目を覚まして、カイトはきりきりと眉をひそめた。

「なんだ、この目覚め…………………」

ぼそりとつぶやく。

両手に華。ならぬ、がくぽ×2。

Morning Rush

住んでいるのは、和室一部屋に、玄関から一間続きになっているリビングダイニングという間取りの、一応1LDK仕様のアパートだ。

居室は一部屋だ。いくらロイドが増えたところで、個別に部屋などやれない。

カイトの選択はごく簡単だった。

マスターはリビングに転がし、自分とがくぽとがくのロイド三人が、和室に布団を敷いて寝る。出来ることなら、ロイドと『マスター』の部屋は分けたほうがいいからだ。

それでリビングに転がるのがマスター、という選択が、カイトの迷いのなさだが。

で、ロイドたちだ。

狭い部屋だが、布団は三組、きっちり敷いた。がくぽもがくもカイトの隣で寝たがったから、カイトを真ん中の布団に置いて、その両隣に二人を寝かせて。

そう、夜寝たときには、確かに三組の布団が活用されていた。はずだ。

そして朝。

カイトの布団に、カイトとがくぽとがくと、三人が詰まっている現実。

「どーしてこーなった………………………」

カイトの寝起きはあまり良くない。低スペックゆえに、頭がすぐに働かないからだ。

なにか異常が起こっていても、分析にも対応にも時間が掛かる。

しかしとりあえず。

「重い……………っ」

カイトより遥かに大きな体のがくぽとがくは、それぞれがカイトの腕を抱えこんで寝ている。成人男子三人で一組の布団を使うという無茶のために、体はぎゅうぎゅうきつきつに密着したラッシュ電車状態。

だから布団は三組、きっちり敷いたのだ。マスターの尻を叩いて大急ぎで布団屋まで行って、新しいものを買って来たというのに。

「あー………もう………」

呻いて、カイトは身じろいだ。

疑問もなにもあったとしても、とりあえずは起きないといけない。起きて、リビングに転がしたマスターを起こしつつ、朝食とお弁当を作って、仕事へと蹴り出さなければいけないのだ。

朝からカイトに暇はない。

「ん…………っ!」

「ぬぁ」

「むぁ」

腕を抜いている途中で、がくぽとがくが目を覚ました。眠そうな目で、起き上がるカイトを不思議そうに見る。

カイトは苦笑して、抜いた手で二人の頭を撫でた。

「まだいいよ、寝てて。ごはん出来たら、起こしてあげるから」

「ぅぬ……」

「んむ……」

「ぅわっ?!」

わずかに瞳を細めてから、二人は同時に手を伸ばした。せっかく抜け出したカイトを、強引に布団の中へ連れ戻す。

「こら、ちょっと………んんっ?!」

抗議しようとしたカイトの口を、がくぽのくちびるが塞いだ。舌が伸びて口の中を弄って、離れる。

「兄者、次は我だ」

「うむ、弟よ」

「は?!って、ちょ、がくっ!!」

抗議する間もない。がくぽが離れたと思ったら、今度はがくがくちびるを塞ぐ。

朝のご挨拶にしては濃厚過ぎるキスをお見舞いされて、カイトの体から力が抜けた。

「ちょ………あのね………」

「おはよう、カイト」

「よく眠れたか、カイト」

なにしてくれてるんだ、という抗議も聞かず、がくぽとがくはカイトの顔にキスの雨を降らせる。

「もぉ…………なんなの、おまえたちって…………」

朝から疲れ切って、カイトは布団に伸びた。

イレギュラーな起動の仕方をしたがくぽとがくが、カイトに対して刷り込み雛鳥のように懐いていることはわかっているが、愛情表現がちょっとアレだ。

「あのね、挨拶のキスはそこまでしないんだって、言ってるでしょ………?」

「まあ気にするな」

「気にするほどのことでもない」

キスの雨を降らせながら、二人はしゃあしゃあと言う。

しかしカイトとしては、盛大に気にしてほしい。

カイトは女ではないし、がくぽとがくも男だ。男同士の親愛の表現に、べろちゅーはない。なにかが果てしなく違う。

確かにがくぽもがくも見惚れるほどにきれいだが、それとこれとは別だ。もしも常識がずれているのだとしたら、今のうちに正しておかないと、危なくて外に連れ出せない。

「っと、しまった」

そこまで考えて、カイトは時計を見た。

マスターを蹴り起こして、とりあえず朝食らしきものを食べさせ、弁当もどきを持たせて追い出さないといけない。

「ほら、二人ともごはん食べたいでしょ。退く!」

威勢よく言って、カイトは跳ね起きた。そのまま振り返ることなく、和室から飛び出して行く。

がくぽとがくは布団の中からその背を見送り、次いで響いてきた元気いっぱいの怒声に、頷いた。

「我らの嫁は、朝から元気だな」

「朝から元気なのが、我らの嫁だ」

うんうんと頷き合いながら起き上がり、胡坐を掻いて座った。互いに互いを見やり、再びうんうんと頷く。

「兄者も朝から元気だな」

「弟よ、他人のことを言えた義理か」

「嫁が朝からかわいいからな」

「朝もなく夜もなく、嫁はかわいいな」

至極まじめに納得し、二人は『かわいい嫁』が奮闘する音に、しばし聞き入った。