食事が嫌いだった。

食べると必ず気分が悪くなり、吐き戻す羽目に陥ったからだ。

吐き戻すだけではない。

ひどい頭痛に見舞われることもあったし、呼吸困難でのたうち回ることもあった。

時には自分の糞尿に塗れて、――

それでも食事を続けたのは、腹が減るからとか、そうしなければ生きていけないからといった理由ではない。

虚像が抱く巨夢へ差し出す巨像虚無

甘えろと言われたので、じゃあ膝に抱っこしてと強請った。

カイトが、自分をいたぶってこき使う『だめご主人さま』にしたい相手、がくぽのほうは、その願いとは対極の想いを胸に抱いている。

いじめてと言ってもなかなかいじめてくれないし、他人に絶対服従を強いる声『コマンダー・ヴォイス』で『いじめて』と命令していじめさせたら、あとで泣くわ吐くわで、それはそれはもう、大変だった。

じゃあどうしたいのと訊いたら、甘えろと。

言われたので、だったら膝に抱っこして、と――

実際のところ、カイトはそれ以外に甘える方法をよく知らない。なにより膝に抱かれることは、あまり恵まれなかった幼少期の、数少ないときめく思い出なのだ。

いつもいつもまるきりカイトの存在を無視して、いないかのように振る舞う父親が、ごくたまに、構ってくれるとき。

いつでも、大きくて広い膝の上に、抱いてくれて――

「……………なんっか、違う………?」

がくぽの『膝の上』に座ったカイトは、微妙な表情で首を傾げる。

膝の上だ。間違いなく。

がくぽはカイトを乗せてくれて、後ろからぎゅっと抱いてくれている。記憶の中の父親のように。

カイトが仕事にかまけて放り出しておくと、怒って乱暴にしてくることもあるがくぽだ。

しかし今日は、それほど放り出した後ではない。そのうえ自分が強請ったままに、カイトを甘やかしていいというご許可をいただいていて、機嫌がいい。

滅多になくと言うと語弊があるが、とてもやさしい。やさしくて、とろんとろんに甘ったるくて、――

「ひざ………ひざだっこ………うんそう、間違いない…………まちがいない…………っんっぁんんっ」

微妙な顔で、なにが違うのかを追求していたカイトのくちびるから、かん高い嬌声がこぼれる。

カイトを膝に乗せて後ろ抱きにしたがくぽは、仰け反った体にくちびるを寄せて、首を傾げた。

「なにか違うか?」

「っあ、ん、んんん……っ、ゃんっ、ぁ、あ……っ」

問われても、カイトはすぐに言葉にならない。がくぽのくちびるが、敏感に尖った肌の中でも特に弱い、首筋を辿っている。

なにより腹の中には、逞しく膨れ上がるがくぽのものが押しこまれて、ぐちゃぐちゃと好きなように掻き回している。

なにかが違うというより、とても違う。

カイトが強請ったままに膝に乗せたがくぽは、ごく自然としか言いようのない動きで下半身を曝け出させると、当然のごとくに自分を押しこんで来た。

動きにあまりに淀みも躊躇いもなさ過ぎて、カイトは自分の抱く違和感すら、はっきりとは表現できなくなった。

記憶の中の父親は、もちろん、そんなことはしていない。彼はごく普通に――少なくともカイトに対しては、ごく普通に。

「膝抱っこだろう?」

「ん、そう………なんだ、けど。………ぁ、なんか、もぉ………どぉでも、よくなって、きた………っ。ん、ね、がくぽ………がくぽ、おなかのなか、………ちょぉだい………がくぽの………俺のおなかのなか、出して………いっぱいにして………っ」

放り出してはいけない方向で問題を放り出し、カイトはがくぽの膝の上で腰を振る。

場所は書斎の、ソファだ。とはいえ家人の誰がいるわけでもなく、使用人もいない。どこでもそこでも盛るなと説教をするような家宰も持っていないから、カイトは気にすることなく、奔放にがくぽを求める。

求められたがくぽのほうも、気にしない。

屋敷の長が求めているのだからという理屈云々以前に、カイトが求めているのに拒むという、選択肢が存在しない。

「まだ、いっぱいではないと?」

「ぁ、あ………っひぁあっ」

がくぽは笑ってカイトを揺さぶり上げ、腰を支えていた手を結合部へと伸ばす。

動くたびにはしたなくこぼれるのは、すでにがくぽが何度か吹き出したものだ。耳から犯されるような音を立ててこぼれるそれで指を濡らし、がくぽは腰を揺らめかせるカイトの口元に運ぶ。

「だらしなくこぼすほどにやったのに、まだ腹が減っているのかこの細い体の、どこにそんなに入る?」

「ぁ、ん、ん………っ、ふ、ちゅ………んちゅ、ちゅ………っ」

からかうように言われながら、カイトは腰を揺らめかせ、濡れたがくぽの指を舐めしゃぶる。

初めは、おかしな味だと思った。正直、吐き気も覚えた。

けれど馴れると、ひどくその味が恋しくて、悶える日も出てきた。

ちょうだいとこぼすおねだりは、なんとかがくぽを引き留めようとするためのものではなく、自分が本当に欲しいから――

「は………っ」

唾液でべとべとに濡れて抜き出された指を切なく目で追い、カイトは口の中に溜まったものをこくりと飲みこむ。

「カイト」

「ぁ、ん、ん………っ」

その咽喉の動きを見ていたがくぽが、堪えきれずにくちびるに噛みついてきた。

痛いほどに顎を掴まれて振り向かされ、くちびるを貪られながら、カイトは腹に回っているがくぽの手をきゅうっと掴む。

なにかおかしい膝抱っこをする相手だが、カイトのことを本当に必要として、愛して、求めてくれる。

膝抱っこは、ご褒美だった。幼いカイトにとって。

食事をするたびに地獄の苦しみを味わい、のた打ち回り、悶え、――ようやく、その症状が治まったときに。

いつもいつも、目の前にいようともカイトのことなど見えないふうに振る舞う父親が、そのときだけは、見てくれるのだ。

弱って起き上がることも覚束ない体を、自ら抱き上げて膝に乗せて。

まるで赤ん坊でもあやすように、とんとんと、膝を揺さぶって、あやしてくれる――

「………甘い」

「ぁは………っ」

唾液を啜って飲みこんだがくぽが、お決まりの台詞をこぼす。

濡れた指を舐めた程度とはいえ、口の中にはまだ、腹からこぼれだしたがくぽの残滓があって、純粋にカイトの唾液だけというわけではない。

それでも、それを圧して余りあるほどに、カイトの体は甘いと、がくぽは言う。

甘くてあまくて、とてもではないが、止められないと。

どんなに傍にいても、見てくれるときと、見てくれないときがあった父親。

どんなに離れていても、傍にいればなおのこと、カイトだけを見つめて、求めてくれるひと。

力強い腕で抱きしめて、離さないとささやいてくれるひと――離されたくないと、望むひと。

「ぁ、が、くぽ………がくぽ………ちょぉだい、おなか………ね、ちょぉだい………んっ」

募る想いのままに強請るくちびるに、がくぽのくちびるが重なる。

ちゅるりと唾液を啜って離れると、潤む瞳で見つめるカイトに笑って、腰を抱え直した。

「いちいち、『コマンダー・ヴォイス』を使うな。そんなことをせずとも、俺はいくらでもやるんだから」

「っぁあんっ」

途端に激しくなった抽送に、カイトは応えられないまま、かん高い声を上げて仰け反る。

仰け反った背中が、きちんと受け止められる。

自分よりも遥かに逞しくて、熱い体に。

抱き合ってするより、後ろからするほうが好きだなと、カイトはぼんやり考える。

前から抱き合ってするのも、もちろんいい。けれどそれはなんだか、カイトから縋りついてやっているような気分に陥ることがある。

座った形でやれば、もちろんがくぽの腕は背中に回るし、一方的に縋りついているわけではないのだが、それでも微妙な気分が拭えない。

けれど後ろからなら、カイトが縋りつく必要がない。がくぽが抱いてくれるだけだ。

時には腰だけ抱えられて突き上げられるけれど、そちらのほうが余程いい。がつがつと、飢えに急かされて求められているような感じがして、がくぽの余裕のなさがうれしい。

「っぁ、あっ、あ…………っ、くぽ、がくぽ………っい、っちゃ………ぁ、俺、いっちゃうぅ………っ」

「ああ、いいぞ………俺もやるから、………食え」

「ぁ……っは………っ」

がくぽの言いように笑い、カイトは一際大きく仰け反った。突き出された痩せた腹に、瞬間的に男の形が浮かんで、消える。

きゅううと収縮する腹の中に、吹き出して腸を灼き、ひたひたと満たすものの感触がある。

「………っは、………」

「ん……んん………おなかぁ………いっぱい……………」

全体的には脱力しながらも、カイトを抱くがくぽの腕だけは、力を失わない。逆に力が強くなったような気さえして、カイトはうっとりと崩れた。

崩れても、きちんとがくぽの体が支えてくれる。

腹に回されたがくぽの腕に悪戯に指を這わせ、カイトはしばし余韻に浸った。

膝抱っこは、ご褒美だった。生き延びたカイトへ、父親から。

大きな体に抱き上げられるたびに、カイトは自分がまた生き延びたことを実感して、幸福に満たされた。

その幸福を求めて、苦しむことがわかっていても、カイトは食事を続けた。

食べて苦しみ、生き延びたその先にしか、――彼はいない。

今は違う。

苦しむ必要もなく、ひたすらに蕩かされながら、求めたものがすべて与えられる。

求めたものが、求めたままに。

求めた以上に――欲しいと、思うから。

「………ぁ、あ、……め、がく……ん、がくぽ………んん、くすぐった………」

「………ふ、………」

吹き出して腹を濡らしたカイトのものを、がくぽは指で撫で辿って掬い、舐めしゃぶる。

達したばかりで敏感な肌をやわらかに刺激されて、カイトはひとしきり、悶えた。

「………甘い」

「ぁは…………っ」

こぼされる、お馴染みの感想。

お馴染みだけれど、何度聞いても飽きないし、何度でも言われたい。

本当に自分の体液が甘いなんて思わないけれど、がくぽがそう言ってくれるのは、とりもなおさず――

「がぁくぽぉ…………惚れた、欲目んっ」

振り返ってからかうように告げたカイトのくちびるに、がくぽは貪りついた。

***

『また、生き延びたか……さすがは、大英雄の血を引く子供、か』

動きもままならない幼い体を膝に乗せ、椅子に座った父親は、とんとんと踵を鳴らす。

口を利くことが禁止されているから、カイトは黙って凭れ、あやされる。

たとえ口を利けなくても、振り返って抱きつくことも出来なくても、こうしているだけでカイトは十分に満たされて、しあわせだった――

とんとんと、踵が鳴る。

ぺちゃんこになったカイトの腹を撫でつつも見ることはなく、どこかを茫洋と眺める父親は、つぶやいた。

『次は、どの毒を試そうか、カイト――我の、かわいいおとうとよ』