暗闇に沈む、校内――
「ふっくっくっくっく………」
小さな懐中電灯の明かりの中、カイトが不気味に笑う。
「さて、神威がくぽくん………。俺はそろそろガマンの限界なので、こんなあっほい企画を立てたおばかを、ぷちっと呪って来ようと思う」
いつも明るい生徒会長らしからぬおどろおどろしい宣言に、がくぽは小さくため息をついた。
「カイト………………………………………………リタイアしろ。素直に」
TSEGUOT
「ぅ、ぅわぁあああんっっ!!肝試しなんかキライだぁああっっ!!おばけなんて滅びろぉおおおっ!」
「カイト……下手な泣き方をすると、新しい七不思議のひとつに数えられることになるぞ…?」
「んもぉおおっ、企画者わかったら、呪ってやるぅうう!!ぜんっりょくで呪ってやるぅううっっ!!」
やさしいがくぽの言葉を無為にして、深夜の音楽室に涙混じりの絶叫が轟く。
現在、謎の生徒X企画・主催による、深夜の学校:七不思議巡りツアーに参加中のがくぽとカイトだ。
ツアー参加者は、生徒会役員とその他知り合い数人。
企画者は『X』として伏せられているが、メンバーからしておそらく、身内だ。
企画の中身自体も、ひどく単純。
学校の七不思議の名所を、二人一組となって、一から七まで順に巡って来るだけ。
途中に仕掛けの類は、一切なし。ひたすらに、暗い深夜の学校の中を歩くだけあるくだけ。
こわいもの嫌いの生徒会長をなんとかして参加させたい、Xさんの心遣いらしいのだが――そもそも心遣いと言うなら、参加させないで欲しかった。
「大体にしてどうして、呼び出しに応じたりしたんだ」
「君のせいでハメられたんだっつの、このダメ犬がっっ!!」
腰が抜けて床にへたりこんだカイトは、呆れたように屈みこんで来たがくぽの胸座を掴んで叫ぶ。
「ケータイに、『夜中の学校で、神威がくぽくんが乱闘してます。警備も切られてて、手が付けられません。どうにかしてください、飼い主』って来て」
「………」
胸座を掴まれつつ、ふい、と顔を逸らしたがくぽに、カイトは弱々しく吐き出した。
「なんかヘンだなとは思ったけど、しょーがないから来てみれば………っ」
そこまで言って、カイトはぶるぶると震えた。ぐずずずっと盛大に洟を啜り上げる。
「案の定じゃないかああ!!俺がハメられたのは、君のせいだ、このばか犬っっ!!」
怒りのままに叫び、カイトはがっくんがっくんと力任せにがくぽを揺さぶった。
「しかも君、乱闘してないどころか、問題児のくせにふっつーに参加してるとか、俺のことナメてんの?!ねえ、ナメてんの?!!」
「落ち着け、カイト!違う!!俺は偶然、通りがかっただけだ!そうしたら副会長に、『今から会長が来るよー♪』と言われて………っ」
「釣られたんかいっ!!」
「釣られるわっ!!」
ツッコミに負けることなく堂々叫び返したがくぽに、鼻白んだカイトは口を噤むと、胸座から手を離した。
すん、と洟を啜って小さく深呼吸し、わずかに気を落ち着けると、瞳を眇めてがくぽを見上げる。
「とはいえ、君の罪は消えないからね。なんか、ギャグを言うとか面白い話とかして、この場を和ませなさい」
無茶ぶりも甚だしい言葉に、がくぽはさらにカイトへと屈みこんだ。
ほとんど触れ合わんばかりに顔を近づけ、見開かれたカイトの瞳を覗きこむ。
「………そんなものよりもっと効果的に、怖くなくなる方法がある」
「って、がくぽ…………」
「嫌か」
問いとともに、熱っぽい吐息がくちびるに掛かる。
カイトは震えながら、そっと瞳を伏せた。
「ゃ、じゃ………」
くちびるが、くちびるに呑まれる。
その瞬間。
「ぅうう~っ」
「ひぎぃっ?!」
背後の音楽準備室でがたりと物音がし、同時に呻き声が響いた。
仕掛けはないと言っていた――言っていたのに!
盛大に引きつって縋りつくカイトに対し、がくぽのほうは忌々しさを隠すこともなく舌打ちした。
「どこまでも邪魔な……っ」
「って、え?がくぽ?」
罵ったがくぽは、カイトを引き離して準備室へ入っていく。
「大人しく死んでおけ!」
「ぐぇっ!!」
容赦のない足蹴を振り下ろしたがくぽに、続く悲鳴――
その準備室の中に、さっと光が走った。
ぴくんと揺れたがくぽは、次の瞬間、軍人のようにぴっと背筋を伸ばす。
「がくぽ……」
準備室の中を懐中電灯で照らしたカイトは、淡々とつぶやいた。
「君、ほんっとーに、乱闘してたんだね………」