Today's Fortune:Forever Ever-01-
畳に正座したがくぽは、生真面目な顔で口を開いた。
「ひとつ言っておくが、我らは我らに対する嫁の愛情を、努々疑うものではない」
「うむ。嫁の我らに対する愛情の深さたるや、計り知れずとも決して疑うことはない」
兄の言葉を引き取り、隣に正座したがくも生真面目に告げる。
きびきびと続けて、がくは自分の言葉に頷いた。ぐっと、拳を握る。
「しかしそう。我らには嫁の愛情の深さが、未だ計り知れぬのだ。日々をひとつ屋根の下に暮らし、こうまでの仲となった、今もって!」
「出来た嫁と比べれば、夫たる我らはあまりに未熟。嫁の愛情の深さたるや、実際、我らの力及ぶところではないのだろう。とはいえどうせ計り知れぬと、のうのうと胡坐を掻いたままでいいとも思えぬ」
「どれほど月日を費やそうとも、まったく計り切れるとは自惚れぬ。だが、せめても怠らず、わずかでも日々計ることで、嫁への理解に努めたい。ひいてはいずれ、嫁への恩返しに繋げたい」
正座で仲良く並び、生真面目な顔で主張を繰り出していた二人だが、そのうちに興奮してきたらしい。ぴんと伸びていた背筋が撓んで前傾姿勢となり、切れ長の瞳はわずかに見開かれ、生き生きと輝いた。
そうやって興奮ままに畳みかけ、がくぽはこっくりと頷いて結論を吐く。
「つまるところ、好奇心が疼いて堪らぬのだ」
「うむ、兄者!」
きりりと、男前も極まる表情で締めたがくぽに、がくもこっくり頷いた。負けず劣らずきりりとした顔で、兄を見る。
「素直は兄者の美徳よ。しかしあまりにも、実情を直截にして赤裸々に告げ過ぎではないか」
「うむ、弟よ………。興奮のあまり、うっかり本音が出た」
――訳すと、本音だだ漏れだよおにーちゃんとツッコまれ、うんうっかり本音だだ漏らしちゃったてへぺろーとなる。
この二人と住みだした当初、カイトには彼らがなにを言っているのか、頻繁に理解が及ばなかった。
現代語に訳すとこれだけのことなのだが、選択される言葉や文章の構成が、いちいち無駄に入り組んで複雑だからだ。
しかしそれこそ、日々をひとつ屋根の下に暮らし、『こうまで』の仲となった今は、違う。概ね理解できる。
概ねだ。相変わらず、全体像や詳細は理解しきれない。
とはいえこの場合、把握できればいいのは『概ね』だということも、学習している。
なぜなら訳文を見てもわかるように、実のところ二人は、大したことを言っていない。別の意味で大したこと――つまりはろくでもないことを言っている場合もあるが、それも詳細を理解出来る必要はない。
ろくなことを言っていないと、雰囲気さえ掴めればいいからだ。
ばか正直に言葉を解析し、理解に努めて時間を潰すより、直感的に、ろくなことを言っていやがらねえ!と気がつくことのほうが、重要だ。
判断が早ければ早いだけ、回避する時間が増える。もしくはそのろくでもない計画を、叩き潰し完膚なきまでに頓挫させる時間が――
そしてカイトは今日も、二人がなにか大層な言葉と文脈とを使っているものの、結局はろくなことを言っていないのだと判断した。
とはいえ、人造物たるロイドに存在するのかどうか、未だ結論の出ていない直感部分だけでの判断ではない。
カイトの現状だ。
「んっっの、おばかども………っっ!!」
二人の亭主と比べると華奢な体をぷるぷると震わせ、カイトは怒りに潰れる声をなんとか張り上げた。
「いいからさっさとこの縄をほどけえっっ!!あとひとのことを嫁よめ連呼するなっっ!!」
カイトの現状だ。
マスターを仕事に蹴り出し、家事全般も終え、買い物も済ませた気怠い昼下がり――男四人で住むにはあまりに無理があり過ぎる1LDKのアパートの、その唯一の居室たる、畳敷きの和室。
に、カイトは目隠しをされて後ろ手に縛られたうえで、転がっていた。
がくぽもがくも生真面目な顔で正座しているのだが、カイトにはわからない。わかりようもない。目隠しの布は厚く、懸命に目を凝らしても隙間の光がわずかに掴めるかどうかだ。
カイトをこうした犯人はもちろん、ひとのことを嫁よめ連呼しているおばかどもこと、がくぽとがくだ。
双子機でもないのに、イレギュラーが重なった挙句に双子として起動したせいなのか、どうか――
カイトの『亭主ども』はどうも、一般的な神威シリーズと比べると稚気が勝った。見た形こそ大きくとも、やんちゃな子供と大差ない。
ワンパクで、イタズラ好きで、好奇心旺盛。そして双子で美形で、二十代を過ぎている。最悪だ。
同じ二十代とはいえ、カイトはもともと体格で多少劣る。神威シリーズに比べると華奢で、器用さや基本の膂力といったスペックも、旧型と新型の違いが出て、微妙に負け気味だ。
純粋な力比べをしたら、ひとり相手でも苦戦は必至。
相手は二人。
勝ち目があるなら、亭主どもは嫁を溺愛していて、常態であれば『姐さん女房』であるカイトに頭が上がらないという、その点だ。
ただし嫁を溺愛する二十代の亭主どもは、ゆえに旺盛だった。なにとは明確にしないが、非常に旺盛だった。
そして今日、ワンパクにしてイタズラ好き、好奇心旺盛でかつ、嫁への愛情も旺盛ながくぽとがくは、カイトを縛って転がした。
――補記すると、がくぽとがくが狙っていたのは目隠しだけだ。しかし当然ながら嫌がったカイトは、目隠しを解こうとした。
解かれるのは、手が自由だからだ。解かれたくないなら、解く手の自由を奪えばいい。
がくぽとがくは急遽、カイトの手も縛った。
結果として完成したのが、目隠しされた挙句に後ろ手に縛られ、畳に転がったカイトだ。
だが、あくまでもメインは目隠しだ。この強調には、まったく意味がないが。
「まあ、そうな………冷静に判ずれば、犯罪にしか見えぬ」
「うむ、兄者よ。どう考えても我らは、犯してはならぬことを犯している。それも、並々ならず愛するカイトに対して」
さらに補記すると、『転がった』のはカイトの自由意思だった。犯罪度が割り増して痛々しいことこのうえないが、カイトは別に、がくぽとがくの罪悪感を刺激しようとしたわけではない。
後ろ手に縛られたので、即座に使える『武器』が足しかなかったのだ。
いつものように、でこぴんだの後頭部を掴んでの頭のかち合わせだの、手を使った攻撃が封じられたので、迷いも躊躇いもなく蹴りにシフトした。
とはいえ目も封じられて見えないので、飛び蹴りや回し蹴りには危険が伴う。
安全策を取った結果が、寝転がっての連続ねこねこキックだ。
――カイトにとっては、甚だ不本意だろう。そうとはいえ姿勢も整えられず、目標も定められずに無闇と繰り出される足蹴は、じゃれるねこがくり出すキックと相違なかった。見た目も威力もだ。
嫁を溺愛するおばか亭主どもにとっては、ご褒美と同じだ。
なによりも、カイトのスラックスはすでに脱がされている。スラックスのみならず、下着もシャツも。コートだけは着ているが、これは亭主どもがニッチな趣味を発揮した結果ではない。
まずは有無を言わせず全裸にしたのだが、目隠しをしたところで嫌がられ、急遽腕を縛ることになった。
生身の肌に、直接縄が当たってはまずい。ロイドの肌は有機素体主体で、柔肌と言って差し支えないのだ。直接に縛って擦れれば、確実に傷つく。流血の惨事だ。悲劇でしかない。
その程度の判断は出来たがくぽとがくは、脱がしたコートを着せ直し、その上から縄を掛けてカイトの腕を縛った。
気遣いの方向性を、盛大に間違えている。
てやてやてやと、カイトが怒りに任せて放つねこキックを膝に受けつつ、がくぽは生真面目に弟を見た。
「――そうか?犯してはならぬか?」
「………兄者?」
あまり表情豊かではないのが、がくぽだ。常に端然としている。
落ち着き払って訊かれたがくのほうは、兄に比べれば表情も感情も豊かだった。わかりやすくもきゅっと眉をひそめ、問い返して来た兄を見た。
端然として、常に落ち着き払っているが、がくの兄はどちらかというと過激派だ。カイトへの愛情は疑いようがなくとも、その愛情を支える基幹の思考が、天然で嗜虐を極めている。
多少の嫌な予感とともに見つめた弟へ、がくぽはちょこりと首を傾げた。
「犯罪には見えるが、同時にこれ以上なく蠱惑的で魅惑的にも見えよう。嫁の新たな魅力を引き出したところで、イーブンとならぬか?しかも冷静に判ずればだが、この様態の嫁を前にして、保てる冷静さがあるものか?少なくとも我は興奮のあまり、冷静さの欠片も残しておらぬが……」
「兄者………っっ」
無邪気に言ったがくぽに、がくは呻いた。
カイトの足――より正確に言うなら素足、もしくは生足は、際どいところをコートの裾からちらちら覗かせながら、怒りのねこねこキックを放ち続けている。
威力などない。別の意味での威力には溢れているが、それはカイトの望む方向ではない。
威力もなく、効果もなく、逆説的な威力と効果に溢れるねこねこキックを放つ、目隠しされた挙句、後ろ手に縛られたカイト。
怒りと連続した運動で、剥き出しにした肌は仄かな朱を刷いている。日に焼けない白い肌は、色を刷くことで常にない艶めかしさを纏い、香り立つ。
溺愛する嫁ならなおのこと、この色香具合は堪らない。
「まさしく言う通りだ、兄者!」
「こんのてっぺんおばか亭主どもぉおおおおっっ!!」
心底から納得し、兄に同意したがくの答えに、カイトの怒声が重なる。
もちろん、イーブンになどならない。程遠い。冷静さを欠いているから、なんでもしていいだろうという話もない。
がばりと身を起こしたカイトは、正確にがくぽとがくに相対した。
正確に、だ。ねこねこキックは微妙に的を外れたり、ぶれたりしていたものの、起き上がったカイトはきっちり正確に、がくぽとがくに向き合った。
「おお!やはり嫁!!っっだっ!」
「これぞ深淵たる愛情の成せる妙っぎぎ!!」
――向き合うだけでなく、カイトはがくぽとがくの頭に、非常に正確に頭突きを決めた。
普段はがくぽとがくの後頭部を掴み、二人の額をかち合わせているカイトだ。しかし今日、後頭部を掴むべき手は縛られ、使えない。
ので、自分の頭で、代用。
油断極まり、まともに受けた亭主どもは頭を抱えてうずくまった。
むしろ、兄弟で強制されるでこでこちゅーのほうが痛くない。まったく痛くない。まさかとは思うが、あれでいてカイトは手加減してくれていたのだと、認識を改めざるを得ない――
「そもそも僕を縛って目隠しして、ナニがしたいんだ、おまえたち!」
頭を抱えてうずくまり、ぷぎぷぎと痛みに震える亭主どもに対し、二発の頭突きをかましたカイトはまったく元気だった。
一瞬も顔を歪めることなく、威勢よく立ち上がるとお説教体勢で畳みかける。
もちろん、がくぽとがくは即座に答えられない。いつもの兄弟間でこでこちゅーより、遥かに痛かったのだ。うずくまる時間も、長くなる。
それでも懸命に涙目を上げれば、仁王立ちで威勢を張るカイト。目隠し手縛り、着用コートのみ。
前開きで、大事なところはすべて惜しげもなく――
「答えによっては………んぶっ?!」
ぷりぷりとおしおきを告げようとしたカイトのくちびるは、塞がれた。このうえさらに、猿ぐつわまで噛まされたわけではない。
やわらかく、湿った感触。とろりとくちびるを舐め上げ、口の中に押しこみ、歯列をこそげて、怯える舌を絡め取り、唾液を啜り上げられ、混ぜ込まれたものを戻される――
「ん………っんんっ、ぁ、んんぅ………っん、ん……っゃ、やぁ………っぁ………っ」
咄嗟に怯えて逃げかけたカイトだが、されているのがキスだとは、すぐに気がついた。舌を絡めて愛撫に浸す、一般にディープキスと呼ばれるもの。
しかしこれが、いつものキスと同じものだとは、とても思えなかった。
目が見えないことが、こうまで他の感覚を鋭敏にし、尖らせるものだと知らなかったカイトだ。
そもそも逃げかけて姿勢が乱れていたカイトだが、執拗にして濃厚なキスに膝が砕け腰が抜け、畳にべたりと尻が落ちる。
確かに快楽に弱い性質だが、まさかことの初めのキス程度で、いきなり腰は抜かさない。
いや、腰を抜かすのみならず、触れてもいない体のあちこちが――
「ぁ……あ、ゃ………っん、ぉねが………っぁ、からだ………へんん………っ」
威勢はどこへやら、カイトは一瞬でぐずぐずに蕩けた。自分ひとりではとても起きていられず、壁に背を預け、どうにか体を支える。それでも尻が滑って崩れそうだったが、そこはキスを強要する相手が押さえて支えた。
カイトがもはや、威勢も取り戻せないまでに蕩けきったところで、ようやくくちびるが離れる。
「め、ぁ………っ、ぺろぺろ、めぇ………っんんんっ!」
口周りをべたべたに汚す唾液を丁寧に舐められ、それだけでもカイトは泣くほど感じた。腰が勝手に浮き、はしたなくも愛撫を強請るように、揺れる。
「ぁ………っな、ど……し………っんんぅっ」
「ふ………っ」
過ぎる快楽にぷるぷると震えるカイトに構わず、くちびるがまたもや塞がれる。舐められかじられ、吸われて啜られ、押しこまれ流しこまれ――
目隠しの分厚い布の下で、カイトは愕然と瞳を見張った。
イく。
「ん、ゃ、め………っんんんっ、んーーーーーーっっ」
懸命にもがいても逃がしてもらえず、カイトは堪える術もないまま、触れられてもいない性器から体液を迸らせた。
「………おや」
くちびるが離れ、小さくつぶやかれる。放出の衝撃と、そこに至った経緯に呆然としていたカイトは我に返り、さらに肌を染めた。
キスだけで、イった。それも、束の間放心せずにはおれないほど、派手に。
「ぁ、ぅ………っぐすっ!んっ、んんぅっ!」
あまりの羞恥に泣きだしたカイトだが、再び強引にくちびるが塞がれた。そうなれば与えられるのは、先と同じかそれ以上の快楽だ。
泣くどころではなく、カイトは懸命に首を振り、なんとか逃げようともがいた。
放出したばかりの男性器が、もう張り詰めていくのがわかる。どうしてこうまでと思うほどつぶさに、はっきりと。
それだけでなく、まだ触れられていない胸もずきずきと疼いて、小さな突起が痛いほどに勃ち上がっているのがわかった。
早く触れられたくて、堪らない。二人のきれいで器用で、ちょっとだけ意地悪な指にこねくり回されつままれて、潰されたい。まるで獣の仔のように無心に吸われしゃぶられ、出ないミルクに焦れて牙を立てられたい。
胸だけでなく、首も腹も、全身くまなく――
「ぁ……っ、あ………っっ」
これ以上の快楽に晒されれば意識が飛ぶと、カイトが仄かに危ぶんだところでようやく、くちびるは離れた。
解放されても、カイトは呆然と震えるしかない。
下手に口を開けば、強請る。
きっとひどく淫猥な顔でこのカイトを愉しんでいるに違いないおばか亭主どもを、もっと大喜びさせるような、はしたなくあられもない言葉で、さらなる愛撫を。
ぷるぷる震えるばかりで、迂闊に言葉も発せないカイトの両方の耳朶に、がくぽとがくのくちびるが触れた。
「ひぁあっ」
びくりと大きく跳ねたカイトに、ふたりは同時に笑い声を吹き込む。
「「どちらがどちらだ?」」
「っぁ、あっ?!」
びくびくと跳ねながら、カイトは懸命に言葉を反芻した。
そうでなくとも弱い耳朶をくすぐられて、正直、言葉を理解するどころではない。が、今なにかひどく、聞き逃し難いことを言われたような気がするのだ。
それはいわば、今回の要だと言えることだ。他は聞き流しても、これだけはという、肝心の部分。
概ね直感的なもので、カイトは懸命に言葉を追った。
そんなカイトの耳朶に、再び笑い声が吹き込まれる。
「どちらだ、悦楽に弱き嫁よ?」
「そなたの可憐にして、淫らがましいくちびるを啜った相手だ」
「兄と弟と、どちらが先で、後だった?」
「ぁ……っあ………っ?」
かみ砕いて問い直され、カイトはふるりと頭を振った。
まさかと思う。まさかと。まさかそんな――
すでに口周りは汚れて意味もないが、カイトは溢れそうになる唾液をこくりと飲みこんだ。愛撫の名残りに震えて強張る舌を懸命に繰り、快楽の余韻に閊える咽喉を押して、がくぽとがくの問いに答える。
「さ、先に、したのが、がく――後が、がくぽ……っ」
答えに、がくぽとがくはカイトから離れた。ぱんと響く、あまりに耳慣れた音。そして――
「「カイト正解」」
――ある意味において、がくぽとがくの宣告はカイトからしても、『正解』だった。
ふたりの『今日のお遊び』に理解が及んだカイトは、快楽に腰が抜けてぷるぷると震えたまま、呻く。
「っの、おばかどもぉお………っっ!!」