「るーちゃん、るーちゃん」
そのへきるに、せつらが口を挟む。
「地図渡したの、レンちゃんだって言うから………」
カレー粉抜きカレーミルクバター風味-04-
せつらの家には、氷山キヨテルと、鏡音レンという二体のボーカロイドがいる。
このうち、キヨテルはレンに狂っている以外はまったく常識人だが、レンのほうは既発の鏡音シリーズとはいっても、新発売されたアペンドだった。
アペンドでは対応性格が増え、デフォルト以外に三種類ほど選べるのだが、せつらはそのうちの『ショタっ子』を選択した。
しかし起動時にごたごたといろいろあったせいで、秋嶋家のレンはショタっ子はショタっ子でも、電波系だ。
電波系が渡す地図といえば、お約束の。
「○っぷるでした。渋谷駅周辺版です」
カイトの補足に、マスターふたりは目を剥いた。
「意外にふっつー!!」
「ふっつー過ぎて意外!!」
オタクの彼らは、ショタっ子電波なレンに夢見がちだ。
しかし基幹はロイドだ。そうそうお約束は踏襲しない。
叫んでから、へきるははたと新たな問題に思い至った。
「つかがっくん、読めなかったの?!○っぷるが?!!」
驚くへきるにも、がくぽが恥じらうことはない。あくまでも堂々と胸を張っていた。
「読めぬでも、我に備わる七つの秘密機能のうちの」
「秘密機能出た?!」
「第九の機能、マスターの居所検知システムにより、居所の明らかなマスターのほうへ来たのぢゃ。マスターさえおれば、せつらなぞ如何様にもなる」
「しーんらいされてるぅ♪」
せつらは笑って魔女っ娘ポーズを決めた。ばしばしとカメラのシャッターを切る音が連続する。
笑えないのはへきるだ。
「待てせつら、流すな!!がっくん、秘密機能七個超えてる!!二個も超えてんよ?!しかもマスターの居所検知システムってナニ?!どういう原理で?!!」
本来ボケ属性なのにツッコミの鬼と化したへきるに、せつらが軽く首を傾げた。
「んっとるーちゃん、ケータイ」
「今それどころじゃ」
がくぽの衝撃発言に動揺して、警戒心がお留守になっているへきるの傍らに来たせつらは、細くきれいな手を差しだす。
「いーから。確かアンドロイドっしょ?」
「ん?」
せつらの言葉に、へきるは引きつった。
いかにもアンドロイド搭載の機種だが――そういえば、あれには微妙なソフトが多い。場合によっては。
キャラ袋を提げたまま、器用に携帯電話を取り出したへきるに、せつらが手を伸ばす。
しっかりネイルコーティングされた長い爪をものともせず、せつらは迷う様子もなく他人の携帯電話を操作した。
「おいせつら」
「ん、やっぱり」
つぶやいて、せつらは画面を差し出した。
「『マスログ』入れられてんよ、るーちゃん」
「『マスログ』?!」
微妙に聞いたことがあるフレーズに、へきるは目を剥く。せつらは画面を戻し、いくつか操作した。
「ほら、一時期流行った、『カ○ログ』あるじゃん?あれはカレシだけど、これは『マスター』用。ロイドのほうにも機能を落す必要があるけど、これがあれば、がっくんたちにるーちゃんの居場所ツツヌケ」
「俺のプライバシーは?!!」
悲鳴を上げるへきるに、そんな機能を追加した覚えはまったくなかった。がくぽにもカイトにも、そんな追加機能など入れていない。
「ちょ、がっくん?!」
泡を食うへきるに、がくぽはしたり顔で頷いた。
「秘密機能ぢゃからな」
「それでなんでも済むか!!」
叫んでから、へきるははたと気がついてせつらを見た。
未だにへきるの携帯電話を弄っている。
「つかなんで、すぐにわかって」
「そーぉいえば、今日のカイコちゃんはスカートじゃないんだねっ☆」
「おい、ごまk」
問い詰めようとするへきるからあからさまに逃げて、せつらは『うさぎさん』なカイトに笑いかけた。
カイトも、ほわわんと笑い返す。
「はい、ひつじさんです」
うさぎだ。そして執事だ。
かたかたと震えてそっぽを向くがくぽに、へきるの危機意識が警鐘を鳴らした。
せつらと携帯電話に関してもかなり危機的な予感がするのだが、この場合、一瞬後の危機のほうが優先だ。
「うんうん、かわいーよ☆そんでさ、いっこ気になってたんだけど」
「はい?っひゃっ?!!」
にこにこと愛想よく笑うせつらにくるりと振り返らされ、むんずと尻を――しっぽを掴まれて、カイトは小さく悲鳴を上げた。
軽く手触りを確かめて、せつらは頷く。
「フェイクファーだね」
「なんだと思ったんだ?!」
その言葉に、へきるが憤然と叫ぶ。
「つかカイトから手を離せ!孕む!!」
「えええ?!!赤ちゃん出来ちゃうですか?!!」
へきるの叫びに、カイトの悲鳴が続く。
「困ります!!俺、がくぽさんの子供以外、要りません!」
カイトの本気の叫びに、元凶であるへきるはがっくりと項垂れ、せつらは声高く笑った。
がくぽがにまにまと笑いながら、カイトの肩を抱く。
「よしよし、愛いのう」
「がくぽさんん~っ、どうしましょう?!!」
本気で涙目のカイトに、せつらは明るく笑う。
「だいじょーぶだよ、カイコちゃん♪俺の子種はるーちゃん専用だから、るーちゃん以外は孕まない☆」
「ひぎぃっ!!」
いやな限定品だ。それ以前にへきるはれっきとした男なので、どんな子種相手でも孕まない。
そしてカイトもまた男声型で、しかもロイドだ。女声型にも未だに妊娠機能はないというのに、ちょっと尻を揉まれたくらいでどうこうならない。
「それで、せつら?なにを確かめたのぢゃ。マスターの尻と違って、カイトの尻は高くつくぞ?」
「いや、俺の尻も高いよ?!せつら限定だけど!!」
へきるの主張はとりあえずさらりとスルーされて、せつらは掴んだままのカイトの尻――もとい、うさぎしっぽをもみもみと揉んだ。
「ひゃ、ひややっ?!」
「『こけし』じゃないんだなーと思って」
さらっと吐き出す。
「とりあえず尻から手を離せ、せつら!つか、こけ…?」
一瞬首を傾げてから、へきるは『エクソシスト』ばりに仰け反った。
「こけしぃっ?!!」
「こけし??」
きょとんとして話がわからないのはカイトだけで、がくぽは高らかに笑った。
コスプレでアダルトなしっぽといえば、『こけし』だ。この間の、ねこしっぽの例もある。
一見、見映えがいいのは長いしっぽだが、うさぎしっぽだとてかわいいことに違いはない。
だがそれを、ベッドから出て、さらには家からも出て、こんな街中でまで装着しているとなると、話は別だ。女装のほうが百倍はまともだ。いや、比べる余地すらない。
カイトの尻、もとい、うさぎしっぽから手を離してわきわきするせつらに、がくぽは嫣然と微笑みかけた。
「まあ、おいおいな」
「カイト逃げろ!!」
「っはえ?!ほえ、ほええ、どこにですか?!!」
唐突な『マスター』の指令に、カイトはわたわたと辺りを見回す。いったなにから、どこへどう『逃げる』のか、さっぱりわからない。
わたわたするカイトの肩を、がくぽはがっしりと掴んで抱き寄せた。
「逃げぬで良い。マスターのいつもの錯乱ぢゃ」
「ああ!」
「納得しちゃった!!」
叫ぶへきるだが、どうだろう。
普通、マスターの命令至上主義のロイドが、それも素直かつ純粋なカイトが、『いつもの錯乱』の一言で落ち着いてしまうあたり、へきるの普段の行状が知れる。
項垂れるへきるへと、がくぽは悪魔そのものの顔で、淫蕩に笑った。
「そもそも、カイトが嫌がると思うか、マスター?」
「ぅぬぁああああ………!」
純粋無邪気とか、素直で天真爛漫とか、カイトを評する言葉はいろいろとある。
あるが、どれもこれも、一聴、微笑ましい。どこまでも穏やかでのんびりしていて、清らかなイメージだ。
だが実際のところ、カイトは本当に『無邪気』だった。
がくぽにされるアレでコレでソレな閨房術やら変態ちっくなプレイを、唯々諾々と受け入れてしまうのだ。
スカートを穿くのこそ抵抗するが、がくぽのセクハラを超えた、ほぼ犯罪域の猥褻行為は、簡単に取り入れて、しかも悦んでしまう。
おそらく最初こそ、『恥ずかしいです』と涙ぐむかもしれないが、がくぽににっこりと微笑まれて『愛い』などとささやかれれば。
「ぉぐぁああああ………!」
懊悩するへきるを放って、せつらは頷いた。
「うちの子も、早くそこまで割り切るといいんだけどな」
そこまで行ったら、割り切り過ぎだ。
「にしたって、重かったでしょ?テルゾウにでも預けてくれたら良かったのに」
袋を揺さぶって言ったせつらに、がくぽは肩を竦めた。
「テル蔵にこんなものを渡してみよ。ぬしが帰る前に始末されてるわ」
呆れたように言うがくぽの隣で、カイトもこっくり頷く。
「マスターのもの、勝手に捨てちゃうなんて、わるいこです!」
キヨテルの年恰好は、悪い『子』ではない。
そこにはツッコむことなく、せつらは首を傾げた。
「でもカイコちゃんの言うとーりだよ。使うのはテルゾウだけど、俺の金で買った、俺のものなんだよ?真面目一辺倒のテルゾウが、『マスターのもの』を勝手に処分する?」
そのせつらの疑問に、がくぽは再び肩を竦めた。
「始末したうえで涙目で正座し、『腹でもなんでも切ります!』と叫ぶのが、アレぢゃろう」
「ああうん。先生ならそっちだ。すっごい納得」
せつらとの間に再びがくぽとカイトを挟み、へきるが頷く。
想定を転がしてみて、せつらも頷いた。
「確かに、テルゾウならやりそうかも………。さっすが、がっくん☆テルゾウのこと、イー感じに理解してんね♪」
いい感じだろうか。キヨテルがこの場にいたなら、絶叫の挙句に、世を儚みそうだ。
せつらのウインクとともに投げられた言葉に応えたのは、がくぽではなかった。
「世界中のねこを退治する旅に出ます!!」