仕事から帰って来たマスターを見て、がくぽとがくは揃って眉をひそめた。
「またか、マスター」
「またなのか、マスター」
「ん?まあ、『また』だけど」
You said Love, All time
出かけたときにはきちんとした格好だった――もちろん、カイトが整えてやったからだ――マスターは、どうしてこの姿でほてほてと表通りを歩いて来るのか、というほどに服を乱していた。
慣れきっているカイトは風呂場へと駆けて行って、入浴の準備を始めている。
よたよたと歩いて来て、べたんっとリビングの床に座ったマスターは、億劫そうに首を掻いた。
そこにいくつもいくつも、『虫食い』痕がある。
「そなたらはいったい、なにを考えておるのだ?」
「斯様にしていて、なにも考えはないのか?」
眉をひそめたままのがくぽとがくに訊かれて、マスターは肩を竦める。
「知らねえよ。あっちがち○こおっ立てて、襲ってくるんだ。この体格差と体力差で、俺があいつに勝てると思うかよ」
ぼやくようではあっても、内容の割には軽く吐き出すマスターだ。
彼は三日に一度くらいの割合で、幼馴染みの花屋の兄ちゃんに仕事帰りを捕まり、押し倒されている。
商店街の花屋の兄ちゃんなら、がくぽとがくも馴染みだ。花がとことん似合わない的屋な風貌だが、気のいい明るい兄ちゃんで、多くの人から頼みにもされている。
人望篤き兄ちゃんなのだが、本人曰く、『中学んときから、あーちゃん見るとち○こ勃つんだから仕様がねえだろう』とのことで――
「いっそもう、嫁に行ったらどうだ、マスター」
「そなたを欲しがるような、奇特な輩が先々現れるとも思われんし」
花屋の兄ちゃんは、マスターのことを嫁にしたいとは思っているらしい。一応補足しておくと、マスターは男だ。しかも生活力皆無で、すべての世話をカイトに焼かれて、どうにかこうにか生きている。
呆れたように勧めたがくぽとがくに、マスターは苛立ったように頭を掻いた。そのまま眉をひそめると、そっぽを向く。
「好きだとも言われねえのに、嫁になんざ行けるか」
「っっ」
「!!」
切れ長の瞳を丸くして、がくぽとがくはマスターを見つめた。それから、お互いの顔を。
そこに、ぱたた、とカイトが走って来る。
「マスター、お風呂入りましたよ!どうせ今日も、中出しなんでしょう。さっさと入って、おなかきれいにしてください!」
「あいあい~」
気の抜けた声を上げ、マスターはよたよたと風呂場へ消えた。
「さて、それじゃ………ん?」
夕飯づくりを再開しようと腕まくりしたカイトは、コートの裾を引かれて振り返った。きょときょとと、瞳を瞬かせる。
コートの裾を掴んだがくぽとがくが、悲愴な顔でカイトを見上げていた。
「…………どしたの、二人とも」
訝しむというよりは、不思議そうに訊いたカイトに対し、がくぽとがくの表情は相変わらず悲愴なままだった。非常に珍しいことだ。
「話がある、カイト」
「座ってくれぬか、カイト」
「ん………?」
首を傾げつつも、カイトはきちんと二人に向き直ると、へちゃんと床に座った。
そのカイトの前に、お説教待ちのときのように正座して並び、がくぽとがくはぴんと背筋を伸ばした。
「カイト、好きだ」
「カイトのことが、好きなのだ」
「へ……?」
突然の告白に、カイトはますますきょとんとする。そのカイトを、がくぽとがくは悲愴な顔で見つめていた。
ややして、ふ、とカイトが笑い崩れる。
「なに、改まって?欲しいものでもあるの?なにをおねだりしたいの、おまえたち」
笑いながら訊かれ、二人は首を振った。
「いや、そういうことではなく……」
「そういえば我らはきちんと、カイトに『好きだ』と告げていなかったのではと、思い至って……」
「もしや我らの気持ちは、カイトに伝わっておらぬのではないかと」
「おばかども」
口ごもりながら懸命に説明したがくぽとがくに、カイトは罵りながら笑う。
腰を浮かせると手を伸ばし、二人の頭を抱き寄せた。ちゅっちゅっと音を立てて、額にキスを落とす。
「あれだけ何回も『愛しい』って言われてて、わかんないわけあるか、おばかども。おまえたちが僕のことを大好きで愛しちゃってることなんか、とっくに身に沁みてるんだ」
「……………」
「……………」
今度、きょとんとしたのは、がくぽとがくのほうだった。
顔を見合わせ、瞳を瞬かせる二人に、カイトはいたずらっぽくくちびるを歪める。
「それとも、『愛しい』ってウソなの?そういう意味じゃない?」
「「そんなわけあるか!!」」
揃って叫び、二人はカイトを抱きこむと、キスの雨を降らせる。
カイトは明るい笑い声を上げ、二人を抱きしめ返した。