がくぽとせつらの、からかいというよりは心底感嘆したような言葉に、キヨテルは瞳を尖らせる。
「女装趣味の少年が好みだと思われるくらいなら、少年を少年のまま好きだと主張したほうがましです!」
「どっちもどっちぢゃろ?」
「うん。どっちもどっち」
「SYHAA!!」
キヨテルの叫びはすでに、ねこかへびの威嚇音だった。
しかしがくぽにしてもせつらにしても、このふたりは怯えたりめげたりという感情を、裏ルートで誰かに売り渡している。
せつらはふんわり広がる自分のスカートをつまんで、軽く持ち上げた。
「でもさ?外でいちゃいちゃしたりしたいときとか、やっぱ女の子のカッコって便利だよ。ロリコンには見えるかもしれないけど」
ショタコンの男とロリコンの男とどちらがましかという話なら――結論が出る話だろうか。
「いいんです」
やつれたようにも見える顔だが、キヨテルは胸を張って、きっぱりと言い切った。
「レンが私のことを好きだと言ってくれるなら、それだけで全部、どうでもいいです」
「おお、漢だの」
感嘆したように、がくぽは頷く。
「というわけでせつら、これから三人で出掛けるときには、ショタコンの男カップル連れぢゃ。ぬしは女装ぢゃし、まったく隙のない変質者一行の出来上がりぢゃな!」
「ぐっ」
呻いたのはせつらではなく、キヨテルだ。
彼としては、自分がどう思われようとも構わない。しかし、あんなでこんなでそんなでアレコレソレでも、マスターはマスターだ。
マスターが白眼視されるのは、それも自分が原因というのは、いたたまれない。
せつらは、あっさりと肩を竦めた。
「そんなのはいいよ。今に始まったことじゃないし」
「マスター……」
言い回しが微妙に引っかかるものの、きっぱりと迷いのない言葉に、キヨテルはわずかに安堵した顔になった。
それくらいでめげるようなら、せつらはそもそも今ここに生存してるはずがないと思っても、やはりそうやってはっきり言ってもらえると肩の荷が下りる。
キヨテルの背中で、レンが足をばたつかせた。
「レンおにゃのこなのっ、せんせだけのおにゃのこなのっ!」
「だからレン」
議論が最初に戻り、キヨテルは荷を下ろしたばかりの肩をがっくりと落とした。
「男の子のレンがいいって」
振り返って言うキヨテルに、レンは瞳を尖らせる。
「や。せんせだけのおにゃのこがいーのっ」
「ちょ、痛いいたいいたいっっ」
ぐいぐいと首を絞められて、キヨテルは悲鳴を上げる。
「………ああ、成程」
がくぽははたと気がついた顔で、頷いた。
「一途ぢゃの、鏡音の」
「え?え?なに、がっくん」
きょとんとするせつらに、がくぽは天井を指差し、リビング方面を指差す。
「対象限定」
「ああ!」
その四文字で、せつらは閃いた顔になった。
きらきらと輝く顔で、キヨテルの首を締め上げるレンを見上げる。
「そかそか、うんうんうん!やーもう、レンちゃん一途ぅっ☆テルゾウのしあわせもんっwww」
「テルゾウじゃ………っから、痛いレン!!いったいなんだって」
「ぢゃからの」
レンに締め上げられて思考が覚束ないキヨテルに、がくぽは両手を閃かせた。
片手の人差し指と親指で弧を作ると、もう片手の人差し指を立てて、その弧の中を抜き差しする。
「ぬし、ツッコむ側ぢゃろう?」
「がはっっ!!」
キヨテルは血を吐いた――そんな機能がもしあったとしたらの話だが。
赤くなったり青くなったりと目まぐるしいキヨテルを、斟酌してやるがくぽではない。
「普通、ツッコむのは『男』で、ツッコまれるのは『女』ぢゃな。同性同士の場合はタチやらネコやらいうが……」
「あ………!」
そこでキヨテルは、ようやく気がついた。
レンは『男の子』を廃業して、『女の子』になると言っているのではない――がくぽらしく、大変俗な言葉で言えば、
「つまり、テルゾウ専用の穴奴隷になるってことだよね!」
「ご……っ」
「ふきゃっ」
せつらの言葉に、とうとうキヨテルの膝が折れた。
がっくりと床に懐いたキヨテルに、おんぶされていたせいでジェットコースターを味わったレンが、足をばたつかせる。
「あなどれーちがうっっ」
「そ……っ」
そうだ、言ってやれ、レン。ていうか、言ってください。
キヨテルの言葉になりきらない嘆願を受け、レンは己のマスターをしっかり見据えて、言い切った。
「にくどれーだもっっ!!」
「…っ」
「おお、トドメたの」
「トドメたねー」
とうとうべったり床に懐いたキヨテルに、がくぽとせつらはのん気な声を上げた。
せつらはしゃがみこみ、きりっと睨んで来るレンの頭を撫でる。
「そっかそっか、ごめんね、レンちゃん?マスター大誤解☆穴奴隷じゃなくて、肉奴隷なんだね♪」
一般人には違いがわからない。
しかしレンにとっては、大事な違いのようだ。
もそもそとキヨテルの背から下りると、遠い花畑でチョウチョと戯れようとしているキヨテルの頭を膝に乗せた。
「せんせだけ。レンなんでもしていーの」
そこだけ覚えておけば、なんだか純粋な愛の告白だったようにも誤解出来る。
しかしキヨテルの記憶回路はそこまで都合よく出来ておらず、思考回路には思いきりが足らなかった。
伸びきったキヨテルと、たぶん甲斐甲斐しく面倒を見ているレンとを微笑ましげに見やり、せつらは顔を上げた。
「そいや、カイコちゃんは?なんだかんだ言ってお世話になっちゃったし、お礼言いたいんだけど」
「二重三重に頭を下げて構わぬな」
キヨテルとレンの仲が進展したのは、カイトの機転ゆえだ。さらに遡ると、せつらが愛しのるーちゃん成分を堪能出来たのも、まあ、トドメたのはカイトだ。
そう言いはしたものの、がくぽは肩を竦めた。
「まあ、野暮は言うな」
「あー。……………『そう』なの?」
濁した言葉に、がくぽはにんまりと笑った。
「くったくったのへっろへっろぢゃ。実にかわゆらしい」
「ひゅぅひゅぅ♪」
臆面もないがくぽに、せつらは古臭い囃し言葉を投げる。
美少女ぶりも崩れるほどに盛大ににたつくせつらに、がくぽはちらりと二階を見やった。
「マスターとて、同じぢゃろう?」
「ああうん。魂抜けてんよ」
せつらはあっさりと頷く。
がくぽはわずかに眉をひそめた。
「ヤッたのか?」