ふっと目を開くと、カーテンをすかして、明るい光が入りこんでいました。
ちょっとだけ顔を動かして時計を見ると、もうそろそろ起きる時間です。
ヒメハナは首を巡らせて、両脇を見ました。
ヒメハナの右側に、カイト。
ヒメハナの左側に、がくぽ。
ヒメハナのことを挟んで、ふたりのロイドがすやすや眠っています。
朝起きさんのヨーグルトムース
「………ぅふ」
おふとんの中で、ヒメハナはこっそりと笑いました。
今日も、ヒメハナがいちばんです。
「おねぼーさん……」
こっそりつぶやいて、ヒメハナはそっと体を起こします。
寝ているロイドはそう簡単に起きない、と言われましたけど、カイトもがくぽもヒメハナのこととなると、とってもビンカンなのです。
カイトとがくぽは、ヒメハナのロイドです。
『ボーカロイド』といって、うたうためのロイドだそうです。ふたりとも年齢は二十歳すぎの、男声型です。
ヒメハナはまだ、ロイドが買える年齢ではありませんが、お父さんとお母さんが買ってくれて、ヒメハナを『マスター』にしてくれました。
だからヒメハナは、ふたりのマスターです。ごしゅじんさま、なのです。
でもヒメハナがまだ小さいので、ふたりとも、ヒメハナのことをあんまり、『マスター』扱いしません。呼び方こそ『マスター』でも、どちらかというと、お父さんとお母さん、みたいな。
もちろん、ヒメハナのほんとうのお父さんもお母さんも生きていて、げんきいっぱいですけど――
ヒメハナは、生まれたときから五歳までは、ベッドでひとりで寝ていました。
だからほんとうは、ひとりで眠れます。
でも、お父さんとお母さんがカイトを買って、彼がヒメハナの『ナニー』になってから、ひとりで眠ったことはありません。
「マスターは女の子で、俺は男ですから、マスターがお嫌なら無理強いしません。でも、こんな小さいうちから、どうしてひとりきりで寝ないといけないのか、納得いきません」
とっても穏やかなのに、とってもガンコに言いはられて、ヒメハナもなんだか、ヒメハナがどうしてひとりで寝ないといけないのか、きちんと説明できませんでした。
そのあと、しばらくして来たがくぽのほうは、初めはひとりきりで寝ていました。
でもある日、自分から、
「俺だけ除け者にするのはひどくないか?それとも、俺が傍らにいたでは、落ち着いて眠れないのか?」
と言いだしました。
もちろん、がくぽがとなりにいてくれたって、うれしいだけで、眠れないなんてことありません。
カイトはちょっとだけ困ったような顔をしていましたけど、ヒメハナがお願いして、それから三人で寝ています。
そういうわけなので、ヒメハナのベッドはおとな用の、とても大きいベッドに変わりました。
そこに三人で、ぎゅうっとだっこしあって、寝ています。
「………さーん、にーい……いちっ」
時計を見て、数えて、ヒメハナはいきおいよくおふとんから飛び出しました。
「朝よっ!!」
叫びながら、まずはカイトの両方のほっぺたをぱちん、と軽く叩きます。そのまま、ちゅっとおでこにキス。
次に、くるんと振り返ると――
「……遠慮するな」
「うん!」
まだちょっぴり眠そうでも、きちんと目を開けたがくぽが、自分のおでこをつんつんと指で示します。
ヒメハナはがくぽのほっぺたを両手で挟んで、おでこにちゅっとキス。
「おはよう、がくぽ」
「おはよう、マスター」
言いながら起き上がったがくぽが、ヒメハナの頭をぐしゃぐしゃかきまぜて、おでこにお返しのキスをくれました。
「マスターは若いのに、朝が早いな…………違うか。子供だから、朝が早いのか………」
「こどもって、朝がはやいの?」
「子供と年寄りは、朝が早いと相場が決まっている」
面倒そうに言いながらがくぽは、ようやく目を開いたものの、まだぼんやりとした顔で横になっているカイトを見ます。
「いつもながら、寝起きの悪い…」
ぶつぶつ言いながら、カイトへと屈みこみます。
そのまま、くちびるにちゅーっと吸いついて――
「ん………っふ………っ?」
「…………はーち、きゅー………………じゅうさーん、じゅうしー……」
ヒメハナが数えること、二十にいく直前で。
「っっぁっがくぽぉっ!!」
顔を真っ赤にして、カイトが飛び起きました。
「おまっ、朝からっ!!マスターの目の前で!!」
「よし起きた」
「おきたぁっ!!」
叫ぶカイトにかまわず、がくぽとヒメハナはお互いの両手をぱんぱん、と打ち合わせます。
ヒメハナにはよくわからないのですけど、カイトは『ていすぺっく』なので、寝起きがあまりよくないのだそうです。
確かにがくぽが来るまで、カイトの朝のねぼっけーさん具合は、ヒメハナの悩みのタネでした。
でもがくぽが来てからは、カイトは朝、あんまりねぼけなくなりました。
くちびるにちゅううって吸いつくキスなので、初めはヒメハナもびっくりしましたけど、がくぽは『これがいちばん手っ取り早い』と言います。
確かにカイトは、とっても早く目を覚ますようになりました。
「おはよう、カイト!」
「………っぁああ、おはようございます、マスター………」
にっこり笑って飛びついたヒメハナの頭を、カイトはやさしくなでてくれます。
「ね」
「はい」
ちょっと離れて見上げると、おでこにちゅっとキス。
カイトはまだちょっと赤い顔のまま、でもいつもどおりにやさしく笑っています。ヒメハナはもう一度、カイトにぎゅっと抱きつきました。
「今日もヒメハナがいちばんよ。いちばん起きさんには、なんのごほうびくれる?」
「そうですねぇ………」
ヒメハナの頭を抱えこんでなでながら、カイトが考えこみます。
がくぽが手を伸ばしてきて、ヒメハナの頭をぐしゃぐしゃとかきまぜました。
「もぉっ、がくぽっ」
「ちょ、がく………っん……っ」
笑って抗議しても、がくぽはしばらく、ヒメハナの頭を押さえこんでかきまぜていました。
ちょっとランボーなのが、がくぽなのです。
ヒメハナを抱きしめていたカイトの手がゆるんで、ようやく、がくぽは頭をかきまぜるのを止めました。
「ぼさぼさよ!」
振り向いて笑いながらコウギすると、がくぽはにんまりと笑いました。
「心配するな。飯が出来上がるまでには、きれいにしてやる。俺の腕は知っているだろう?」
「知ってるけど、そういうモンダイじゃないのよ!」
「そういう問題だ」
笑って飛びつくと、がくぽも笑いながら、ヒメハナを抱きしめてくれます。
そのまま腕に抱き上げて、ベッドから下りました。
「さて、それでは顔を洗うか。カイト、おまえもさっさと飯の支度をしろよ。マスターが遅刻するぞ」
またごはんのときね、と手を振ろうとして顔を向けると、カイトは真っ赤な顔で口元を押さえていました。
「カイト?」
「……だいじょーぶです、マスター………」
ちょっぴり舌ったらずに言ってから、カイトはいつもどおりにふんわりと笑いました。
「………いちばん起きさんのご褒美に、朝ごはんのデザート、マスターはヨーグルトじゃなくて、ヨーグルトムースにしてあげます。フルーツと生クリームたっぷりの」
「やったぁ!」
「よしよし、良かったな」
がくぽの首にぎゅっと抱きつくと、がくぽはぽんぽんと背中を叩いてくれました。
カイトはふんわりにこにこ笑ったまま、がくぽを見ます。
「がくぽにも、あげるね?毎日まいにち、起こしてくれてありがとうの意味を込めて」
「………」
「俺特製のヨーグルトムースだよ?まさか断ったりしないよね………」
にこにこ笑うカイトと、ちょっと天を仰いだがくぽを見比べて、ヒメハナは首をかしげました。
カイト特製のヨーグルトムースは、ちょっぴりすっぱくって、でもとっても甘くって、すっごくおいしいのです。
朝のデザートで食べるのも、おやつに食べるのも、ヒメハナは大好きです。
「がくぽ?」
「………ありがたく、頂こう」
肩をすくめて言うと、がくぽはヒメハナをだっこしたまま、寝室から出ました。
「がくぽ、カイトのムースほんとにおいしい………あら?そういえばあなた、甘いものきらい………」
洗面所に向かうがくぽの腕の中で、ヒメハナははたと気がつきました。
カイトは甘いものが大好きですけど、確かがくぽは、甘いものがきらいだったはず。
カイトはお礼だって言っていましたけど、がくぽが甘いものきらいだと知っているのに……。
見つめるヒメハナのおでこに、がくぽはちゅっとキスを落としました。
「カイトの愛は時に、厳しいものだ。マスターも知っているだろう?」
「…………怒ったカイトは、がくぽよりこわいわ…………」
「その通り」
頷いて、がくぽはヒメハナを洗面所に下ろしました。踏み台を持ってくると、洗面台の前に置いてくれます。
じっと見上げるヒメハナに、がくぽはにんまりと笑いました。
「厳しくても愛は愛だからな。受け入れるのも男の度量だ」
よくわかりませんけど…。
「がくぽはカイトを愛しているのね」
言うと、がくぽはまたヒメハナの頭をぐしゃぐしゃとかきまぜました。
「マスターはいい女だ。そのまま育てよ」