改まったようすのカイトがいいだすことは、大概、突拍子もない。

そういった意味で、がくぽは驚かなかった。あくまでも『カイトのいいだしたことが突拍子もない』という点についてのみ、だが。

「あー……………ふんどしの、………はき、方?」

Three Ships Come Sailing By...前編

いったいなぜ、当世、いきなり『ふんどし』という単語が出てくるのか。

いったいなぜ、その、当世にあっては日常会話にのぼり難いそれの装着方法を、がくぽに訊くのか。

――すくなくともがくぽが抱いた疑問のうち、後半のひとつについては、いいだしたカイトがすぐ、答えを継いでくれた。

つまりだ。

「んと、がくぽの、服って、キモノでしょ?」

首を傾げかしげ、考えかんがえ告げたカイトに、がくぽはつい、自分の服装を見直した。

洋服だ。シャツにジーンズ。

こうして自室、自宅でカイトの相手をしていることからもわかるように、世間ともあれ、がくぽにとっては休日である今日の服装は、ラフもいいところだ。

もうひとついうなら、休日であっても出かけることなく家にいる以上、家庭内のあれこれの用事にこき使われることは絶対前提だ。

ので、『動きやすく、かつ、汚れてもいい』が服装の必須条件ともなるため、もはやラフを極めているといっても過言ではない。

とはいえ、カイトだ。説明しているのは、KAITOなのだ。

一瞬は自分の服装を確かめたものの、さしたる間も置かず、がくぽは頷いた。

「そうだな。俺のデフォルト装束は『着物』だな」

――実際、これについてもあれこれ、こまかな差異があるのだが、だからカイトだ。がくぽが相手としているのは、KAITOなのだ。

柑橘類はすべて『みかん』、3からうえは『いっぱい』――小分類は投げ、中分類も置いて、大分類からすらなにかずれて、怖じけることがない。

KAITOとの会話において肝要なのは、割りきりだ。

そうやって詳細は割りきりつつも、がくぽは疑問のうち後半ひとつ、『なぜ自分に訊くのか』については、きちんと答えを掬った。

つまり、当世、あまり耳馴染みのなくなった『ふんどし』とはなにで、どういった場合に、どう、身に着けるものであるかということだ。

これは通常、『着物』とセットの下着だからだ。すくなくとも、着物が日常着であった時代においては。

そう、しかし、着物が日常であった時代の話であるので、いくら自分の装束を大分類で表そうともだ。

「だが、カイト。確かに俺の装束はキモノ由来だが、下着はさすがに違うぞ。まあ、ひと通りの知識として、締め方は知っているから、教えることは可能だが…」

「わ、がくぽ…!」

――やっぱり知ってるんだ、と。

望みの答えが得られたと、一瞬、輝いたカイトの表情だが、すぐ、曇った。眉をひそめ、首をことりと、落とすように傾げる。

「………シメ?」

ぽそり、こぼす。

『ぽそり』ではあったが、がくぽはきちんと拾った。否、ただ拾うだけでなく、カイトの疑問の意味も察した。

『はき方』を教えてもらいに来たというのに、がくぽが知っているのは『締め方』だという――

「まあ、まず、それだな。ふんどしというのは『穿く』ものではない、カイト。締めるというのが正しく」

「着つけお願いします、がくぽ」

カイトはがくぽの説明をみなまで聞かなかった。

教えを乞いに来ながらみなまで聞かず、畳にべだっと手をつけると、追って、額も擦りつけた。

正座はしていないが、土下座だ。有り体に、見たままいって。

「……………カイト」

だから、改まったようすのカイトがいいだすことというのは、大概、いつでも、突拍子がないのだ。そのことだけは、がくぽも理解している。理解できるのは、そこまでだ。すべて理解できるなら、突拍子もないことなど、なにもなくなる。

ゆえに、カイトがいいだしたことが突拍子もないという一事においては、がくぽの感情が波立つことはなかった。

ただし、その、突拍子もない話のなかみについては、そうはいかない。

思わず目を覆い、天を仰ぐしぐさをしたがくぽに、カイトは上げた顔、頬をぷくっとふくらませた。

「だって……『シメ』るんでしょおれ、教えてもらっても教えてもらっても、ネクタイ、しめらんないのに…しかも、ネクタイだったらまだ、生活に必要なこともあるから、れんしゅーするの、いいけど。ふんどしは、今回の新曲でしか使わないも。たぶんだけど。でも、だから、れんしゅーするだけ、ムダ」

カイトは説明のことばにこそ苦慮したが、決断には迷いがなかった。KAITOだ。なんであれ、割りきりがいい。

とはいえ、しかし、だ。

「カイト、すこし………トイレに、中座させてもらって、いいか」

「えぅん、どうぞ?」

天を仰いだままのがくぽに乞われ、カイトはきょとんとしながらも容れた。きょとんぱちくりしながら見守るカイトを置き、がくぽはわずかに腰を庇うような姿勢で部屋を出た。

「…?」

カイトはきょとんぱちくり、主が不在となった部屋を見回した。

本人の普段着同様、基本、洋室のつくりだ。板間で、ベッドもある。ただ、一角に畳が一枚だけあるのが、異質だろうか。

収納箱の上に天板代わりとして置いた畳は、ソファのような役目も担っている。もちろんスプリングはないが、がくぽは構わない。ごろ寝もすれば、本を読み耽ったりと、くつろぎスペースとして日常に活用している。

カイトが遊びに来れば、今日もそうだが、大概、ここに上げられるし、そういったとき、ふたりのあいだには茶器をふたつも載せればいっぱいとなるような御膳が置かれ――

とにもかくにも、なにが不思議といって、がくぽが今さら、この状況で腰を傷めるとは考えにくいという。

「もともと、いたかったのかな今日、お休みで、――たぶん、おうちのお手伝い、してただろうし…」

「カイト、悪いな。待たせた」

「えぅう…ん?」

カイトがそう、結論したころに、部屋の扉が開き、なぜか男前度が割り増しになったようながくぽが戻って来た。

どこがどうと、具体的に説明することは難しいのだが、顔つきといい、醸す雰囲気といい、全体の変化を総括するに、男前度が割り増したというのが、もっとも近いのではないかという。

再びきょとんとしたカイトに構うことはなく、がくぽはまた、隣に座った。隣といっても、からだはカイトへ向けているし、カイトもがくぽがいれば向き合うかたちに直るから、より正しくは正面なのだが。

とにもかくにももとの通りに座り、がくぽはなにごともなかったかのように、話を続けた。

「カイト、俺も頼まれたのがネクタイ、――否、着物の着つけであるなら、なにごとも考えず、請ける。しかしな、……………ふんどし、だろう。おまえ、ふんどしがなにか、ほんとうに理解しているか?」

なにごともなかったかのように続けた話だが、結にまでくると、微妙に懊悩といおうか、苦悩といおうかが滲んでいた。

が、がくぽがなにを懊悩し、苦悩しているにせよ、問われたことだ。あるいは、問い方だ。

カイトはぷくぅと頬をふくらませた。

「えー、シツレイ。がくぽ、シツレイです。さすがにおれだって、ふんどしがナニかくらい」

「で、それを、俺に、着つけさせるのか?」

「………」

答えをみなまで聞かず、がくぽはたたみかけるようにカイトへ問いを重ねた。

さすがにそうまでされると、カイトもただ、拗ねているわけにもいかない。ふくらんでいた頬からはぷしゅうと怒気が抜けて、むしろ、微妙におどついて、意味もなく、部屋のなかを見回した。

「え、ぇと…?」

部屋のなかを見回し、だからといって目が開くこともないまま視線を戻したカイトだが、がくぽと目が合うことはなかった。今度はがくぽが、カイトから目を逸らしたからだ。どこを見ているといえば、おそらくナナメ下のどこかという視線まま、がくぽは吐きだした。

「ふんどしというのはな――下着だろう、カイト下着、パンツだ。ブルマーやスコートといった、カバー下着ではなく………もっとも基本に身に着けるものだなとなれば、ふんどしを着つけてくれというのは」

「はゎっ、わぅっ、ぁわうゎあっ!」

そこまで懇切丁寧にかみ砕いて説かれ、カイトはようやく気がついた顔となった。まさにバクハツする音が聞こえそうな勢いで頬から耳からうなじまで一瞬で染め上げ、意味もなく、あぶおぶと腕をくねらせる。

わずかに腰も浮かせて慌てるカイトに、がくぽはそっと、からだから力を抜いた。

よかった、比較的はやく、話が通じた――

という。

早計なのだ。なぜなら相手はKAITOなのだから。

あぶおぶと振り回していた腕が落ちて、膝頭をきゅうっと掴む。カイトは茹でたタコのようすまま、おずおずとがくぽを窺った。

「あの、その、……っがくぽ、だから…だいじょぶ。だと、思うんだけど」

「あ?」

膝から腿からもじもじさせるカイトに、がくぽは突然、いやな予感を得た。これが天啓というものかと、つい、考える。もちろん、逃避だ。そしてどうせ逃避するなら、そういった方向へしている場合ではなかった。

「『ちっちゃい』とか…『かわいいな』とか――いわないでね?!さすがにがくぽで、さすがにおれだって、そんなこといわれたら、キズつくからっ!」

「あぁあ~~~………っ」

なにが『ちっちゃく』て、なにが『かわいい』のかという話だ。前提条件がどうなって、なにをがくぽは評しているのかという、否、まだ評していない。評さないでくれとカイトにお願いされているわけで、つまりだ。

全力でもじもじしながらちらちらと上目を投げてくるゆでだこ、もとい、カイトに、がくぽは完全に天を仰いだ。それでもまだ足らず、両手でもって目を覆う。

着つけるの、確定である。ふんどしを。この表現をして倒置法という。逃避法といったほうがいいのではないかと、考えたがくぽの思考はやはりこの期に及んでまだ、逃避に足掻いている。

呻き、天を仰ぎ、一拍。

「………気にしているのか、カイト。つまり、その、サイズというか、ナニの」