がくぽは瞳を細め、顎に手をやった。目の前の棚を、難しい顔で眺める。
「いちごミルク味……」
Tail of "Honesty John"
「兄者、バナナミルク味もあるぞ」
「むう……」
隣にしゃがみ込んだがくが声を上げ、がくぽはますます瞳を細める。
「嫁は甘いものが好きだな」
「そうだな、好む」
問いに、しゃがんだまま棚を見つめるがくが頷く。
がくぽとがくは甘いものが苦手だが、『嫁』ことカイトは、甘いものが好きだ。
はっきりと好きだとは言わないが、そもそもアイスを嗜好している。辛いアイスや苦いアイスは、存在しないとまでは言わないが、一般流通ではない。
なにより、彼らの嗜好をすべて把握済みの商店街のひとびとがカイトに渡すおやつが、常に甘いものだ。
煎餅屋ですら、カイト用にはわざわざ、ざらめ煎餅やらかりんとうやら、甘い煎餅を選んで寄越す。
「我らは別に、そのままで構わぬが……」
「うむ、兄者………嫁はやはり、甘いほうがうれしいだろうか……」
がくは箱のひとつを取り、矯めつ眇めつしてみる。
「しかしひと口に『甘いもの』とはいえ、種類が多い」
瞳を眇めて棚を眺める兄の言葉に、がくは持っていた箱を元の場所に戻した。
「そう、それが問題だ、兄者。我らは甘いものを嗜好せぬゆえ………」
「うむ。いったいこういう場合に、どういった味を嫁が好むのかが、わからぬ」
つぶやき、がくぽはさっと棚を眺めた。
国産品から輸入品まで、ざっと二十種類ほどあるだろうか。
「いちごミルクやバナナミルク味では、いくらなんでもお子様過ぎるか…?」
「兄者、『大人のまろやかカフェラテ味』や、『大人のほろ苦キャラメル味』というものもあるぞ」
「む……そういえば、キャラメル味も好きだな……」
「しかし『大人のほろ苦~』だ。もしや我らが思う以上に、味が違うのではないか?」
「ぬぅ……」
がくぽはますます眉間に皺を寄せて、悩む。対してがくの方は、どこか楽しそうだ。
「バニラ味があれば、万事解決するような気がするぞ、兄者」
「ぬ……?そうか、そういえばそうだな。いや待て」
弟の提案に乗りかけて、がくぽは首を振った。しゃがみこんだままのがくの頭を、軽く小突く。
「嫁のアイスに懸ける情熱を、甘く見ないほうが良い。かえって怒らせる結果にならぬとも限らん」
「言われてみれば、そうか」
がくも納得して頷き、再び棚を眺めた。
ひとつを手に取ると、立ちっぱなしの兄へと突き出してみせる。
「あった、バニラ味」
「………甘いものの王道ゆえな。では、それは除外だ」
「応、兄者」
これでとりあえず、候補からひとつは外れた。
しかし、ひとつ外れたところで大した意味はない。相変わらずがくぽとがくには味の想像がつかないし、『甘いものが好き』な嫁が、どういった『甘いもの』が好きなのか、予測がつかない。
そして棚に並ぶのは、甘いものが主。
苦いものや辛いものはない――辛うじて『苦い』といえば、先にも言った『大人のほろ苦キャラメル味』だが、そもそも二人には、甘いキャラメルの『ほろ苦い』ときの苦さ加減がわからない。
商品の性質上、驚くほど苦くはないとは思うが、重要なのはカイトの味覚だ。ほろ苦であろうと、ちょっとでも苦いキャラメルは赦せない――ようだと、台無しだ。
「ぬう。甘いものは食せぬなぞと言わず、もう少し嫁に話を聞いておけば良かったな…」
「そうだな。こういったところで、意外に悩むことになるな…」
「なんであれ、どんなことでも、嫁のことなら耳を傾けて話を聞いておくことが大事なのだな」
「良い学習となった」
うんうんと頷き、二人は顔を見合わせた。
「とりあえず、ひと箱ずつ買うか」
「うむ、それでひとつずつ試して……った!」
「っく!!」
棚に手を伸ばしたところで、二人の後頭部がべしべしと叩かれた。
振り返ったがくぽとがくを、薬局の袋を持ったカイトが顔を真っ赤に染めて睨んでいた。ちなみに袋の中にあるのは、ロイド用のシャンプーや石鹸といったものだ。
買い物をするカイトに付き合って薬局に入った二人は、ひとつの棚に目を引かれ、その前で話しこんでいたのだ。
「どこの棚の前でたむろってるか、おまえたち………!!」
戦慄くくちびるで訊かれ、平手で払われた後頭部を撫でていたがくぽとがくは、一度、自分たちが眺めていた棚を振り返った。
それからカイトに向き直り、揃って口を開く。
「「コンドーム」」
「はきはき答えればいいってもんじゃない、このおばかども!!」
「ぬっ」
「むっ」
再びカイトの平手が飛び、べちべちと額を叩かれる。
赤い顔で涙目にすらなっているカイトに、がくぽとがくは軽く手を上げて降参ポーズになった。
「落ち着け、カイト」
「平常心だ、カイト」
「しらっと言うな、おばかども!!」
叫び、カイトはくるりと踵を返す。
「帰るよ、ほら!」
「いや、カイト、その前に……」
「丁度良いから、どの味が良いか…」
振り返ったカイトはこれ以上ないというほど真っ赤に染まり、がくぽとがくの耳を掴んだ。
容赦なく引っ張りながら、歩き出す。腹を抱えて爆笑している、薬局の主人のおじぃちゃんに頭を下げて、店から出た。
「「カイト!!」」
往来に出たところで、痛い、と悲鳴を上げる二人を軽く振り仰ぎ、カイトは耳から手を離すと叫んだ。
「『そこ』にヘンな味ついてるのは、キライ!!」