Name of Gods
「にしても、おんなじの二人か………。呼び方、どうしよう……。マスター、あんた、そこのとこの区別ってつけました?」
振り返って訊いたカイトに答えたのは、項垂れていたマスターではなかった。カイトに頭を撫でられているままの、がくぽ×2だ。
「「神威がくぽだ」」
返ってきた答えに、カイトはきりきりと眉をひそめてマスターを振り返った。
「…………つけなかったか、やっぱり………この考えなしが………っ」
「テヘ☆」
凄絶な顔で罵られて、マスターはへらりと笑う。カイトに守られるように座るがくぽ×2を、行儀悪く指差した。
「もうさ、右子と左子でいんじゃね?右にいるのが右子で、左にいるのが左子」
「マスター、あんたね……!」
きりきりを通り越して、ぴきぴきと眉をひそめたカイトが、マスターへと向き直る。説教姿勢だ。
だが怒涛の説教が始まるより先に、がくぽ×2が顔を見合わせ、す、と立ち上がった。
「おまえたち?」
見上げたカイトとマスターの前で、がくぽ×2は無表情のまま、ぱん、と互いの片手を打ち合わせる。
「我が右子で」
「我が左子」
「「♪かごめかごめでまた明日♪」」
手を取り合い、うたいながらぐるぐる回る二人に、マスターは感心したように頷いた。
「調声もまだなのに、すでに美声!さっすが新型!」
「いや、っていうか……」
カイトは若干、引き気味だ。どうも知り合いのところで見た『神威がくぽ』と、微妙に性格というか、いろいろアレだ。
一曲うたい終わったところで、がくぽ×2は止まった。再びカイトとマスターに向き直り、お互いの片手をぱん、と打ち合わせる。
きょとりと無邪気に、首を傾げた。
「「さあ、どちらが右子で左子だ?」」
「ぅえ?」
揃って訊かれて、マスターは目を白黒させた。怪しく彷徨う指で、がくぽ×2を交互に差す。
「右が右子で、左が左子じゃねえの?」
「この低能帝王!!」
「ぶぎゃっ!!」
叫んだカイトに容赦なくゲンコツを落とされ、マスターは床に沈んだ。しかし力を振り絞って顔を上げ、肩を怒らせるカイトへ親指を立てる。
「カイト、ナイス滑舌………!てーのーてーおーって、ちゃんと聞き取れた………!!」
「当たり前です、誰が調声してると思ってんですか!!」
憤然と胸を張られ、マスターは弱々しく自分を指差した。
「俺、おれ……」
主張に、カイトは冷たく鼻を鳴らす。
「おれおれ詐欺に用はないんですよ。そんなもんに手ぇ染めてご覧なさい、マスター。警察より先に、僕が地獄を見せます」
「はい、肝に銘じます……っ」
力尽き、マスターはがっくりと床に沈んだ。
カイトは振り返ると、手を合わせたまま微妙な表情で立ち尽くすがくぽ×2を見上げる。
「右が左子で、左が右子でしょ?っていうかそんなあほな名前、名乗らなくていいから」
答えたカイトに、がくぽ×2は瞳を見張る。互いの顔を見合わせ、頷いた。
「「カイト、合格」」
「はいはい」
おざなりに応え、カイトは腕を組む。眉をひそめると、考えこんだ。
「つっても、あんまり逸脱した呼び方はもう、出来ないよね………名称が『神威がくぽ』で登録されちゃってんだから。せいぜい、がくぽとがくとか、神威とがくぽとか、そこらへんか………でもなあ………」
ぶつぶつとつぶやきながら、カイトは悩ましくがくぽ×2を見上げた。
問題は、どちらをどちらで呼ぶかだ。鏡音シリーズのように、初めから二体同時起動が想定されている機種ではないし、そもそもが、まったく同じ個体だ。
同じ名前で登録されてしまった以上、譲りようもなく、自分こそが『神威がくぽ』のはずだ。
悩ましい表情のカイトをしばし見つめ、がくぽ×2は顔を見合わせた。握ったままだった手を離し、体を向き合わせる。
ふ、と腰を落とすと、構えた。
「え、ちょ、おまえたち?」
漲る緊張感に瞳を見張るカイトの前で、がくぽ×2は互いの右拳を突き合わせた。
「ちょっと、おまえたち?!拳で決着つけようとか………!」
慌てるカイトに構うことなく、がくぽ×2は裂帛の気合いを吐き出した。
「「サムライじゃんけんじゃんけんほいっっ!!」」
「…………いや、なにが『サムライ』じゃんけん…………?」
カイトにはふっつーのじゃんけんに見えた。気合いが無駄だ。
勝敗は一瞬で決した。右子(仮)がちょき、左子(仮)がぱーを出したのだ。
敗者となった左子(仮)は、己の手のひらを見つめ、頷いた。
「うむ、敗者たる我は潔く退こう……。そなたが兄だ」
「うむ、我が兄、そなたは弟だ」
「ええー………?」
あっさり納得した二人に、カイトはわずかに引く。
構うことなく、『兄と弟』となった二人は頷き合った。
「兄たる我が、がくぽ」
「弟たる我が、がく」
「それでいーんだ……………………………?」
カイトには理解出来ないところに、二人の融和点はあるらしい。
諦めモードに入りつつあるカイトに向き直り、二人は膝をついた。若干以上に引いているカイトの手を取ると、真剣に見つめる。
綺麗な顔に、カイトはつい見惚れてときめいた。男だとかいう前提を超えて、パワーのある美貌だ。
珍しくも乙女モードに入りつつあるカイトに、二人は重々しく告げた。
「我ががくぽで」
「我ががくだ」
「「これからよろしく頼む、嫁よ」」