メッサリーナの帰郷-04-

「なにか、ずいぶんと騒いでいましたが……がくぽ?」

海斗とともにリビングに顔を出したミトトシは、中の様子にぴくりと眉を上げた。

至極真面目な表情で、こっくりと頷く。

「両手に花ですね、がくぽ!」

「ぁっはは!」

「マスター………」

明るく笑った海斗に倣って、共に笑い飛ばしてやりたかったがくぽだ。しかし彼には、わかっていた。

ジョークのようでいて、一切偽りのない本音だ。

ミトトシは心から、がくぽの状態を両手に花だと思っている。

がくぽのマスター:ミトトシは、ロイド保護局で働くロイド保護官だ。保護局にはさまざまな経歴の、さまざまな事情を持った人間が職員として集まるが、必ず共通点があった。

ロイドばかなのだ。

法の整備も遅れ、権利も卑弱なロイドを保護するため、日夜駆けずり回る仕事だ。ばかだと言われるくらいに好きでないと、やっていられない。

そして事務や裏方ではなく、実際の現場で立ち回る『ロイド保護官』の名を冠するものは特に、キングオブロイドばか――

褒めているのか貶しているのか、しかし正確な実態ではある。

そのロイドばかのミトトシにとって、今のがくぽの状況はまさに、『両手に花』だった。

リビングの床に座り込んだがくぽの膝には、海斗のロイド二人――まったく同機種のKAITO、カイとイトが頭を乗せて、すやすやぐっすりとおねんねしていた。

仮にも成人男性であるカイとイト、二人の頭を乗せるとなると、彼らよりは大柄ながくぽとはいえ、膝は狭い。

その狭いスペースにちょんまりと頭を乗せた二人は、落ちないようにか、きゅむっと袴を掴んでいる。

かわいいことはかわいいが――

「これを、両手に花と言うか………仮にも男の膝枕で、寝ているのも男だぞ」

「男ではありません。KAITOです。そして、がくぽです」

「ぁあぁああー……………」

きっぱりと言い切るミトトシに、がくぽは絶望と諦念の呻きを上げた。

理知的かつ理論的、理屈屋の、まさに『インテリ眼鏡』であるミトトシだったが、ことロイドのこととなると、さっぱりお話にならなかった。

常識が吹っ飛ぶ。

肝心のロイドである、がくぽとすら会話が噛み合わなくなるからもう、本末転倒とも言う。

「………ん。泣いた?」

がくぽが己のマスターに頭を抱えている間に、海斗が来て膝を抱え、目の前にちょこんと座っていた。

今日、初めて会ったばかりの相手の膝に無邪気に懐いて眠る己のロイドを見つめ、小動物のように首を傾げる。

「………がくぽ?」

「いや、マスター」

同じく近寄ったミトトシも、カイとイトの瞼が腫れているのを目にして、表情を引き締めた。

慌てたがくぽに、眠る二人の頬をぷにぷにと指先でつついていた海斗は顔を上げ、笑った。

「違うよ」

顔は見ないままにミトトシへ言い切り、わずかに動揺を浮かべるがくぽへと手を伸ばす。

海斗は躊躇うこともなく、小さな子供相手でもあるかのように、がくぽの頭を撫でた。

「泣かせてくれたんだよね。――ありがと、がっくん」

「………」

がくぽは瞳を瞬かせ、微笑んで頭を撫でる海斗を見た。

初めは、よくもこんな『陽気な』(註:比喩表現)人間がいるものだと思ったが――

今、その声は眠る二人に配慮して潜められ、それでいながらひどくやさしい気配はきちんと伝わる。

同じノリ、同じトーン、同じテンション――

三つ子かコピーかさもなければ分身かと思った三人だが、それぞれの立場に相応しい態度と心映えを、しっかりと持っている。

「………礼を言われることはない」

撫でられる獣のごとく、気持ちよさそうに瞳を細めたがくぽに、海斗はほわほわと笑う。

「………なんで私に撫でられるのは抵抗して、初対面のそれならいいんです?」

なでなでする海斗と、なでなでされるに任せるがくぽを複雑な表情で見比べ、ミトトシは珍しくもいじけたように吐き出した。

しかしがくぽがなにか答えるより先に、大変オトナなマスターは、ため息ひとつで気持ちを切り替えた。

「とりあえず、床に寝転がしておくわけにもいきません。おまえの部屋に客用布団を敷いておきますから、運んで来られますね?」

「俺の部屋か?」

「ええ」

わずかに瞳を見開いたがくぽに、ミトトシは仏頂面で頷いた。

「まだ、これとの話がついていません。――客間に二人で寝かせておいて、なにかの拍子に目が覚めたとき、まったく見も知らない場所では、不安になるでしょうなにがあったか知りませんが、おまえには懐いたようですからね。傍にいるとわかれば、少しは違うでしょう」

「ああ……」

話がついていないと言われて、がくぽは目の前にちょこなんと座る海斗を見た。

撫でる手を引っ込めた海斗は、自分のロイドたちの寝顔を綻びながら見つめて、ひたすらにしあわせそうだ――

「まあ、ツッコまぬでいてやるのも、武士の情けというものだが」

「それを言葉に出さなければ、まさに完璧なサムライ魂でしたよ、青いナスめ」

「ナスはそもそも、青いものだろう」

マスターの詰りを軽くいなし、がくぽは膝に懐く二人の頭を撫でた。

「まあ良い。今宵は俺が引き受けよう。存分にやれ」

「――では、私は布団を敷いてきます。ああ、わかっているとは思いますが、がくぽ。運ぶなら、一人ずつですよ。二人いっぺんになんて考えは、おまえの体も壊しますが、その二人の怪我にも繋がりますから」

「ああ、わかっている」

きびきびと言ってリビングから出ていったミトトシの背を見送り、がくぽは肩を竦めた。

がくぽがやりそうなことを完璧に見越していて、そのうえでどうしたら止められるかも、熟知している。

それが、がくぽのマスター:ミトトシという男。

「………ツッコまぬとマスターに約したゆえ、詳しくは訊かぬが」

「んでも俺とは約束してないし、いっぱい訊いてもいーよ?」

「いや、なにか途轍もなく訊きたくない」

鷹揚な海斗の言葉を容赦なく叩き切って、がくぽはほわほわのん気に笑う顔を、わずかな困惑を含めて見た。

「………結局のところなにゆえ貴殿は、危急の避難先にマスターを選んだ?」

「ん?」

がくぽの問いに、『話し合い』中に首筋に妙な『虫刺され』を増やした海斗は、この上なく無邪気に笑った。

「ロイド二人に俺なんて大所帯、すぐ引き受けてくれるよーなお人好し、アレ以外に知らないもん!」