Expert Trainer
家具はないが、古い日本式アパートの常というやつで、畳の枚数があっても、一部屋が狭い。
その狭い六畳間になんとか三組、布団を敷いた。
「ん、よしっ」
満足そうに頷くと、カイトはものの役に立つことなく、後ろに突っ立っていたがくぽとがくを振り仰ぐ。
「どこで寝たい?」
「「カイトの隣」」
即答でもきれいに揃った声に、カイトは一瞬、きょとんとする。しかしすぐに、ぷっと吹き出した。
「よしよし。じゃあ、僕が真ん中で寝るから、それぞれ右か左か、好きなほうに寝て」
三組の布団を指し示して言われ、がくぽとがくは顔を見合わせた。
「兄者が右子で」
「弟が左子だったか?」
「ということは……」
「待て、おばかども」
もったりとずれる打ち合わせに、きりきりと眉をひそめたカイトが割って入る。
「そのあほな名前はもう、忘れる。とっととさっさと忘却して捨てて、ないないするの!!」
「………」
「………」
上目遣いにきっと睨まれて、がくぽとがくは顔を見合わせる。
ややして、頷いた。
「まあ、嫁がそう言うなら」
「嫁の言うことゆえな」
納得した二人に、カイトは軽く手首を振った。それぞれの額を、べちりと叩く。
「あと、ひとのことを『嫁』呼ばない。僕は『カイト』。いい、かーいーと!!まったく、どう誤認識を起こして、僕の呼称が『嫁』になっちゃったんだろ」
「………」
「………」
ぼやくカイトに、がくぽとがくは顔を見合わせる。
『呼称が』嫁なのではなく、『存在が』嫁なのだが。
まだ起動したての二人には、そこのところがうまく説明できなかった。
困惑した顔を見合わせるがくぽとがくに、カイトは打って変わってやさしい笑みを浮かべた。
商店街のひとを虜にした、必殺KAITOスマイルだ。
ついでに手を伸ばすと、カイトは二人の頭を子供にでもするように撫でる。
「ん、ごめんね?起動したばっかりでアレコレ言われるの、大変だよね。今日はもう、寝よ?明日っから、ゆっくりといろいろ、覚えていったらいいんだし」
見惚れるがくぽとがくを布団に誘い、きちんと寝かしつけてやって、カイトはそれぞれの額に、ちゅっちゅと音を立ててキスを落とした。
「おやすみ、がくぽ、がく………ん?」
ひょいとがくぽに腰を抱かれ、カイトはきょとんと瞳を見張る。
半身を起こしたがくぽはあっさりとカイトを布団に転がすと、躊躇いもなくくちびるを塞いだ。
「ちょ、が………っぁ」
慌てて抗議しようと開いたカイトの口の中に、するりと舌が潜りこむ。
「んん………!!」
起動したてとはとても思えない、巧みなキスだった。
がっくり力が抜けて布団に沈みこむカイトから、がくぽはくちびるを離す。
「兄者、我も」
「応」
「え?ゃ、ま………!」
抗議する隙もない。退いたがくぽの代わりに伸し掛かって来たがくは、すぐさまカイトのくちびるを覆った。
こちらもこちらで、あまりに巧みな舌使いのキス。
「ぁ………っ」
切ない声を上げて瞳を潤ませるカイトに、がくぽとがくは笑った。
「愛いな、カイト」
「堪らぬぞ、カイト」
「がくぽ………がく…………」
カイトは手を伸ばし、二人の後頭部へと回す。
がっしり掴んだ。そのまま勢いよく、二人の額を打ち合わせる。
「だっっ!!」
「がっっ!!」
呻いて緩んだ二人の包囲網から抜け出し、カイトはまだ痺れる舌をべろんと出した。
「おばかども。挨拶のキスっていうのは、ここまでやるもんじゃないの!もう……。明日っからは、ここら辺の常識も教えないとなのか………」
ぶつぶつとぼやきながら、頭を抱えてうずくまるがくぽとがくを構いもせず、さっさと布団の中へ潜りこむ。
きっちりくるまると、ひらひらと愛らしく手を振った。
「おやすみ、がくぽ、がく」
そして、あっという間に寝入ってしまう。
額を押さえたままそのカイトを眺め、がくぽとがくは頷いた。
「たくましい。やはり良き嫁だ」
「飴と鞭の使い分けの絶妙さよ……良妻の鑑だ」
二人は寝入ったカイトへ顔を寄せると、その頬にちゅっちゅと音を立ててキスを落とした。
「「良き眠りを、我らが愛しき嫁」」