Three Ships Come Sailing By...中編

「ってませんっ!」

KAITOという機種を考えると、これに関して、カイトの反応はとても早かった。言外に白状したもおなじだ。

そうやって迂遠に白状したカイトは、やはり迂遠なまま、おろおろそわそわと、部屋のいたるところへ視線を投げ回した。

「気に、気にとか、してないっ。ないません、けど?!でも、ぇと、ひ、ひとの、とか………よく、わかんないし。自分のなんか、もっと、よく、わかんない…し………」

いいながら、カイトはだんだん、しゅーーーんとして肩を落とし、首もがっくり、折れた。

塞いだ両目で天を仰ぐがくぽには、もちろんそんなようすは見えていないわけだが、声や口調の変化はわかる。だからといって姿勢を戻せない、迂闊にカイトを目にすることもできないのだが。

「あー………大丈夫だ、カイト。あまり気になるようなら、まあ、なんというか、大きくする方法が、ないわけでは、ない。から、な………なんだ、一時的な、一時凌ぎのものだが、もしもカイトが望むなら」

「へぅううっ?!」

見えなくとも、がくぽにはわかった。釣れたと。これはもう、完全にカイトが釣れた。

釣っている場合ではない。

こんなネタで釣ってなにをどうするつもりなのか、自分は。

カイトのナニを――

「カイト、すまん、もう一度、トイレに中座する!」

「ぇあ?!あ、がく……」

カイトを見ないまま叫び、がくぽは転ぶように部屋を飛びだした。転ぶようにだ。けっこうな勢いでということだ。

きょとんぽかんと見送ったカイトは、トイレの扉がけたたましく閉められる音が響いてきたあたりでようやく、首を傾げた。

先ほどは、腰を傷めたのかと思った。が、今のようすと併せて考えるに、あの姿勢はもしかして、

「がくぽ、おなか、コワしてる………?」

「斬新な発想ですね、カイトくん兄はロイドですよ!」

「へゎっ?!」

ひとりごとへ返され、カイトは驚きに腰を跳ねさせた。比喩ではない。半ば立ち上がるように腰が浮き、そして戻るときにはつい、足を巻きこんで正座に直した。やましいことがあると、言外に白状したもおなじだ。

そんな、求められるまえからあれこれ白状しているカイトに構うことなく、ずかずかと部屋へ入ってきたのはがくぽのいもうと、グミだった。

「ええ、ロイドなんですけどね、まあ、機能があるって、そういうことです、うんうん!」

「ぁ、あ、グミちゃ………おじゃま、してます」

ひとり納得しながらカイトのまえまで来たグミは、勝手知ったる兄の部屋、ソファ扱いの畳のうえからクッションを取ると、まず、床に落とした。次に、自分がそのクッションのうえに、ぺしょんと落ちる。

正座だ。

が、こちらはカイトと違って、やましいことがあるがための姿勢ではなかった。正面から相対して、大事な話があるという。そう、大事な話が――

「話はすべてまるっと聞きました、カイトくん!」

「『まるっ』?!いつどこっ?!」

衝撃の宣告に、カイトは震えあがって叫んだ。

とはいえ、過ぎた衝撃にことばがずいぶんと端折られた。グミはことりと首を傾げ、わずかに慎重な口調となった。

「『いつから、どこまで』ですか『すべてまるっと』です。ことの初めからいままで、なにひとつとして聞き漏らしはない、という意味ですが」

悪びれない。まるで、悪びれるようすがなかった。

慎重な口調ではあるが、これは単に、カイトの端折られたことばを探っているだけのことだ。なにかをごまかそうとしているわけではない。

くり返すが、グミも正座だが、カイトと違い、やましいことが思い当たるからではなかった。この底抜けに明るい少女はただ、同時に、とてもまじめだからという――

こうなると、カイトに返せることなど、そう、ない。

「あ、はい…」

神妙に返したカイトの膝に、グミはタンバリンを乗せた。

「?」

「タンバリンです」

いや、だから、見ればわかる。カイトがいくらKAITOであるとはいえ、さすがにVOCALOIDだ。演奏できるかどうかはまた別として、楽器の知識ならひと通りある。

しかしてカイトはすでにグミの勢いに呑まれ、だだ流されモードに入っていた。

カイトに返せることは、だから、決まっていた。

「あ、はい…」

「マスターのものなんですが、カイトくんに貸してあげます。使い方はわかりますか?」

「あ、は…」

「兄がなにか、カイトくんの思いもよらないところにさわったり、あるいは、ちょっと違うんじゃないかなーってさわり方をしたときに、この、面の部分で(そういってグミは、枠に張られた白い膜をかるく叩き、周囲の鈴がしゃんと、ちいさく鳴った)あたまを叩くと、あまり痛くはないんですが、けっこう、おおきな音が出るので、相手がてきめんに怯みますから」

「ざんしんっ?!」

ただこくこくこくと肯うだけの、首振り人形と化しかけていたカイトだが、さすがに叫んだ。つづいてぶるぶるぶると、首を横に振る。

違う。

ぜったいに違う――いくらどうでも、カイトにもわかる。タンバリンの正しい使い方とは、決して、そうではない。

だが、グミもまた、首を振った。横にだ。こちらはひどく落ち着き払って、まるで動揺もなく。

「相手を傷つけたくはないけれど、自分の身も守らなければいけないときに有効な、いえ、最上の手段です。とにかくタンバリンは、叩いても痛くはない。ただ、勢いがあればあるほど、音がすごい。いえ、勢いがなくてもです。微妙な境界線上を優柔不断にふらついている自称『友人』なんかが、ついうっかり、境界線を踏み越えてしまったときなど、邪気を祓って正気に戻すには、十分、十二分な働きをします!」

「へ、へぅう……っ」

カイトはかたぷるかたぷる震えながら、首をちいさく横に振った。振り続けた。

いっていることが、さっぱりわからない。

グミの話すことばは、カイトが日常に使う言語とまったく同じはずなのだが、わからない。

いっていることが、なにひとつとして。

「グミ………おまえ、兄のことをなんだと思っている」

そこへ現れた救いの天使、もとい、割りこんだのはがくぽだ。本日二度目の中座、トイレから戻って来た。

扉口から苦り切った声をかけた兄を、グミはやはり、まるで悪びれるようすもなく振り返った。

「おや、兄。おはやいお戻りでずいぶん、はかどったようではないですか。カイトくんで」

「くっ…っ」

倒置法で返したいもうとに、がくぽはきゅっと、くちびるを引き結んだ。反射で引いた足をそれでなんとか止め、戻して、自室へ踏み入る。

「兄の不在を埋めてもらったようで、悪かったな。もう戻ったゆえ」

「なに、グミの用事もちょうど済んだところです。求められずとも、退座しましょう。兄が泥を被る必要はないのですよ」

がくぽに皆までいわせることなく、グミははきはきと返しながら立ち上がる。

がくぽは先にも増して、くっと歯を食いしばった。

我がいもうとながら――

この、オトコマエが…っ!」

軋る歯の隙からうなだれてこぼした兄、敗北感にまみれて立つ瀬もない男と、グミはしゃっきり伸びた背筋で相対した。

「兄もね。兄はグミの誇りですよ」

うわべだけではない、こころからのことばを衒いもなく贈って、オトコマエながくぽのいもうとはしかし、こきりと首を折った。

「ただ、すこし晩生かなと、危ぶむだけです。それでも、相手が相手であれば、こうも危ぶまないわけですが…」

境界線上を優柔不断にふらつく相手へ、無邪気にも、ふんどしの着つけなどというものを依頼するのが、兄の片恋の相手だ。

『ちいさいとかかわいいとか、いわないでねっ!』などと、シラフで頼むのが。

「………………………………」

『ことの初めから、なにひとつとして聞き漏らしはない』会話をロイドらしい精確さで思い返して指折り数え、グミは一瞬、踵を返しかけた。どう考えても、タンバリンは不要だ。

とはいえしかしだ。逆にも考えられる。

だから、グミの兄は晩生なのだ。かついうと、絶壁感のある繊細気質でもある――『絶壁』だ。『感』だ。強調しておくが、絶望的なのではない。

そういう、絶壁感な繊細気質であればこそ晩生なのだという話もあるが、とにかくだ。

逆の逆の逆々で、やはり護身用としてタンバリンは必須だ。だれのための護身用であるかは置くとして、いや、そうだ。真実守るべき相手と、護身具を使用するものとをよく考え、見定めなければ――

最新型ロイドとしての性能を惜しげもなく発揮し、亜光速で思考を空回したグミは、改めて兄と対すると、こくりと頷いた。

「そういうわけでタンバリンです、兄。しかしあとで兄用として、カスタネットも持って来ましょう!」

「待てグミ。兄たちになにをさせる気だ。最終的にそなたはマラカスで参戦するとかいいだしそうだぞ」

わずかに慌てた兄の返しに、グミはおおきな瞳をさらにおおきく見張り、そしておおきくうなずいた。

「たしかマスターは、マラカスは持っていませんでしたね。当日までにねだっておきます!」

「なにをさせる気…否、なにをする気だ、グミ………!」

タンバリンにカスタネットに、マラカスだ。おそらくリズム系のなにかをする気だろうと推測される。カイトもがくぽもグミもVOCALOID、うたうたうものであるのだし。

もちろんがくぽのいいたいことも訊きたいことも、そういうことではない。

しかして喫緊の目標を定めたいもうとの耳に、呻くにも似たかそけき声など届くものではなかった。そもそも、すでに背中が遠い。ますますもって、張り上げない声など届かない――