ろんばるでぃあ・るんばるでぃあ

保育士が押入れから布団を取り出し、ずらりと並んだ子供たちにそれぞれ渡していく。

年少さんなら、保育士が畳んだまま床に並べてやって、延べるのだけを子供たちがやる。

しかし体格もそれなりの年長さんとなってくると、保育士は押入れから出すしまうだけをやる。

子供用布団なので、大人である保育士にとっては軽い荷物だ。時間も限られているので、さくさくとテンポよく取り出し、並んだ子供たちにぽんぽんと渡す。

布団を渡される子供、使っている当の本人たちには、大きく重い、なかなかの荷物だ。『できる』ことが楽しい年齢なので、よたよたしながらも、文句も言わずに運ぶが――

「はい、これミクちゃんの次、これは……ああ、カイトくんの!」

「んきゅっ!!」

「あらら、カイトくん!」

――なかには、こういう子供もいる。

先に呼ばれた女の子のミクは、よたつきながらもきちんと布団を受け取った。だが次に呼ばれたカイトは、受け取りきれずにべしゃんと潰れてしまった。

おっとりほわんとした性格のカイトだ。要領があまりよくなく、忙しい動きについていけないことが多い。

布団を出す手を一度止めた保育士だが、彼女が助け起こすまでもなかった。

先に布団を延べ終わっていたがくぽが、すでに駆け寄っていたのだ。

「せんせ、いいよ。おふとん出してて。ぼくがカイトくん、てつだうから」

保育士に言うと、がくぽはカイトを潰している布団を床にずらす。

同じ子供であるがくぽにとっても、布団は軽い荷物ではない。手際よくとはいかないが、少なくともカイトがひとりで抜け出すよりはずっと早く、助け出した。

「頼りになるナイトくんだなー、がくぽくんじゃあ、よろしくね!」

「うん」

笑って言った保育士に頷き、がくぽはカイトに向き直った。

「たてるぼくがこっち持つから、カイトくん、そっちがわ持って」

「ん、ん……ありがと、ぁくぽ」

「うん」

よたよたと立ち上がり、カイトはがくぽに言われるまま、畳まれた布団の片側を持った。がくぽが反対側を持ち、寝場所へと運ぶ。

「カイトくん、こっち。こっち……あ、グミたんそこ、しいちゃだめカイトくんのとこだから!」

「……と、ん、んっ」

二人がかりでも、カイトは布団を運ぶので精いっぱいだが、がくぽは違う。目端を利かせて、目的の場所へと淀みなく誘導した。

「はい、ここ。おろして。カイトくん、ぼくがしいておいてあげるから、毛布もらっておいで」

「んっ、ぁりがとっ」

お昼寝時間は限られている。

カイトは急かされるまま深く考えもせず、今度は毛布を貰いに押し入れ前へと走った。

さすがに毛布となると、カイトも勢いよく渡されても潰れたりはしない。

しかし垂れた裾を踏んでこけそうにはなりつつ、よてよてと延べられた布団に戻った。

戻ってから、ようやく『嵌められた』己に気がつき、微妙な顔になる。

「………また、ぁくぽのとなり……?」

「いやなの?」

「………ぅうん」

しらりと訊かれて、カイトは気弱に瞳を揺らす。

がくぽの布団の隣に敷かれた自分の布団にへちゃんと座ると、毛布をきゅっと抱き、おずおずとした上目になった。

「………ぁくぽ、ちゃんと、じぶんのおふとんで、ねて、ね………?」

「………」

ささやくようなカイトの言葉に、がくぽはさっと片眉を跳ね上げた。

しかしそのくちびるがなにか反論を紡ぐより先に、すべての布団を配り終えた保育士の声が響く。

「はい、みんなーおふとんころーん!」

「「「おふとんころーん!!」」」

眠る気皆無できゃっきゃとはしゃぎ回っていた子供たちだが、条件反射だ。保育士の言葉をいっせいに唱和すると、自分の布団に『ころん』と転がった。

カイトとがくぽも例外ではない。布団に転がると、毛布を被る。

保育士が狭い隙間を縫って、全員が自分の布団に転がったことを確かめる。時に毛布を直してやりつつ、窓に薄いカーテンを引き、わずかに部屋を暗くした。

「おやすみなさーい!」

「「「おやすみなさーい!!」」」

唱和する声は元気いっぱいで、とても眠りにつきそうにない。

しかしそれ以上にはしゃぎ回ることもなく、子供たちはころんこてんと眠りに入って行く。

「んぁ……」

おっとりのんびりさんのカイトも、例外ではない。『おふとんころーん』→『おやすみなさい』をしたら、眠くなるように条件反射が出来ている。

あくびを漏らして眠りの国に行きかけたが、ふいにその目がぱっちりと開いた。

「カイトくん、まだおやすみのちゅう、ぼくにしてない」

「……んと」

「おやすみのちゅう、して」

「………」

それとなく部屋を見回っている保育士にはばれないようひっそりと、しかし叶うまでは決して退かない強固な意志を宿して、がくぽはカイトに迫る。

ぎゅっと手を握って強請られ、カイトはきょときょとと瞳を瞬かせた。

自分の布団で寝てねとお願いしたが、『ちゅう』を強請るがくぽはすでに、カイトの布団の上だ。もちろん、カイトのお願いにがくぽは応と答えたわけではないが――

「カイトくん」

「ん、と………」

一瞬、目をぱっちり開いたものの、基本的にカイトは眠い。すぐにも眠りたい。

しばし躊躇ったものの長くはなく、強制的に枕を半分こ状態のがくぽにくちびるを寄せた。

退かないおねだりを吐きこぼすくちびるに、ちゅっとくちびるをぶつける。

「……ぉやすみ、ぁくぽ」

窺う上目で言ったカイトに、がくぽは眠気のねの字もない、さっぱりしたご満悦顔で笑った。

「ん。おやすみ、カイトくん」

――そして次の瞬間には、カイトの布団から退くこともないまま、夢の国へと旅立っている。確かにがくぽは、カイトのお願いに応と答えてはいない。答えてはいないがそれにしても。

「………」

ぴったりくっつく体に、ぎゅっと握られたままの手。

カイトはわずかに考えてから、さらにがくぽにすり寄った。自分からもがくぽの手を握ると、目を閉じる。

「……今日も二人は、なかよしさんねー。これ、寝てるはずなのに、離れてくれないのよねえ……」

見回りの保育士は呆れたようにつぶやきながら、ぴったり寄り添って眠る二人の体を毛布でくるみこんでやった。