商店街を往復し、ようやく入り口に戻って、がくぽとがくが家に帰れると気を抜きかけた瞬間だった。

「あ~、カイトちゃん。寄ってって~。今ちょうど、ざらめ煎餅並べたとこなんだ~。お味見してお行き~」

Discovery of the Glory

「あ、うん。そうなんだ?」

「……………」

「……………」

煎餅屋の前で箒を片手にしていた作務衣姿の青年に呼ばれ、カイトはあっさりと進路を変えた。

躊躇いもない足取りのカイトを追うことなく、がくぽとがくは顔を見合わせる。

財布から出た金額と吊り合わない量の荷物を抱えたがくぽとがくは、落ちそうになる肩を懸命に持ち上げた。

「兄者よ、気がついたか」

「うむ、弟よ………そなたも気がついたか」

きりっとした顔で、二人は煎餅屋を見た。

隣はお茶屋だ。

「商店街の淀みなき商魂の表れだな、兄者…………!」

「この罠に嵌まらずにおれる剛の者が、どれほどいるものか…………!」

おいしいお茶を飲めば、おいしいお茶請けがほしくなる。おいしいお茶請けを手に入れれば、――

おそらく立地は偶然の産物なのだが、がくぽとがくには商店街という、個別でありながら巨大なマーケットの陰謀そのものにしか思えなかった。

「兄者……」

「うむ、弟よ……」

がくぽとがくは硬い表情で、こっくりと頷き合った。

「敵は歴戦の商人。手強いぞ、兄者」

「起動したばかりの我らには、難敵よな」

二人は生真面目に言い、腹にくっと力をこめた。

「しかし逃げること、罷り成らん」

「美事に散ってみせようぞ、兄者………!」

悲愴な決意を確認し合い、がくぽとがくはカイトの後を追って煎餅屋へと足を踏み入れた。

カイトは店の中の、小さな喫茶スペースにいた。

喫茶スペースとはいっても、背もたれのない長椅子ひとつに、ちょっとしたものを仮置きする程度の、小さな丸テーブルが置いてあるだけの場所だ。

そこでカイトは、片手に菓子鉢を持って中身をぽりぽりとやっていた。

がくぽとがくは傍らの床に荷物を置くと、カイトを真ん中にして座る。

そうやったところで、カイトを呼び止めた作務衣姿の青年が奥の作業場から出てきた。にこにこと笑いながら、がくぽとがく、二人それぞれに持って来た菓子鉢を差し出す。

「ぽーちゃんに、くーちゃんだっけ~今度、あーたんのとこに新しく来たんだってね~。はい、どうぞ~。ご新規さん:お味見すぺしゃるだよ~」

どうすればいいのかと戸惑うがくぽとがくに、カイトは自分が持つ菓子鉢を軽く振って見せた。

「ここね、あたらしー住人には全種類、タダで味見させてくれんの。ひと欠けずつ。遠慮しないで食べな」

「なるほど……」

「個人ならではか……」

カイトの補足説明に納得して、がくぽとがくは菓子鉢を受け取った。

ご新規さんではないはずのカイトまでご相伴していることには、ツッコまない。ついでにその菓子鉢の中身が、甘い煎餅ばかりだということも。

「有難く頂く」

「馳走になる」

それぞれ頭を下げ、がくぽは菓子鉢の中からとりあえず海苔煎餅を取り、がくは塩おかきを取ると、ぱくりと食べた。

途端に青年は、先までのほやんとした空気から、きりりとした商売人の顔になる。

「その海苔煎餅の海苔はね、ちゃんと国産の海苔を使ってます。そっちのおかきの塩はね、国産の岩塩。ちょっと海塩と、味が違うんです」

「ほう……」

「ふぅん……」

丁寧に説明した青年に、がくぽとがくは興味深そうに菓子鉢を覗き込んだ。

青年はわずかに身を乗り出し、菓子鉢の中の煎餅を指差していく。

「おしょうゆもね、ちゃんとしたお蔵から仕入れてます。お米も、国産のうるち米なんだけど、その年にいちばん出来のいい産地のものを、選んでます」

「仕入れが大変そうだな」

つぶやいたがくぽに、青年はのんびりと笑い、腰を伸ばした。店の外を指差す。

「と、思うでしょ~実はすべて、ご近所さん仕入れです~。お米はお米屋さんが、プロの目でちゃんと出来を見て勧めてくれるし、海苔やら塩やらも、乾物屋さんがこだわって仕入れてるから。俺はおさんぽがてら、買うだけかうだけ~」

のほほんと言って、青年は見上げるがくぽとがくに架空の算盤を弾いてみせた。

「輸送コストとかもろもろ考えると、うちのご近所さんで仕入れても、そんなにどうしようもない値段にならないんだよ~。みんなちゃんとした商売してるってわかってるし、付き合い長いと、結構まけてくれるし~。足りないものとかもすぐに仕入れられたり、意外なものを見つけたり、便利至極~」

「…………なるほど。流通の正だな」

「個人商店ならではの、正としての循環か」

納得したように頷いたがくぽとがくを、甘い煎餅をつまむカイトは胡乱な目で見た。

「なんか、こむづかしいこと言って、適当に済ませようとか考えてない?」

「そんなことはないぞ、嫁よ」

「うむ。我らは純粋に感想を述べただけだ、嫁よ」

「僕は『嫁』じゃなくて『カイト』だと、何度言えばわかる!」

指についた砂糖を舐め、カイトはしたり顔の二人にでこぴんした。

煎餅屋の青年といえば、マイペースの鑑だった。

「そっかそっか~、カイトちゃんの旦那さんなんだぁ。じゃあなおのこと、食べてたべて~。カイトちゃんの旦那さんなら、今日見つけた好きなやつは、一袋ずつ、サービスするからさ~」

ほんわりほええんと勧める。

カイトは頭を抱え、呻いた。しかし菓子鉢はしっかりと、膝の上に保持している。

がくぽとがくは赤くなった額を撫でてから、再び菓子鉢に手を伸ばした。がくぽが塩おかきを、がくが海苔煎餅を取る。

「あのさぁ一度に二人も旦那が増えてるとか、そもそも僕の性別とこいつらの性別とか!」

「ぁははぁ、やだな~、カイトちゃん。愛こそすべて~だよ~。あーたんのロイドなんだから、細かいこと気にしな~い。ってか、それよりも~」

「ん………………がくぽがく?」

抗議していたカイトのコートが、両脇からぎゅいぎゅいと引っ張られた。

戸惑いながら振り向いたカイトを、がくぽとがくは言葉にもならず、きらきらうるるんの瞳で見つめる。

そもそも、無駄に美麗な顔をしている。パンチ力が違う。

しかしいったい、なにをもって――

「どしたの、ふたりとも…………?」

困惑して訊くカイトの前で、煎餅屋の青年はレジ台脇に置いてあったタブレットを高速で操作した。

仕上げに、たん、と高く指が鳴る。

「ぽーちゃんが塩おかきで~、くーちゃんが海苔煎餅ね~。送信そうし~ん」

「「!!!」」

がばっと顔を上げて見たがくぽとがくに青年は爽やかに笑い、手に持ったタブレットを振った。

「商店街中のひとに、ぽーちゃんとくーちゃんの好きなもの、送っておいたからね~♪」