「およっ、カイトちゃん?!なんだい、キレイどこを二人も連れちゃってッ」

馴染みの商店街の入り口、八百屋のおじさんに声を掛けられ、がくぽとがくを後ろに従えたカイトは苦笑した。

Idol Master

「マスターが新しく買ったロイドだよ。おじさん、茄子ある?」

「おおよ、新鮮なのがあらあ。って、ロイドおっちゃんの目には、二人っとも、おんなじ顔に見えんだけどよ……」

訝しげに首を傾げるおじさんに、カイトは肩を竦める。

「うん、おんなじ機種だからね。まあ、マスターのやることだから」

その一言で、馴染みの商店街にはすべての話が通じる。

おじさんは急激に瞳を潤ませると、苦笑するカイトの肩をべしべしと力いっぱい叩いた。

「苦労してんねえ、カイトちゃん不憫だ、不憫だよ!!まったくゆうちゃんも、いつまで経っても、しっかりしねえで。なんだっけ、茄子だっけ。ひと篭かいそう言うな、おまけしてやるよそうだ、りんごもおまけしてやらあちょっと傷みかけだけどよ、ジャムにすりゃ全然イケるから!」

「ありがと、おじさん」

ぐすぐすと洟を啜りながら、おじさんは頼んだ茄子の増量のみならず、りんごをひと篭渡してくれた。

カイトは買い物袋にナスとりんごを入れる。その重くなった買い物袋を、がくぽがさらりと取って肩に掛けた。

「ゆうちゃん?」

もののついでで訊いたがくぽに、カイトは肩を竦めた。

「マスターのこと」

「ああ……」

八百屋のおじさんに笑顔で手を振って別れ、カイトは再びがくぽとがくを従えて商店街に入っていく。しかし大して歩かないうちに、乾物屋のおばさんに声を掛けられた。

「カイトちゃん、またずいぶん綺麗なの連れちゃって!!どうしたい?!」

「ああうん、…」

カイトは同じ説明をくり返し、ここでも八百屋と同じ光景がくり返された。つまり、おばさんはうるるっと瞳を潤ませ、笑顔のカイトの手をぎゅっと握ったのだ。

「かわいそうに、苦労させられてほんと、まー坊も罪な子だよ!!あ、カイトちゃん、昆布買うんなら、このふりかけ、おまけしたげるよあとね、明日になると大豆のやっすいのが入るから……」

「うん、わかった。ありがと、おばちゃん。明日また、お豆買いに来るね」

にっこり笑って昆布一袋とふりかけ一瓶を受け取り、カイトはがくぽの持つ買い物袋に入れる。

「……まー坊?」

訝しげながくに、カイトは肩を竦めた。

「マスターのこと」

「「???」」

きょとんとして、がくはがくぽと顔を見合わせた。

カイトは構わず歩き出したが、いくらも進まぬうちに、今度は道路脇に止まった花屋の軽トラから声を掛けられた。

「よっ、カイトちゃんまった迫力あんの従えてんなそれもふたっつおんなじのったあ、あーちゃん、またやったか?!」

軽トラの運転席から下りて来た威勢のいい兄ちゃんに背中を叩かれ、カイトは苦笑した。

「うん、またやらかしてくれた」

「あー、ほんっと苦労させられてんな、カイトちゃん…………いい子なだけに、不憫だぜ。あーちゃんもなあ、悪気はねえんだけどよ。悪気がなきゃ、なんでもいいかっつーとなあ」

「まあね」

花屋というより、的屋と言ったほうが近い風貌の兄ちゃんに慰められて、カイトは肩を竦める。

「「あーちゃん?」」

ユニゾンでつぶやいたがくぽとがくに、カイトは一瞬だけ振り返って笑った。

「マスターのこと」

「「?????!!」」

疑問符を飛ばす二人には構わず、カイトはその笑顔のまま、背の高い花屋の兄ちゃんを見上げる。

「まあ、マスターのことはもう、諦めてるから」

「そこで笑っちゃうおまえが、本気で不憫だぞ、俺ぁ………って、そうだ、カイトちゃん。そいつら確か、ボーカロイドの、神威シリーズだよな茄子が好きな」

「うんそう。よく知ってんね?」

瞳を見張るカイトの肩を抱いて、兄ちゃんはトラックの荷台を覗きこませた。

「ちょうど今日、茄子の苗を客に持ってったんだけどよ。あっちが注文数、間違えてさ。金は払うけど、受け取れないって突っ返された苗木があるから、カイトちゃんにやるよ。ベランダで育てな」

「うっわ、助かる!!」

素直に喜色に輝くカイトに茄子の苗木を三本渡し、兄ちゃんは去って行った。

がくがカイトから茄子の苗木を受け取り、三人は歩き出す。

しかし、前には進めない。

「カイトちゃん、カイトちゃん今日、豚小間セールだよおまけしたげるから、寄ってお行き!」

肉屋のおばさんに呼び止められ、以下略。

結論的に言っておばさんもまた、店舗の中からカイトの苦労を偲んで涙を拭い、揚げたてのコロッケを三つ、サービスしてくれた。

「もうほんと、うーくんにも、困ったもんだよね………!!」

「――うーくん?」

もはや諦めの境地で訊いたがくぽに、カイトはあっさり頷いた。

「マスターのこと」

そして、本来の目的であるセールの肉を買いこみ、買い物袋を持つがくぽに渡す。サービスのコロッケは潰れないように、自分の胸に抱えた。

「今日のお昼は、コロッケパンにしてあげるね!」

きらきら輝く笑顔のカイトは、弾む足取りで商店街を進む。

眩しげにその背中を見やりつつ、がくぽとがくは荷物を抱え直した。

「なあ、兄者」

「うむ、弟よ」

「ひとりの人間に、斯様に多種多様な呼び名を付ける………下界とは、おとろしきものだな…………!」

「うむ。生半な頭では、とても乗り切れぬ…………!」

震え上がる二人の視線の先では、カイトが米屋のおじさんに捕まっている。笑顔で話すカイトの手を、おじさんががっしり掴んだ。次いでおじさんは、ばたばたと店の中に駆けこんでいく。

金も払わないのに、荷物が増える予感。

「…………我らの嫁は、愛されているな、弟よ………」

「そうだな、兄者………あれだけ愛らしければ、致し方ない………」

つぶやく二人は、顔を上げて先を見遥かした。

商店街は、まだまだ続く。現在地、未だ三分の一に到達せず――