「では、行って来ます。留守をよろしく、がくぽ。それから、カイとイトも。いい子にしていてくださいね」

「がっくんの言うこと、よく聞いてねーおっとなーしく、『かりねこ』だよー?」

軽く会釈したミトトシの背後から、腰を折って顔を出した海斗が、非常に今さらな注意を落とす。

メッサリーナの帰郷-08-

玄関口に並んで立つマスターたちに、相変わらずがくぽの着物をちょんまりつまんで両脇を占めるカイとイトは、不安そうに首を傾げた。

「マスターもおでかけ?」

「いっしょなのおれたちは?」

「あー、えっとねー」

「朝食のときにも、説明しましたが………」

よくも悪くも、海斗の説明能力を見限っているミトトシだ。のんびり口を開いた海斗がなにか言うより先に、カイとイトへやわらかな微笑みを向けた。

「火事で焼け出された場合、いろいろと法的な手続きが必要になります。それに、規模によってはもしかしたら、数日でアパートに帰れるようになるかもしれませんし……」

「帰れるの?!」

「帰れんの、アレ?」

素直に身を乗り出したカイに対し、イトはひどく懐疑的にがくぽを見上げた。

――問われても、がくぽは現場を見ていない。答えようがない。

ちなみにここら辺の会話は、朝食の席でもやった。今日の予定ということで。

思うにおそらく、カイト三人衆は腹を満たすことに夢中で、さっぱり聞いていなかったのだろう。非常に胸の空く食べっぷりだった。話を聞いてもらえずとも、作ったミトトシは本望だろうというほどに。

「それをこれから、確認しに行きます。法的な手続きが必要なら、済ませてきますし……」

「お仕事、お休みするの?」

ミトトシの言葉を遮り、気弱な声を上げたのはカイだ。がくぽとミトトシを見比べ、瞳を揺らす。

「お休みするなら……」

「ああ。出勤扱いにしてくれるということでした。外勤ということで」

「そうなのか?」

それはがくぽも初耳だ。確か朝食の席では、欠勤になるという話だった。

思わず声を上げたがくぽに、ミトトシは肩を竦めた。

「さっき本部に、欠勤の連絡を入れたら、出勤扱いでいいと。――おそらく、単なる知人ひとりのことだったら欠勤でしたでしょうが……。その知人がロイドを二体も持っている→ということは、ロイドの危機。問題→立派に仕事。…………だそうです」

「ほんっっっっっとに、どこまでもロイドばかな職場だな、マスター」

「でなければ続きません」

しらっと言ってから、ミトトシは多少困ったように肩を落とした。

「しかしおまえにすら誤解があるようですが、ロイド保護局はそもそも、悪漢逮捕が主眼の仕事ではありませんよ。こういう、『マスター』とロイドが末永く、安定した生活を送るための補佐が、本来の仕事ですからね?」

説いてから、ミトトシは不安そうなカイに微笑みかけた。

「大丈夫ですよ。なにも心配するなというほうが無理でしょうが、私が関わる以上、必ずよい方向に持って行きます。信じて、いい子にしていてくださいね?」

「………」

カイはがくぽを見上げた。イトも同じく、がくぽを見上げる。

がくぽは肩を竦め、頷いてやった。

ようやくカイとイトの体から力が抜けて、玄関に立つマスターたちに笑顔を向ける。

「気をつけてね、マスター」

「いってらっしゃい!」

「んっいーこにねかりねこかりねこ!」

「かりねこ!」

「かぶりねこ!!」

「「「がぶりねこーーーーーっっ!!!」」」

――どうも三人で会話をさせると止めようもなく、女子高生ノリらしい。いや、昨今、女子高生ももう少し慎ましいというか、大人というか。

この無邪気さを保持しているのはむしろ、ようちえんじ――

成人男性三人組のはずなのだが、名前の問題か。

などと無為極まりない問題をがくぽが真剣に悩むうちに、ミトトシが海斗の首根っこを掴んで外へ出て行った。

残されたがくぽは、気合いを入れるためにわずかに肩を回す。

着物をちょんまりつまんだまま、飼い主のいなくなった仔猫のごとき様相で玄関扉を見つめるカイとイトの頭を、わしわしと撫でた。

「ん……っ」

「わっ……っ」

「さて、二人とも。まずは風呂に入って………それから、台所探検だろう昼飯から作ってもらうのだからな。ぼやぼやしている暇はないぞ」

当座の目的を与えてやると、カイとイトの瞳はぱっと輝いた。

がくぽの着物を掴む手にますます力を込め、頭をすりつけて笑う。

「お風呂、がくぽもいっしょに入る?」

カイに無邪気に訊かれ、がくぽは苦笑いした。

「成人した男三人で入れるような、大浴場ではないぞ、うちの風呂は」

「そんなことないよー。おれ、さっき見てきたけど、うちよりぜんっぜんっ広かったっ!」

がくぽの言葉に、イトが即座に反論する。ひょいと腰を折ると、大柄な体を挟んで反対側にいる相棒へ顔を寄せた。

「お風呂、湯船な二人がぎゅうぎゅうじゃなく、入れるおっきさだったよ!」

「悠々?」

「ゆーゆー!」

「「ゆーゆー!!!」」

――どうやら二人であっても、通常営業ならば海斗がいるのと変わらないノリ具合らしい。

いや、ある意味KAITOシリーズらしいというか。

さらに苦笑しつつ、がくぽは二人の背中に手を回して促し、バスルームへと歩き出した。

「とにかく、そう気を遣う必要もない。順番はじゃんけんででも決めればいいが、一人ひとり、ゆっくり入って――」

言い差したがくぽに、イトがきょろんと瞳を瞬かせた。

「えーんでもおれたち、三人でしか入ったことない」

「うん。ぎゅうぎゅうきつきつだけど、いっつも、僕といっちゃんと、マスターと三人」

「あー………」

家庭には、家庭の事情がある。家計や、主に家計や家計――

がくぽは背中を押していた手を上げ、二人の後頭部をわしわしと撫でた。

「気を遣わなくていい。そういうことなら尚更、たまにはゆっくりとひとりで――」

「ね、がくぽっ。いっしょに入るなら、僕、体洗ってあげる」

「っ?!」

うるんと潤んだ熱っぽい瞳で言うカイに、がくぽはぎくりと固まった。

気のせいか、ほんのりと目元も赤いような。

ごくっと唾液を飲み込むがくぽに、反対側の着物がきゅいきゅいと引っ張られた。

「おれたち、あらいっこじょーずだよいっつもみんなでやってたから!」

「ねっ」

「…………っっ」

落ち着けと、がくぽは自分に言い聞かせた。

言い聞かせながら、動揺している自分にさらに動揺する。

無邪気三人組だ。

言葉の幼さも示している――ごく普通の、『あらいっこ』だ。一瞬浮かんだような、やましいあれこれではない。

はずだ。

必死で自分に言い聞かせつつ、動けなくなるがくぽに、カイとイトは体をすり寄せる。

「ね、がくぽ………」

「きれーにしてやるから………」

「ぶけしょはっとっ!!!」

「んゃっ?!」

「なにっ?!」

唐突に叫んだがくぽに、カイとイトはびくりとして体を離した。

叫んで邪念を押し鎮めたがくぽといえば、この一瞬で疲労困憊に追いやられつつ、懇願を含んで両脇のカイとイトを見た。

「風呂はゆっくり、一人ひとりで入ろう。いやむしろ、入れ。頼むから」

「がくぽ…………?」

土下座でもしそうな風情に、カイは首を傾げてイトを見る。

がくぽを見つめていたイトのほうは、わずかに眉をひそめてつぶやいた。

「神威がくぽって、………打たれよわそーだな……」