カイトの『寝起き』は悪い。
寝起き――ロイドであるカイトにとって、つまりは起動ということだが。
新型ロイドも出て、旧型機のカスタムもずいぶん出来るようにはなった。しかし弄れない基幹部分のプログラムの関係で、旧型機であるカイトはあまりすぐに目を覚まさない。
人間で言うところの、寝惚けている時間がある。
War of Sleeping Beauty-1回戦-
「ん………んにゃ」
ベッドの中、意味不明な声を上げて、カイトはゆっくりと瞼を開いた。すぐにぱっちり開くことはなく、瞳の色はぼんやりと霞んでいる。
こしこしと瞼を擦っても、やはりカイトの顔は『寝惚け』て緩んだままだ。
その状態で、カイトは顔を横に向けた。
「ん…………」
紫色の光が目に入って、カイトはせっかく開いてきた瞳を眩しそうに細める。
カーテンも引いたままで、部屋の中は明るいとは言いがたい。
それでもその紫色は、きらきらと眩い光を放っているように見えた。
「ぁふ」
意味のない感嘆の声を漏らし、カイトは傍らで輝く光へと手を伸ばす。さらりと掻き分けると、出てくるのは白い面――輝く光に勝るとも劣らぬ、麗々しい美貌。
カイトは寝惚けた顔まま、うっとり微笑んで、その美貌にくちびるを寄せた。
「ぁ………………ん」
まずはぱくっとくちびるを食んで、それから角度を変えて、何度も何度も重ねる。それでも美貌は揺らぐことがない。
「ぁ……………ぁ、ふ、ん、んん…………」
焦れたカイトは、むずかる声を上げながら舌を伸ばした。緩く閉じられた場所をまずは舐めて、抵抗されないことがわかると、今度は多少強引に舌をねじこむ。
侵入に成功すると、カイトはますます体を寄せ、擦りつくようにしながらくちびるを貪った。
「ん、んん…………ぁ、ん、ふ…………ふっ、んっ」
「…………っ」
夢中になって口の中を漁るカイトに、相手がようやく目を覚ます。
――こちらはカイトと違って、寝起きがいい。
そして補記するなら、この状態に至極慣れていた。
「んん、っぁ、あ…………っんんふっ」
「は……………っ」
ただ嬲られるままだった舌が、突如意思を持って動き出し、今度はカイトを嬲りだす。素早く回った手が後頭部と腰を押さえ、さらにカイトと体を密着させた。
逃げられないようにと囲われつつも、手は慰撫するようにカイトを撫でる。
「ぁ、あ、ぁ……………っんんっ」
ぶるりと震えたカイトの瞳から、昂じる快楽ゆえの涙が一粒、こぼれた。
相手の頬を挟んでいた手を滑らせると首に回し、自分からも密着していく。もはや隙間もないというほどに、ぴったりとくっついて――
「っんっ?!」
「っ」
押しつけられたごりっと硬い感触に、カイトの表情に正気の色が戻った。ぱっと開かれた瞼から涙が散り、のみならず回した腕が反って、互いを引き離す動きになる。
「ん、ん、ん……………んーーーーーっっ!!っぅ、ぷはっ!!が、がくぽっ?!」
「……………毎朝毎朝、貴様というやつは…………」
瞳を見開いて驚きの声を上げるカイトを、隣に眠っていた相手――がくぽは、朝から容赦のない険しい目つきで睨んだ。
慣れているのでまったく構うことなく、カイトは慌てて半身を起こす。
「がくぽ、がくぽだよねっ?!な、なんでいるのっ?!ここ、俺の部屋だよ!いつ来たのっ?!」
「貴様………………っ」
慌てて叫ぶカイトに対し、がくぽはきりきりきしきしと奥歯を軋ませた。
――いかにもここはカイトの部屋で、カイトのベッドだ。ごく普通のシングルベッド。
そこに、成人男子二人を詰めこむのは、いかになんでも無理がある。
が、無理を通して道理を引っこませることに躊躇いがないのが、このがくぽだった。
半身を起こしたカイトの腰をしつこく抱いたまま、悪びれもしない、どころか逆に責める目つきで睨み上げてくる。
「今ようやく、俺を認識したのか…………このうすらぼんやりが…………っ!いったい誰にキスしているつもりだった?!」
「え、ぁ、わぅっ!」
怒鳴りつけられながら、カイトの体が反される。ベッドに引き戻されるのみならず、がくぽに伸し掛かられて押さえこまれ、カイトはしぱしぱと瞳を瞬かせた。
「言えっ!誰にキスしているつもりだった?!」
上から押さえたまま怒鳴られても、カイトは事態についていけていないぽかんとした顔で答えた。
「え、がくぽ」
「ぁ゛あ゛っ?!」
常に美貌を無駄にしているがくぽだが、今朝も例外ではなかった。
まるきりちんぴらの風情で、きょときょとしているカイトを睨み据える。
そういう類の美貌ではない――せっかく、貴族か王族かという、優美にして気品溢れる美貌に造られたというのに。
残念な感じに慣れがあるカイトは竦むこともなく、ちょこんと首を傾げた。
「だから、『がくぽ』。……………がくぽと、キスしてるつもりだったけど」
「…………ぁああ゛…………?」
美貌が――非常に、残念だ。
ひくひくと引きつる美貌に構わず、カイトは手を伸ばすと、がくぽが寝間としている浴衣の胸元をちょんとつまんで引っ張った。
「それより、がくぽだったら!いつ、俺のベッドに潜りこんだの?!今日だけの話じゃないよね?!もぉ、どうして毎日毎日…………っ」
「ふざけるなよ、貴様」
わずかに尖るカイトへ、堅気としてやってはいけないレベルで尖るがくぽは、低く吐きこぼした。
「兄である貴様は弟の俺といっしょに寝るのが、責務というものだろう!兄でありながら、弟の俺に一人寝を強いるとは何事だ、貴様っ!」
「えええー…………………」
とてもとても偉そうに展開される主張に、カイトはやわらかな弧を描く眉を、情けなく落とす。
そういった微妙な反応に、めげてくれるがくぽではない。むしろ堂々と胸を張って、主張を続けた。
「いっしょに寝て俺を甘やかすのは、兄である貴様の責務であり義務だぞ!だいたいにして…………」
「ぁ、ん…………っ」
どこまでも偉そうに主張してから、がくぽはふっと顔を落とした。呆れを隠しもしないカイトのくちびるに、くちびるを重ねる。
起き抜けにもさんざんに嬲り、嬲られたくちびるだ。
すでに赤く色づいていたそこを、さらに腫れ上がらせるかのように、がくぽは舌まで押しこんで丹念に弄る。
「ん………んん、ふ、ぁ、ん………………」
がくぽの胸元をつまんでいたカイトの指は、しがみつく形に変わる。きゅうっと引き寄せるようにして、カイトは与えられるキスに存分に溺れこんだ。
飲みきれない唾液で口周りが汚れるころになってようやく、がくぽは顔を上げた。引いた糸を啜り、とろりと濡れるカイトの口周りも丁寧に舐めて、綺麗にしてやる。
「んん…………っ」
やわらかでやさしい舌使いに、カイトはぶるりと震える。
さらにきゅうっと、しがみつく指に力をこめたカイトを見下ろし、がくぽは低く吐き出した。
「………俺がこうして隣におらねば、誰が貴様におはようのキスをする?」
「……………えー……………………」
静かに落とされた問いに、カイトは軽く眉を上げた。微妙に呆れを含んで、がくぽを見返す。
「ぁのね、がくぽ……………アイサツのキスって、ここまでしないんだよ?ほっぺたとかに軽く、ちゅってするくらいで………」
「きーさーまーはー……………………っ」
『兄』らしく諭すように言うカイトに、一度は取れたがくぽの険が戻る。
音が聞こえそうな勢いで表情を軋ませながら、がくぽはカイトの肩を掴むとベッドに押しつけた。
「ちょ、いた、ぃたい、がく………」
「ふざけるなよ、このうすらぼんやりがっ!!朝からやりたい放題しやがって、貴様は本当に手の掛かる兄だなっ!!」
「え、ちょ、がく……………ぅぷっ」
キレたがくぽはカイトの反論も聞くことなく、再びくちびるを重ねてくる。
先とは違い、乱暴に貪るキスを展開され、結局カイトは寝起き早々に伸びた。