がくぽは『兄』であり、がくは『おとうと』である。

それは『じゃんけん』という児戯によって決めたものではあったが、起動してから今日までずっと、それに準じて暮らして来た。

同時起動の同型機で同居とはいえ、役を振り分けて生活していれば、それなりに差異が生まれて来るものだ。

Dear My Brother-Part2

「とはいえ、な嫁限定の効果という気がしないでもない」

「なにが?」

がくの呈した疑義に、カイトが応える。

ちなみにカイトの現状は、がくを座椅子代わりに、がくぽを足置きに半ば寝そべる形という、大変に優雅なものだ。服は着ている――これがなんの補足かは不明だが。

もうひとつ補足するなら、カイトがそうしろと求めたわけではない。お説教を終えてお疲れのカイトを、がくが背後から抱えこんで凭れさせ、がくぽはマッサージしてやるという名目で足を捕らえた、その結果だ。

「だから、『おにぃちゃん』だ。兄者があそこまで悶えたのは、嫁が呼べばこそという気がする」

「そうなのあ、そだ。ひとのこと、嫁呼ばないの、がくっ!」

きょとんとした目をがくぽに向けたカイトだが、思い出した様式美のお約束に、すぐさまがくを振り仰いだ。手も伸ばすと、ぷにりと頬をつまんで捻る。

お説教時間は終了した。リラックスタイムである。普段はちゃきちゃきのはきはきのツッコミを即行即時に入れるカイトも、さすがにタイミングがずれる。

ならばやるなという話もあるが、このボケ属性な亭主どもは、かわいい嫁に対してのツッコミ能力はこと、皆無以上の絶無だった。

時差ツッコミ嫁かわいいと、萌えるのがせいぜいだ。

「うむうむ、カイト」

「ふむ……」

案の定でにやけたがくだが、弟と嫁の双方から問われた先のがくぽは、自分の思考に沈んで目を伏せた。ややして、頷く。

「弟の言う通りであろうな。カイトであればこそだという気がする」

「そうなのなんで?」

「嫁ゆえな」

「っっ」

深い考えもなかったカイトの問い返しに対し、がくぽの答えも即座に返された。

が、よく考えるだに意味不明だ。意味は不明だが、さらりとした言いように、疑問の余地もない愛情が垣間見える。

真っ赤になって黙りこんだカイトにがくはさらににやけ、頭頂にキスを落とした。ふんわりとしたねこっ毛の感触を楽しみつつ、兄へと視線をやる。

「試しに呼んでみるか、兄者?」

「ふむ」

軽く放られた弟の提案に、兄は思慮深い間を設けた。が、そう待たせるでもない。先よりは早く、頷いた。

「まあ、結果は知れているが、良かろう――受けて立つ。来い」

「うむ。参る、兄者」

『受けて立つ』らしく、鋭い眼光で見据えたがくぽに、がくもカイトを抱いたままながら、居住まいを正す。

「ちょっと、………おまえたちはなんの勝負をする気なの……………」

たまにテンションが理解不能な兄弟だ。

たかが呼び方を試すだけのはずだろうと、呆れたカイトはさらに姿勢を崩した。伸びた足で、がくぽの腹の際どいところを軽く蹴る。

がくぽは笑って、『お行儀の良い』嫁の足を掴み、指先をとろりと撫でてやった。

びくりと背筋を震わせたカイトを笑って抱きしめ、がくは若干の上目遣いとなったうえで、口を開く。

「『おにぃちゃん』?」

いわば、がくから仕掛けた『イクサ』だ。が、カイトが先にがくぽへ呼びかけた以上に、たどたどしく、覚束ない口ぶりだった。

普段のがくは口達者だし、滑舌もいい。しかし単語として口馴染みもなく、感覚的に馴れない言葉でもあった。

ために、必要以上に幼気な口ぶりとなったのだろうが――

効果は覿面だった。

「ふむ。やはり……ん?」

「ん?」

お説教タイムは終了し、リラックス時間だ。腕の中には大仕事を終えた嫁を抱いてあやし――

「がく、もういっかい」

――腕の中にいたはずなのだがなと、がくは瞳を瞬かせた。なぜかカイトの顔が正面にあり、膝立ちしたカイトはがくの胸座を掴んで迫っている。体勢のみならず、表情も強張って怖い。

一瞬の間にいったい、なにがあったのか。

情報処理能力の高さを謳われるのが、『がくぽ』シリーズだ。たとえ属性がボケであろうと能力は変わらないがくぽとがくの二人が、揃って事態に追いつけず、ただ瞳を瞬かせた。

カイトは構わない。がくの胸座を掴む手に、さらにぐっと力をこめる。

「がーく。も・ぉ・い・っ・か・い!」

「ん…ああ、うむ、あー……『ぉにぃちゃん』?」

戸惑うがくの口調はさらにおどおどとして、幼気だった。表情もだ。カイトを気弱に窺って、殊更に弱々しく見えた。

効果は覿面だった。

「ぃやぁああああああーーーっっ!!がくぅうううううううううううっっっvvvvv」

「よめぇえええええっ?!」

どろっと、一瞬で相好を崩したカイトががくの頭をがっしりと抱えこむ。のみならず、がしがしわしゃわしゃと髪を掻き混ぜ、ぎゅうぎゅうぎゅうと締め上げる。

滅多にない勢いと気迫に押され、がくは座っていても堪えきれずによろめいた。背が壁にぶつかり、それでもカイトの進撃は止まらない。

「ちょ、待て、なにが……おちつ、ょめっ」

「違うでしょ、がくっ!!」

文章も組み立てられないほど動揺するがくの顔を挟んで覗きこみ、カイトはぷっくりと頬を膨らませる。

「『嫁』じゃないでしょっ『おにぃちゃん』でしょっ?!さんはいっっ!!」

「ぉ、ぉにぃちゃ……」

そうでなくとも理解が及ばず、混乱のさなかにいるがくだ。迫るカイトの強さに抗しきれず、求められるまま素直に口を開いた。

効果は絶大だった。

「ふぁあああああああんんっ!!なになになにぃ、がくぅううっ?!おにぃちゃんになんでも言っていっていってぇええええ!!」

「のぁああああああっっ?!」

再び興奮のどつぼを極めたカイトが組みついてきて、がくを愛で回す。

壁に預けた背が堪らず滑り、畳へ転がった。それでもカイトの『おとうと萌え』は治まらない。自分より大きな体の『おとうと』に乗り上がり、嬌声としか思えない甘ったるい声を上げながらかいぐりし回す。

「うむ……そういえば、KAITOシリーズの俗称は『兄さん』であったな……つまり嫁もまた、属性は『兄』か。先に我の萌えを理解したも、それゆえか。成程な……」

放り置かれた状態のがくぽといえば、常と大して変わらない端然とした様子だった。冷静に局面を観察しているとも言える。放置されて寂しくないのかと言えば、――

「しかしてこれも、弟限定のような気がするな……我がたとえばそう呼んだとて、こうはなるまいな」

「あたりまえなのっ!」

興奮のあまりのたどたどしい口調で、カイトが応えた。あの状態にあっても声を拾ったのかという話だが、拾うのがカイトで、拾ってくれるのが、つまりがくぽとがくの嫁だった。寂しいなどと、迂闊な感傷に浸る暇はない。

がくを完全に押し倒した状態で、カイトはぷくりと頬を膨らませ、がくぽを振り返った。

「おにぃちゃんに『おにぃちゃん』なんて、呼ばれたくないっ!」

効果は――

「あー……うん。なんかなあ………たまーに思いきって朝帰りとかヤってみると、ええともう朝ってか昼昼近いけどまあとにかく、新しいトビラ的なものを開けてヒヤヒヤおうちに帰ったら、家族もなんかちょーど、新しいトビラ的なもんを開けたとこだったり?」

玄関に立ち尽くしたマスターはへらりと笑い、よれよれと天を仰いだ。

「つまり俺、朝帰るな昼帰るな夜帰るなせめて夕方ならダメですかってか、……とりあえず今は、もっかいタツんとこ、リターンバック?」