はらぺこルクルス晩餐会-前編-
びくんとカイの背中が跳ね、力を失った体が布団に頽れる。
下には、イトがいる。
「んきゅっ!」
驚声を上げたイトから体をずらしつつ、カイは眉尻を下げ、申し訳なさそうに笑った。
「ん、ぁは………っ、ぁ。ごめ、いっちゃ………ぉもい、っょね」
常に揺らぐカイの瞳だが、今は潤んで、さらに揺らいでいる。
咄嗟に悲鳴を上げたイトだが、そんなカイに手を伸ばすと頬を挟んで招き寄せ、ちゅぷっとくちびるに咬みついた。
「へーきっ。カイくらい、おれ、ちっとも重くないしっ!ちょっと驚いただけ、だからっ、んゃっ!」
「ぁっ、ぁんっ!」
慰める途中で、イトのくちびるから嬌声がこぼれる。同時にカイも甘く啼いて、未だ押し潰し中のイトにきゅうっと抱きついた。イトもまた、カイを守ろうとするように抱き返す。
布団に転がった二人は仲良く抱き合ったうえで、これまた仲良く視線を移動させた。
天井照明が消され、枕元の小さな灯りのみとなった仄暗い部屋の中は、角度によってはひどく視界が悪い。
抱き合ったせいだけでなく重なり、ぴったりと密着するカイとイトの下半身――足の間にうずくまる相手は、光と影の加減で常より巨大な、なにか得体の知れない怪物にも見えた。
相手はもちろん、わかっている。がくぽだ。
――わかっているが同時に、得体の知れない怪物という表現もまた、正確なところだった。
昼間、無邪気に懐くカイとイトを構ってくれるがくぽと、今のように夜、寝間で懐いた二人を『構う』がくぽとは、まったく別物に見える。
人格が乖離しているというのではない。夜になると別人と入れ替わるわけでもなく、確かに二人が大好きな『がくぽ』だ。
二人のことが大好きな、がくぽだ。
けれどどうしてか、別の――得体の知れない怪物じみた、背筋がざわつく気迫を纏って見えることがある。
ましてやこうして、うずくまって顔が見えず、声も上げないとなればなおのこと――
「ぁ、あ、いっちゃ……っ」
「カイ、んんっ、ゃぁうっ………っ」
カイとイトはさらにきつく、きゅうっと抱き合って、二人の足の間にうずくまる相手を見つめた。
寝るために着たパジャマをきれいに剥ぎ取られて、素裸にされたカイとイトだ。
下半身ももれなく、なにも着ていない。喩えて言うなら、生まれたままの姿だ。
寝るときにはパジャマを着ない派で、布団に入るために自発的に脱いだ――わけでは、ない。
カイとイトにはまったく不明な理由で、『煽られた』と因縁をつけた→堂々主張したがくぽが、脱がせたのだ。気軽にひとを煽るなとかなんとか、ぶつくさ言いつつ。
ひとを脱がせたがくぽといえば、自分は脱いでいない。寝間着である浴衣姿のままだ。帯を解いて、多少乱れはしたものの、未だに羽織っている。
寝る前だったので長い髪は解かれていたが、途中で邪魔になったらしく、適当な紐で大雑把に括った。
いつもとは違う髪型で、括り方も乱雑だ。
それでも素地の美麗さが損なわれないから、カイとイトはお手上げになる。いや、それどころか艶やかさに凄みが増すから、もはや抵抗の思いつきようもない。
うずうずどきどきしながら言われるまま、なにかしら煽ってしまったらしい肉食の獣が落ち着くよう、体を差し出すだけだ。
実際、カイとイトはがくぽによって、『食べられて』いる――
二人の嬌声に掻き消されがちだが、耳をすませば響くのは、ぴちゃぴちゃちゅぷちゅぷという、水音だ。ねこや犬が水を飲む音にも似ているが、光と影の加減で作られる巨体の錯覚もある。
肉食の獣が、捕らえた獲物の肉を食む音にも聞こえた。
「ぁ、や、め………っんんっ、ん……っ」
「ぁんんっ、んーーーーっ………っ」
じゅるりと啜る音が殊更に響いて、カイはびくびくと痙攣した。きゅうっとイトに抱きつくと、堪え切れずにくちびるを塞ぐ。
いつもは表面を掠めるだけの、可愛らしいキスしかしないカイとイトだ。
そもそもは知識がなかったからやっていなかった面もあるが、舌を絡め合うような『えっちなちゅう』は、昼間にはしない。がくぽとはする。
がくぽはくちびるに触れると、昼間だろうがどこだろうが反射のように舌を押しこんで来るので、選択の余地がないとも言う。
対して、カイとイトが『えっちなちゅう』をするのは、夜。
それもこうして裸に剥かれ、がくぽに体を快楽器と変えられたときだけだ。
「ん、ん、んちゅ………っちゅ、ぁ、んん………っ」
「んーーー………っは、ちゅ………、んーーーっ………」
夢中になって互いのくちびるを吸い合い、口の中を弄り、キスに興じていた二人だが、ふっと示し合わせたように止まった。
亜種でもなく0型1型の違いもない、まったく同型のKAITOシリーズであるカイとイトだが、双子機ではない。思考を共有することは出来ないはずだが、たまにそうとしか思えない言動を取る。
とろりと濡れて、唾液を引くくちびるを離したカイとイトは、同時に視線を動かした。
揃って見るのは、下半身――足の間に埋まっていた、がくぽだ。
「……………」
「……………」
「……………っっ」
体を起こし、複雑な表情で眺めていたがくぽと、転がったままのカイとイトが見合うこと、わずか。
「ぁはっ!」
「ふひゃっ!!」
カイとイトは同時に笑み崩れ、きゅうっと抱き合った。それも一瞬で、すぐさまぱっと離れると、体を起こす。嬲られていた下半身が疼き、多少動きがぶれたものの、勢いは止まらない。
きゃっきゃと笑いさざめきながら、カイとイトはがくぽに抱きついた。
「っと、おい、カイ、イトっ!」
ひとりなら揺らぎもせずに受け止めてみせるが、二人だ。しかも同時に。
甲斐性や根性といったものでどうにかなるレベルでもなく、情けなくぐらついたがくぽに、構ってくれるカイとイトではない。
「もーっ!ほんっとがくぽって、ヤキモチ妬きさんで、かーわいーいっ!」
「甘えんぼでさびしんぼの、困ったさんでさっ!おれたちぜんっぜん、おまえのこと、はぶんちょにしてなんかないってゆーのっ!」
「おい、待て、ちょ………っ」
がくぽの抗議など、さっぱり聞いて貰えない。
先まで漂っていた閨の空気を吹き飛ばし、明るく笑うカイとイトはちゅっちゅと、交互にがくぽのくちびるにくちびるを重ねた。制止の言葉を吐こうと開いた口の中にとろりと押し入り、惑う舌に舌を絡め、濡れる口周りを甲斐甲斐しく啜って舐めて、きれいにしてやる。
あやすことが目的なので、そうそう感覚を煽るようなキスにはならない。けれども確かに、『えっちなちゅう』に類されるものだ。
二人が常にする、表面を掠めるだけのおままごとのようなものではない。
「………口を漱いでいないと、言うに」
――ようやくひと段落ついたところで、がくぽは肩を落として慨嘆した。
がくぽは直前まで、カイとイトの性器を直接に口に含み、舐めしゃぶって愛撫し、嬲っていたのだ。
相手によっては、非常に嫌がる。中断されようが途絶しようが、それで萎えてもなんでも、口を漱いで来いと。
すでにわかってはいる。カイとイトは、気にしない。
無邪気な彼らは、直前に相手がどこをどうしていたか、深く気にすることもなく、思うまま、欲望のままにくちびるを交わす。
がくぽは、相手に因る――
「ね。ごきげん直った、がくぽ?」
「拗ねるなよ、神威がくぽ!なっ?!」
カイは体を撓めて下のほうから、殊更に上目遣いとなってがくぽの機嫌を窺う。ほんわりとした笑みは媚びているというより、相手が得たかもしれない傷を思いやるものだ。
対してイトは、やはりご機嫌を窺う上目遣いなものの、そこには甘える色がある。顔は下から、上目遣いなのにも関わらず、印象としては上から目線という、器用極まりない俺さまっこぶりだ。
がくぽは苦笑して、カイとイトのくちびるにそれぞれ、掠めるキスを落とした。
「俺を子供扱いするな、己ら」
「えーっ、してないよぉ!」
笑って腐したがくぽに、カイはきょんと目を丸くして叫ぶ。
イトのほうはあからさまに怪しく、口を裂いてにんまりと笑った。
「そぉだぞ、神威がくぽ。おまえのことなんか、ちっともコドモ扱いできるわけ、ないだろ?こぉんなもの、持っててさ!」
「っ!」
こんなものと言いながら、イトが指先でぴんと弾いたのは、肌蹴た浴衣から覗いていたがくぽの男性器だ。完全に勃起しきったわけではないが、それですら目を見張るものがある。
確かにこれを見て、子供扱いする相手はいないだろう。
ぴくりと体を揺らしたものの、がくぽは眉をひそめるだけで苦情は堪えた。
「ふぁ………ぁははっ」
「んひゃっ!」
がくぽの首に腕を回してしがみついていたカイが、照れが昂じたあまりに意味のない笑いをこぼす。イトのほうは悪戯っけたっぷりに、笑った。
顔を見合わせたカイとイトは笑ったまま、お約束のごとくにちゅっとくちびるを交わす。
「……………」
非常に微妙な顔になったものの、がくぽは止めなかった。
先に、カイとイトでディープキスを交わしていたときもそうだ。複雑な顔はしていたが、二人が気がつくまで止めに入らなかった。
普段なら、即座に止めに入る。しているのは表面を掠めるだけ、おままごとのようなキスであっても。
だけでなく、いちいちちゅっちゅとやるなと、説教まで落とす。
気分といえばそうだが、――こうして裸に剥き、昂ぶる行為の最中だ。
どちらか一人との、二人きりの行為ならともかく、三人で仲良くじゃれ合っている。
三人が共に昂ぶれば、三人誰彼構わず、キスもしたくなるだろう。いがみ合い描く三角形から競う三人での行為ではなく、三人が三人とも、ちょっとばかり度外れて仲が良いあまりに雪崩れこんでのことなのだから。
――そうとはいえ、多少は複雑ながくぽだ。止めに入るほどではないがしかしという、微妙な葛藤は捨てきれない。
細かな雰囲気に頓着しないのが、カイとイトだ。
がくぽの醸し出す微妙な空気を読んだわけではないが、今回は一度くちびるを交わしただけで止めた。そのうえで、カイはがくぽの首から腕を解いて離れる。
くり返すが、同型機ではあっても、双子機ではないカイとイトだ。仲が良くても、思考は共有できない。
しかも元々は旧型と呼ばれるKAITOシリーズなだけあって、『空気を読む』や『行間を読む』といった、明確に言葉にされないことを察するのも苦手だ。
が、目線だけで以心伝心すると、二人して揃ってがくぽの足元に屈みこんだ。
羞恥に表情を歪めながら、瞳に熱を宿してがくぽと、目の前に来たがくぽの男の象徴とを見比べる。
「ね。子供扱いしてないって、しょーこ。舐めて上げる。ね?」
「はぶんちょになんてしてないって、おれもカイもおまえのこと大好きだって、ちゃんとわかるよーになっ」
ちろりと舌を出してカイが言い、イトはんべっと思いきり舌を出した、あかんべといっしょくたな態で言う。
「ふん」
わずかに動いて腰の位置を直し、きちんと座ったがくぽは鼻を鳴らした。
堪え切れず、上機嫌な笑みに顔が歪む。
無邪気なのが、カイとイトの常だ。今はそこに、淫靡な興奮の色が混ざっている。
手に捧げ持つがくぽの雄との対比と、それが二つあるということと――
「舐めさせてやる」
「んっ!」
「んーっ!」
なぜか偉そうに言ったがくぽに、カイとイトは笑って口を開いた。はむんと、双方向から雄を咥える。
頂点を咥えたカイはそのまま、軽く口の中へと飲みこんだ。未だ絶頂には程遠いが、すでに嵩が張って顎が痛い。
やり方を教えられたはものの、自分がそれほど巧者ではないという自覚も、カイにはある。無理をして含んだままにすることなく、絞るようにしながら抜き出すと、天辺をちろちろと舐めた。
やさしく割れ目を開いて舌を押しこみ、誘うようにちゅぷりと啜る。支えるために竿に添えた手に、びくりと波打つ感触があって、カイの瞳は陶然と蕩けた。
一方、竿のほうを咥えたイトは、そのままできるだけ舌を突きだすと、周縁に絡めるようにしながらでろりと舐め上げた。
頂点はカイが咥えているので途中で止まり、反対に下へと舐め辿っていって、際で口を窄め、ちゅうっと吸う。歯を立てないようにと、くちびるで牙を覆って注意しながら、際の部分をはむはむと揉み解してやった。
時折ちゅうっと音を立てて啜って、筋目に沿って舌を這わせる。
もうすでに、十分に兆しているようなものだ。それでもこうして舌を這わせると、まだびくびくと波打って反応するから、イトはちょっとばかり呆れる。
よくもこんなになるという呆れと、どうやってこれを受け入れているのかという、自分たちの体への呆れだ。
呆れながら同時に、好奇心がうずうず疼く。
どうすればこれがもっと漲って、どのくらい滾る凶器と化すのか。そうやって、完全な凶器と化したものに貫かれたとき、自分たちの体はどうなるのか――
「んっ、ふぁっ」
「ぁ、んん………っ、んっ、ふゃん………っ」
ぶるりと背筋を駆け上ったものに、イトの口から堪え切れない嬌声がこぼれる。釣られるようにカイも甘くさえずりをこぼし、とろりと唾液がこぼれた。
竿を濡らしながらとろとろと伝い落ちるそれを、イトの舌が舐め取る。カイの唾液と自分の唾液と、混ぜてがくぽのものに絡めて擦りこみながら、イトは這い上って頂点へと顔を寄せた。
蕩けて焦点が覚束なくなっているカイと見合い、笑う。対するイトの瞳も蕩けて、焦点がぼやけている。
二人は仲良く、ちゅぷちゅぷと音を立てて先端を啜り、舐めしゃぶって、咥えた。
面積が限られている場所だ。カイが伸ばした舌は時にイトの舌を絡めて啜り、イトのくちびるはカイのくちびるとがくぽの雄とを、境もあやふやなままに食む。
カイとイトとで濃厚に過ぎるキスに興じているのか、がくぽへの奉仕に尽くしているのか――
「ん、ん………っはふ、ぁ、んちゅ……っ」
「ぷぁ………っん、む、ぁむ………っ」
「………っ、く………っ」
カイとイトの嬌声の中に、がくぽが漏らす呻き声が混ざり始めた。
見た目には、曖昧だ。ただ、カイもイトも夢中になっているのは、わかる。
夢中になって、がくぽの雄に吸いつきしゃぶり、過ぎ越してたまに互いのくちびるを貪り、がくぽへ戻って、混ざった二人の唾液をどろりとまぶしつける。
与えられているのは快楽で、気持ちがいい。しかし苦痛でもある。
快楽も過ぎれば苦痛とは、よく言うものだ。
がくぽは下半身が溶けるような心地だった。痛むほどに疼いて、堪らない。
カイとイト、ひとりひとりなら、技巧は拙い。極みを得ることはできても、溶けるようなとまでは、行かない。
けれど二人揃って、それも夢中になってがくぽへの奉仕に興じる。同じ成年だとは思えないほどに無垢な表情を浮かべる顔を淫猥に歪め、瞳を熱と欲に潤ませ霞ませて――
見た目の刺激も強いが、二人でキスに興じているのか、奉仕に尽くしているのか曖昧な、そのやり方だ。曖昧だが、下手に奉仕に尽くされているより余程に、煽られる。
いいところまで来たと思うと、カイとイトはキスに嵌まってがくぽを放置する。そしてがくぽの熱が募って痺れを切らす寸前に戻って来て、たっぷりの唾液とともにぬるりと、しゃぶり咥えられる。
技巧はともかく、タイミングの読み方が悪魔的だった。矜持が赦さないが、がくぽはもういっそ、泣き出したい。
悪魔としか思えないが、淫猥に染まって歪んでも、カイもイトもかわいらしい。喩えるならむしろ、天使だ。
かわいらしく、天使だが、やっていることが悪魔だ。ときめき過ぎて、なにかが破裂する。
「ん、ぁ………ん、がくぽ、そろそろ………?」
「かも………んちゅっ。………えっちぃしる、いっぱいだし………」
夢中になって食らいついていたカイとイトだが、束の間くちびるを離した。わずかに顔を上げて、しゃぶっていたものの状態を確認し、支える手でも擦って様子を見る。
そろそろというより、割ととっくに限界は超えていたがくぽだ。いい感じに悪魔な攻めで極みをずらされ、うっかりここまで引き延ばされただけだ。
「ああ。呉れてやる」
「ぁふっ」
それでも尊大に言ったがくぽに、カイは蕩けた笑いをこぼす。
イトのほうは微妙にまじめな顔になって、がくぽを見た。
「どっち?」
「……………」
訊かれてつい、がくぽは目線を逸らした。
どっちとは――しかしそもそも、限界だ。そうそう考えこみたい心理でもない。
結局仕方ないと笑うと、がくぽはイトの腰を引き寄せた。素直に寄って来るくちびるに、咬みつくようにくちびるを重ねる。
「んんっ!」
びくりと跳ねたイトの体がしんなりとして、力を失ったところで、がくぽはくちびるを離した。
濡れる口周りをやわらかに舐めてきれいにしてやり、耳にやさしい声を吹き込む。
「すぐ呉れてやる。いい子にしていてくれ」