Today's Fortune : Fain & Recover
「ぅあよーさん、がくぽ、子がくぽ」
顔を洗って来てもなお、マスターの声は不明瞭だった。これまでのところ、朝の起き抜けに明瞭にしゃべるマスターに出会ったことはない。つまり常態だ。
座卓を挟んで向かいにべしゃりと座ったマスターを、がくぽとがくは眉をひそめて見た。
「先頃より気になっておったのだが…」
がくぽが口を開き、片手を上げた。隣に座るがくも片手を上げ、二人は互いの手をぱんと打ち合わせる。
「「どちらががくぽで、『子』がくぽなのだ?」」
「んえ?」
詰問調で訊かれ、マスターは眠い目をわずかに見開いた。しかしこういったことはすでに、日常だ。それで完全に目が覚めるということは、もはやない。
「こっちががくぽで、こっちが子がくぽ」
ぴ、ぴ、と指を振り、がくぽ→がくぽ、子がくぽ→がくを指差す。
ひくひくっと、がくぽとがくのこめかみが引きつった。
合わせたままだった手を一度、ぎゅっと握り合ってから離す。今度は先より多少強めに、ぱん!と打ち合わせた。
「「シャッフル」」
「いやいや、おまえらね……」
『シャッフル』とは言いつつも、がくぽとがくは座ったまま、首を二、三回振っただけだ。
「いくら俺だって、そうそう何度もおんなじ手には……」
「「どちらががくぽで子がくぽだ、マスター」」
苦情にも構わず、がくぽとがくは再び、同じ問いを放つ。
マスターはぴ、ぴ、と指を振った。
「こっちががくぽで、こっちが子がくぽ」
がくぽ→がくぽを、子がくぽ→がくを、迷いもせずに指差す。
「「……っっ」」
「え、いや、なんですか、その顔……」
思わずマスターが敬語になって居住まいを正すほどの凄絶な表情を晒し、がくぽとがくは打ち合わせた手を握り合う。
「弟よ」
「応、兄者」
低くひくく、地を這う声で呼びあったがくぽとがくは、体の向きを変えた。相対して膝を突き合わせると、互いの両手をぱん、と打ち合わせる。
ぎゅ、と握ると、叫んだ。
「「しゃっふるっっっ!!」」
「ひぎぃっ?!!」
叫んだ二人は勢いそのままに、がつんと額同士をぶつけた。力加減していない。痛い。
「…っ………っっ」
「~っ~~~っっ」
がくぽもがくも握り合っていた両手を離すと、額を押さえてうずくまった。当然だ。
「おい、二人とも……」
しかし、腰を浮かせて覗きこんだマスターが安否を訊くより早く、がくぽとがくは顔を上げる。
涙のにじむ瞳で、マスターを睨んだ。
「「どちらががくぽで、子がくぽだ」」
マスターには根性がなかった。忍耐も。
くるりと台所を振り返ると、情けなく叫んだ。
「カイトカイトかいとぉおおお!!がくぽと子がくぽが反抗期!!積み木崩される!!」
「この天辺阿呆のど無能!!」
「ぐきゃっ!!」
呼ばれて飛び出た――比喩だ――カイトは、罵倒とともにマスターの背中を蹴り飛ばした。
「ロイド心がわかんないにも程がある、この人間失格がっ!」
「マスター失格じゃないんだ………!人間レベルで失格なのか、俺………!!」
蹴られた勢いで座卓に額をぶつけてうずくまっていたマスターは、そのままさらに沈みこんだ。
カイトは未だに額を押さえて涙目のがくぽとがくの背後に回ると、頭を抱えてやり、赤いそこにちゅっちゅとキスを落とした。
「がくぽが『子がくぽ』で、がくが『がくぽ』がいいんでしょ?」
頭を撫でながらやさしく言ったカイトに、がくぽとがくは互いの片手をぱん、と打ち合わせた。
「「カイト合格」」
「えええ………?!なにそれ、難し過ぎんだろ…………!!」
呻いて完全に沈んだマスターに構うことなく、がくぽとがくはカイトを抱きしめてキス責めにしていた。