Today's Fortune : Many of Love
狭いアパートだ。洗面所などという大層なものはない。
朝食と弁当を用意するカイトに小突かれつつ、台所の流しで顔を洗ったマスターは、リビングの座卓脇に並んで座るがくぽとがくに、軽く手を振った。
「ぅあよー、がぅほ、がぅ」
――おはようの挨拶をしたらしい。
未だに呂律の回っていないマスターに、がくぽとがくは片手を上げた。ぱん、と上げた互いの手を打ち合わせる。
「起きてしまったのだな、マスター」
「ならば問わねばなるまい、マスター」
「「どちらががくぽで、どちらががくだ?」」
「ぅええ?」
座卓を挟んで二人の向かいにべたんと座ったマスターは、至極情けない顔になる。
右と左とうろうろと指差しつつくちびるを空転させ、結局諦めて座卓に顎を乗せた。
「右ががくぽで、左ががく?」
がくぽとがくが、ぱん、と手を打ち合わせる。
「「はずれ」」
「なんっで見分けがつかないんだ、この無能の極み!!」
「んぎゃっ!」
がくぽとがくが答えるのと同時に、朝食を運んできたカイトが叫ぶ。ついでに小器用にも、片手でマスターの頭を叩き払った。
「とっとと目ぇ覚ましなさいっ。ほら、ごはん食べて!」
「あ~う~」
食べろと言われても、『お仕置き中』のマスターの前に置かれるのは、白飯と梅干しだけだ。
メニューに直接抗議することはなく、マスターは恨めしげな視線をカイトに向けた。
「カイトは見分けつくっての?」
「ばか言ってない!」
「った!」
問いに、カイトはもう一発、マスターの頭を張り飛ばした。さっさと台所に戻る。
「そもそもなんで、見分けがつかないんですか?わかっていたことだから今さら驚いたりしませんけど、呆れるのも通り越すマスター失格ぶりですよ」
「ええ~っ」
台所で、がくぽとがくの分の朝食をよそいつつ腐すカイトに、マスターは胡乱な声を上げる。
目の前に仲良く並んで座る二人は同一機種で、衣装も髪型もまったく同じだ。
しかも起動したばかりで個性も薄く、口調もしぐさもほぼいっしょ。
見分けがつくほうが、どうかしている。
がくぽとがくも顔を見合わせ、首を傾げた。――マスターの目には、鏡にしか見えない。
「はい、がくぽ、がく。おまえたちの………ん?」
お味噌汁に白飯、卵焼きとお漬物という、きちんとしたメニューを運んできたカイトは、座卓に皿を並べるために床に膝をついた姿勢で、きょとんと瞳を見張った。
すっくと立ち上がったがくぽとがくが、ぱん、と手を打ち合わせる。
「「♪かごめかごめでまた明日♪」」
「あー、もう…………ごはんだって言ってんのに………」
手を取り合ってうたいながら、ぐるぐる回るがくぽとがくに、カイトは渋面で額を押さえた。
うたが終わると同時に、ぴた、と止まった二人は、左右対称に首を傾げる。
「「どちらががくぽで、どちらががくだ?」」
「もー………しょうがないんだからぁ………」
一度がっくりと項垂れてから、カイトは立ち上がる。
がくぽとがくの前に行くと、それぞれの頬に手を伸ばして撫でた。
「こっちががくぽで、こっちががく」
呼びながら、引き寄せた頬にちゅっちゅと音を立ててキスしてやる。
招いた額にこつ、と額を合わせると、上目遣いに二人を見た。
「間違えたりしないから、大丈夫。だから安心して。ね?」
「…………」
「…………」
瞳を見張ったがくぽとがくは、身を起こすと、顔を見合わせた。こくりと頷く。
「「カイト合格」」
「はいはい。じゃあ、ごはんに……ってわ?!」
おざなりに頷いたカイトの腰を抱き、二人はキスの雨を降らせる。
箸で崩した梅干しで白飯をもそもそと食べつつ、マスターは眉をひそめた。
「ほんっと、なんでどーして、見分けがつくんだ………?」
ぼやいてからお茶を取ると、ごはん茶碗に流しこんだ。
キスの雨に晒されて笑うカイトと、うれしそうに懐くがくぽとがくを見て、首を傾げる。
「愛の力、とか?」