走る電車の窓に、ぴっと走った一筋の線――見る間に増えて、景色は白くけぶった。
恋連傘
「ぅあっちゃ…………っ雨?!カサなんて、持ってない………!」
車内にひっそりと広がるざわめきのひとつと化して、カイトも小さく叫ぶ。
並んで立って外を見ていたがくぽは表情を変えることもなく、無造作に自分の鞄に手を突っ込んだ。
「おい」
「ん?……………え?」
無愛想に呼ばれて振り仰いだカイトの手に、ぽんと渡された――折り畳み傘。
「………………がくぽ、あのね………こーいうことあんまり言いたくないんだけど、…………ほとんど空っぽの『問題児』の鞄の中に、折り畳み傘だけは常備してあるのって………」
「常備なんかしていない」
失礼にもほどがある生徒会長のお言葉に、がくぽは吊革にぶら下がって窓の外を見たまま、ぼそっと吐き出した。
「昨日の天気予報で、夕方から夜半にかけて雨が降ると言っていたから、持ってきただけだ」
「てんきよほー……………」
――を、こまめにチェックする、問題児。
どちらにしても、微妙。
カイトが言葉を探している間に、電車が駅に着いた。ぷしゅ、と空気の抜ける音がして、扉が開く。
「じゃあな」
「っ待てこら!」
「っだ!!」
素っ気なく言って電車から降りようとしたがくぽの長い髪を、カイトは躊躇いもなく鷲掴みにした。
首が折れる音が聞こえそうな、容赦のなさだ。頭皮までひりひりと痛む気がして、がくぽはいきり立ってカイトに向き直った。
「カイト、おまえな!俺の髪を、なんだと思っ」
「うん、それはどうでもいいから、神威がくぽくん?」
抗議にもさっぱり耳を貸さず、敏腕で鳴らす生徒会長は、思わず背筋が伸びるような笑顔を向けてきた。
「俺にカサくれたけど、君の分は?まさか、とっっっっても用意よく、二つ持ってきてたりするの?」
がくぽが返答に詰まっている間に、ぷしゅ、と音がして扉が閉まり、電車は走り出した。
相変わらずにこにこと笑ったまま、カイトはがくぽを見据える。
「いっつもは、俺が頼みもしないのに家まで送るくせに、どうしてこういうときだけ!自分ちの最寄り駅で降りて、ひとりで家に帰ろうとするわけ?しかも、持ってる唯一のカサを、俺に渡して」
「……………」
がくぽとカイトの家は、駅ひとつ分違う――がくぽのほうが、駅ひとつ、手前だ。
それでも毎日まいにち、カイトの家まで送り迎えしている。頼まれたわけでもなく、がくぽが勝手に。
それがどんなに不自然だとしても、それ以上に――
じっと見つめて黙りこみ、言葉にはしないがくぽの『答え』に、カイトはひとつため息をついた。
「今日も、俺ん家まで送りなさい。相合傘で、仲良く帰ろうね?」
「………」
がくぽが無言で見下ろすのに、明るく力強い笑みが返された。
「折り畳み傘なんて、小さいんだから。男二人で相合傘したら、カンペキ濡れるでしょ?俺ん家寄って、制服乾かすついでにシャワー浴びてあったまって、雨が止むまでゆっくりしていきなさい。決定。オーケィ?」
とどめに、ぴん、と鼻を弾かれ、がくぽは笑みを浮かべるカイトから不機嫌に顔を逸らした。再び、吊革にぶら下がる。
「嫌だと言っても聞かないんだろうが、この独裁者」
忌々しそうに腐しながらも、がくぽの表情はやわらかくほどけて、窓を流れる雨を見ていた。