癖字だ。下手だというのとは、また違う――ただ、癖がある。
ああ、カイトの字だな、と。
腑に落ちる、納得する、そんな癖が。
スキスキノート
「あのさー、がくぽ?そもそも君って、ノート必要なの?それも、赤点常習者の俺のノートとか」
放課後の教室に居残り、ノートを書き写すがくぽに、向かいに座ったカイトは退屈そうに訊く。
それもそうで、残っているのはがくぽとカイトだけ。
しかもカイトにとっては他クラスの教室で、適当なところを弄り回すわけにもいかない。
ただがくぽにノートを貸しているだけのカイトは、ひたすらに暇だ。
「赤点常習者かもしれないが――まとめ方はきれいだ。見やすい。どうして赤点を取るのか、そっちが不思議だ」
問いには直接に答えず、がくぽはほんのりとくちびるを笑ませる。
カイトはわずかにぷくんと膨れて、がくぽの机に頬杖をついた。
「それまとめる頭と、記憶する頭は、別の頭なんだよ」
「右脳と左脳か?」
「ちがーう。ペンと海馬は別に、仲良しじゃないってこと」
――カイトの表現は、時として独特だ。その独特さが、ノートのまとめ方にも表れて、そしてその大元である字にも表れている。ような気がする。
「がくぽはさ、一回見たものはなんでも全部、覚えちゃうんでしょ?教科書でも一瞬の板書きでも」
「ああ」
その特性あっての、サボり魔でありながらの学年三位以内の成績だ。
もちろん、覚えるだけでは意味はない――解析力、分析力、その他の能力も優れていればこそ、ものを言う。
カイトは悪戯っぽい笑みを浮かべて、机に放り出されている色ペンをひとつ取り、指に絡めてくるりと回した。
「俺の頭はね、がくぽよりもうちょっと優秀なの。覚えることは、厳選するんだ。愉しいことだけに」
「……………なるほど」
回されたペンの、角度、速度――無意識に計算されて出てくる数字より、閃いたカイトの笑顔のほうを記憶に残し、がくぽはノートに目を落とした。
再び、ペンを走らせる。
「なんでも覚える俺の頭だが、おまえのことだけは、覚えられない。………見るたびに違う表情で、こちらの予測しないことばかり言われて――覚えた形が次の瞬間には裏切られて、新しいものが積み重なって」
「……ふぅん?」
面白そうにくちびるを尖らせるカイトに、がくぽは笑ってノートを閉じた。
「だから、飽きない。――ほら」
「がぁくぽ」
「……………………アリガトウゴザイマシタ」
なぜか怪しい外国人と化しつつも、がくぽは促されるままにきちんとカイトに礼を言って、ノートを渡す。
体を起こして受け取ったカイトは、ぱらぱらとノートをめくった。
「とはいえ、学生の本分はべんきょーだしね。ノート書くのは楽しいけど、覚えるのはとか……」
途中で言葉を止め、カイトはノートの最後のページをじっと見つめる。
最後のページ。
カイトのものではない、新たに書き加えられた、流麗な文字。
――好きです。
ふっと笑うと、カイトは腰を浮かせ、向かいに座るがくぽの耳朶にくちびるを寄せた。