退屈は猫をも殺す。
どこかで聞いたことわざを入れ混ぜ、適当に改変し、屋敷の中を「探検」していたがくぽは、ふと廊下の一角で立ち止まった。
「………罠か?」
思わずつぶやく。
始源に招く死人卿の至言
そもそも子供でもあるまいし、「探検」していたことがすでに自分的にあほらしい現実なのだが、その過程でどうにも怪しい場所を本気で見つけたとなると。
明かりを持ってしても暗い廊下の、突き当たり。
何気なく通っていればそのまま気がつかずにいたろうが、がくぽは現在「探検中」で、そして無駄に能力の高い騎士だった。
注意深く見ていた石壁に、不自然な場所がある。
経験的に言って、隠し通路への出入り口。
「…………そんなベタな」
つぶやきながら、がくぽはカンテラをかざし、壁の周囲をざっと見た。
経験がなければおそらく、手がかりを掴むことも出来ないままに時間が過ぎただろうが、がくぽは無駄に経験値が豊富で、ついでに無為に知識量も多かった。
ざっと見ただけで仕掛けを理解すると、そこで初めて、少しだけ考えた。
隠し通路というものには、いくつか役割がある。
ひとつは、いざというときの逃げ道。
追っ手を撒き、安全に屋敷から逃げ延びるためのものだ。
だがそういうものは大体、寝室や執務室といった、主が普段もっとも多く時間を過ごす部屋に造られるもので、屋敷の隅の隅の片隅に、ひっそりと造るものではない。
この位置にある隠し通路だとしたら、持つ意味はひとつ。
見られたくない秘密に通じる、見つけたらまずい道。
見つけてもまずいが、開き方がわかってもまずいし、実際に開いたらもっとまずく、そして中に入ったりしたら極めつけにまずい。
がくぽにべた惚れ状態で、我が儘を言うとそのまま悦楽に繋げるようなカイトだが、こういったものを見つけて入ったりした場合、どんな反応をするのかが、今いちわからない。
裏表もなく蕩けきっていそうだが、諸外国にすら名高い、完璧なる施政を敷く女王を欺いているのだ。
もっとも気に入りの情人として過分なほどに引き立てられながらも、完璧なる女王施政の唯一にして最大の敵である怪盗始音として、暗躍し続けている実績がある。
恋だ愛だに目が眩んで、真実が見えなくなるような女王ではない――臣民としての、信奉の問題ではなく。
そんな甘さがあるなら、彼女は今頃、女王として立っていられようはずもない。
現在では裏表なく臣民から慕われ畏れられる女王の来歴は、それほどに甘くはなかった。
その女王を欺き、未だに怪盗始音として暗躍しながら、情人としての地位も失っていない――カイトを、見た目のままで判断することは危険だ。
「………まあ」
危険だが。
「アレが悪いな、おもに」
ぼそりとつぶやくと、がくぽは躊躇いなく壁に手を伸ばした。
薄暗い廊下に沈んで見えづらい壁をカンテラの仄明かりで照らし、いくつかの石を押す。
「………想像するに、悪魔崇拝でもしているのか」
――主は在らず
押していった石に浮かんでいた文字を続けて読めば、そんな意味になる。
だからといって特に感興をそそられるでもなく、がくぽは最後の石を押した。
わずかな時間を置いて、開錠を告げる小さな音が響く。
がくぽは手を伸ばし、目の前の石壁を押した。軋みながら、扉と化した壁が開く。
「『だめ』だよ、がくぽ」
「っ」
完全に開き切る寸前で、甘い声が厳然とした「命令」を発し、がくぽの体は固まった。
コマンダー・ヴォイス――人に絶対服従を強いる、特別な声。
「もぉ、がくぽ………寝室にいないから、どこでなにをしてるのかと思えば………こんなとこでおいたして」
「………」
固まったがくぽは、甘い声が近づいてくるのに、静かに呼吸をくり返した。
コマンダー・ヴォイスは、人に絶対服従を強いる。制止された行動を続けようとする限り、体は固まったまま、動かせない。
しかし、命令に従いさえすれば、簡単に呪縛は解ける。
そもそもが、それほど未練のあった「探検ごっこ」でもない。
がくぽは扉を開くことをさっさと諦めると、傍らに立った小柄な体を見下ろした。
「隠されてるものを、勝手に開けないの」
「断れば、開けていいのか?」
笑いながら、頬を撫でてくる――夜会服に身を包んだカイトからは、ほんのりと花の香りが漂う。
それがなにかの移り香なのか、カイト自身の体臭なのか、実のところよくわからない。
悪びれもしなければ、殊勝らしさの欠片もない、ふてぶてしい態度のがくぽに、カイトはうっとりと笑った。
「断っても、開けちゃだめ。ここはないしょの部屋だから、がくぽは入っちゃ『だめ』」
「……」
甘い声が、滴るような重さを持って、耳に響く。
鼓膜から全身を蕩かされるような気がしながら、がくぽはカイトの腰を抱いた。
「俺に言えないことがあると?」
「うん」
責めるように言ったのに、カイトは臆することもなく、躊躇いもせずに頷いた。
「悪魔崇拝でもしているのか?」
「あくま?」
きょとんとして、カイトはがくぽを見た。それからはたと気がついたように、壁のレリーフへ目をやる。
床に置かれたカンテラからは光が届かず、そこにある文字は見えない。
けれど、覚えているのだろう。カイトは堪えきれないように笑った。
「違うよ、これ……『父は在らず』って、読むの」
「なにが…」
違う、と訊こうとしたがくぽのくちびるに、カイトは立てた指を当てる。
「ないしょ。知ろうとしたり、見たりしたらだめ。殺さないといけなくなる」
「………」
冗談めかしているように聞こえるが、本気かもしれない。
ある意味において、感情が窺えないのがカイトだ。常に同じように笑っていて、たまに泣いても、すぐにけろりと復活する。
詰っていても、おそらく怒っていても、声はあまりに甘く、耳を蕩かせる。
「だからここのことは忘れて、ないないして…………そしたら、ご褒美上げる」
「………」
笑うくちびるが、がくぽのくちびるに押しつけられる。
触れたくちびるから、わずかに香る酒のにおい。差しこんだ舌に感じるのはしかし、酒の苦味ではなく、砂糖をたっぷり加えた果実水のような甘みだ。
がくぽは手を伸ばし、カイトの後頭部を押さえた。顔を押しつけると、さらに深く口の中を探る。
「ん………んん、ふぁ………っ」
「忘れて欲しければ、相応のものを支払え」
低く這う声で、とろりとささやく。
力を抜いて預けてくる体を撫で、がくぽは夜会服に手をかけた。
「俺を置いて遊びに出掛けた挙句、そういうことを言うんだ。覚悟はあるだろうな?」
「遊びにって………」
複雑にして繊細な構造の夜会服を、がくぽの手は破ることもなく器用に解いて脱がしていく。
石壁に体を押しつけられて脱がされながら、カイトはわずかに呆れたようにがくぽを見た。
「俺だって、夜会なんて行きたくないよ。面倒くさい。貴族の話なんて全部、くだらないし。でもめーちゃんが出ろって言うんだから、仕様がないじゃん。断れると思うの?」
「…」
女王のことをあまりに気軽に呼ぶのが、カイトの悪癖の中でも最たるものだ。
一瞬にして、がくぽは気力が萎えかけた。
力が抜けたがくぽの手から抜け出し、カイトは跪く。
「ここで舐めればいいの?」
「……」
訊きながら、がくぽの下穿きに手をかける。躊躇いなく前を開くと、未だしんなりとしているものを掴みだした。
「カイト、俺は相応のものを支払えと言ったぞ」
「んん………?んちゅ」
さっさと口に咥えられながら、がくぽは苛立たしくつぶやく。
ずいぶんと巧みさを増したカイトの口淫だ。今のように暗闇に沈んでほとんど姿が見えなくても、愛らしさで補えないからと、極みに達せられないような時期も過ぎた。
だから、カイトの口は気持ちがいい。
気持ちがいいが、それとこれとはまったく別だ――と、何度も何度も言うのに。
「ん………くふ、ぅ………ちゅ、ふぁ………」
「……」
聞く耳も持たずにがくぽを咥え、カイトは蕩けた顔で舌を閃かせる。カンテラの明かりに妙な陰影で浮かぶその顔は、いつにも増して淫蕩で、がくぽを煽りたてた。
「ん、んん………っ」
煽られて、大して持つこともなく、がくぽはカイトの口に精を吐き出した。
こぼすこともなく受け止めたカイトはくちびるを窄めてがくぽを抜き出し、口の中に溜まった精をとろりと転がす。
「んく………」
堪能したものを、カイトはこくりと咽喉を鳴らして飲み干した。舌が覗いて、くちびるを舐める。
「おいし」
「………」
こぼれたつぶやきに、がくぽは一度、顔を逸らした――これで襲い掛かると、きっとコマンダー・ヴォイスで止められる。理不尽過ぎる現実だ。
煽るだけ煽っておいて、お預け。
これだけ愛らしく振る舞っておいて、待て。
こちらはもう、下半身の疼きが治まることもないというのに。
「カイト」
「ん?っふ、んむっ」
顔を上げたところで、再び口に突っ込んだ。頭を押さえて、咽喉奥まで突く。
「んっく……っ」
「相応のものを支払えと言っているだろう。一度くらいで終わるな」
「ん………」
言いながら、頭から手を離した。くちびるの端までずるりと抜いたカイトは、それでもがくぽを軽く咥えたまま、先端をちろりと舌で舐める。
「何回舐めればいいの?」
笑って訊かれて、がくぽはわずかに体勢を変えた。石壁に凭れるように立つ。
咥えたまま素直に体勢を変えたカイトは、自分から咽喉奥に突っ込んだ。
「んく……」
えづきながら抜き出して、また深く咥えこむ。
くちびるはやわらかく、絡みつく舌はそれ自体が独立した生き物のようでもある。窄まるくちびるが音を立てて先端を啜り、舌が襞のひとつひとつまで伸ばすように丁寧に這う。
熱心にしゃぶるカイトの頭をやわらかに撫でながら、がくぽは視線を流した。
開いたままの隠し扉の奥へ、目をやる。
暗い廊下の、さらに窓もない空洞だ。暗すぎて、中がどうなっているのかさっぱりわからない。
わからないが――
「んん………」
カイトはちゅぷちゅぷと水音を立てて、がくぽを舐めしゃぶる。両手で扱き上げ、舌を這わせ、先端を啜る。
隠し通路の開け方なら、ざっと見ただけですぐにわかった。
だがカイトの体の開き方が、未だに見つけられない。
口淫は巧みさを増して、強請れば強請るだけ咥えてもくれる。しかし問題はそうではない――どこでも出せればいいという問題ではない。
この体を組み伏せ、肌を晒させて、甘く啼かせ、そして――
「んんっ、ふ………っ」
想像だけで血が集まり、がくぽはカイトの口に二度目の精を吐き出した。
きちんと受け止めたカイトは、間歇的に吹き出すものを咽喉を鳴らして飲みこみ、口を離す。
「………もういっかい?」
笑って訊かれて、がくぽは肩を竦めた。
「俺が飽きて、『いい』と言うまでだ。ずっと咥えていろ」
「ぁは………」
笑うカイトが、腰をもぞつかせる。
がくぽを究極にだめな肉塊にして寝台から起き上がれないようにし、自分を手酷く使役する「ご主人様」にしたいというのが、カイトの望みだ。
その一環なのかなんなのか、がくぽが横柄に振る舞ったり、我が儘を言ったりすると、すべて悦楽として受け止める。
腰をもぞつかせながら咥えるカイトを見下ろし、がくぽは眉をひそめて考えた。
望むがまま、我が儘放題に振る舞えば、あまりに感じて蕩け、抵抗の隙もなく体を開くことができるかもしれない。
おそらく、少しばかり乱暴に振る舞ったりすれば、効果は絶大だろう。
わかっていて実行に移せない理由があるとすれば、がくぽがカイトに乱暴を働きたくないということだ。
できればやさしく、甘く蕩かしてやりたい。
愛らしさをそのまま素直に、堪能したい。
したいのだから、おとなしく組み伏せられろと思うのに。
「ふ………っんんっ」
がくぽの放つ精を受け止めたカイトが、だらりと舌を垂らす。
「しびれた」
舌足らずに、言う。
「………」
その手もあるか、とがくぽは一応、考えた。
堪えて堪えて堪えて、とにかく長時間、舐めさせる。舌が痺れて覚束なくなったところで、組み伏せる。
そうなれば咄嗟にコマンダー・ヴォイスを発することも出来ず、やりたいようにやれる。
一応、考えた。
しかし、我慢の限界だった。
あともう少ししゃぶらせれば、カイトは疲れ切って話せなくなっていたかもしれない――が、何度も言うが、我慢の限界だった。
「カイト」
「っぁ、んっ」
屈むと、がくぽは冷たい廊下にカイトを押し倒した。