ぶすっと頬を膨らませた鏡音双子を前にしても、キヨテルは平然としていた。
はいぱー・ぱいぱー
「ごめんなさい、言えないんですか?悪いことしたのに、『ごめんなさい』出来ないんですね?わあ、困りましたね!悪いことしても、『ごめんなさい』って出来ないんですか。そんな子は、中学生じゃありませんね。幼稚部からやり直しますか?」
「……そ、んなっ」
「て、め……っ」
遥かな背丈の差も気にせず、鏡音双子は壮絶な顔でキヨテルを睨み上げる。
しかしキヨテルが怯むことはなかった。
打って変わって柔らかな表情と声になると、屈んで目線を合わせる。
「悪いことしたって、わかっていますよね?あなたたちはとっても頭がいいんですから、自分たちが悪いことをしたのか、いいことをしたのか、ちゃんとわかるはずです。でもね、わかっているだけじゃだめです。悪いことをしたら、ちゃんと『ごめんなさい』出来るようになりましょう?悪いことしたからなんだって、開き直るんじゃなくて、『ごめんなさい』って出来る子になりましょう?ね?」
「……っ」
「……っ」
くるみこまれるように言い聞かされても、鏡音双子はキヨテルを睨んでいた。
キヨテルは臆することなく、子供とも思えない鋭い眼光、二対を見返す。
そうやって睨み合うこと、しばらく。
「………レン」
「………仕様がねぇな」
ふいに双子の眼光が和らぎ、場に漲っていた緊張感が薄れた。
リンとレンはわずかに恨みがましそうにキヨテルを見ると、後ろを振り返る。
蒼白になって立ち尽くし、おろおろと事態を見守るだけだった担任と教務主任に向き直ると、揃って頭を下げた。
「「ごめんなさい」」
はっきりと、大きな声で謝る。
謝られたが、担任も教務主任も、咄嗟には言葉が返せなかった。
双子の天才児――天才であるがゆえに、秀才を集めた特別クラスの教師にすら扱いきれない、中等部一の問題児。
その二人が、素直に頭を下げた。明日世界が終わっても、誰も不思議に思わない。
その反応にリンとレンがなにかを言うより先に、キヨテルがにこやかに担任と教務主任に向き直った。
「後片付けもさせます。後のことは私が監督しますから、先生方はお戻りください」
言ってから、振り仰ぐリンとレンの頭をよしよしと撫でる。
「いい子ですね。後でご褒美を上げますよ。だから後片付けまで、きちんとしましょう?」
「………もー」
「めんどくせー」
ぶつぶつ言いながらも、リンとレンは素直に動き、箒とちりとりを取りに行く。
その背を見送り、キヨテルはやはりにこやかに、立ち尽くしている二人の教師を見た。
「すみませんが、見世物ではありません。他の生徒のことをお願いします」
言われて、ようやく二人は動いた。周りに集まり、野次馬と化している生徒たちを散らすことに専念し出す。
これ以上、鏡音の天才双子に関わらずに済むなら、それに越したことなどないのだ。
キヨテルは廊下中に飛び散ったステンドグラスの破片を眺め、風通しのよくなった窓へ顔を向けた。
眩しい光が入り込み、瞳を細める。
「………これはこれで、こっちのほうがいい気がしますけどねえ」
「だろ?」
「リンたちもそう思ったのよ!」
後片付けも終わって引き揚げ、キヨテルの膝の上に揃って座り、『ご褒美』待ちのレンとリンが伸び上がる。
「あの廊下、前々からキライだったの!くらくって、インキで、うっそりしてて!」
「じめっとしてて、うっとーしくって、うざったくってさ!!」
「言いたいことはわかりますが…。それでいきなり、すべてのガラスを割って回るのは、どうかと」
勢い込んで主張するふたりの頭を撫でながら、キヨテルは苦笑する。興奮しているのを宥めるように後頭部を撫でてやりながら、交互にこめかみにキスを落とした。
「なんですか、校舎の窓ガラスを割って回るのなんて、卒業してからやることじゃないですか」
「だって待てないもの!んっ」
「それまであそこに付き合うなんて、ぜってぇごめんだねっ!んんっ」
言い立てる二人のくちびるにキスを落とし、キヨテルは笑う。
「気が短いのが、リンちゃんとレンくんの難点ですね。でもですね、せめて今度から、なにか気に食わないことや、やりたいことがあったら、まず私に相談して貰えませんか。今回はたまたま通りかかりましたから、ああやってとりなせましたけど」
「必要な………ぁんっ」
「よけ……ぃ………んぅ……」
後頭部を押さえていた手を体に滑らせ、キヨテルはリンとレンをぎゅっと抱きしめる。
「あなたたちが良くても、私がいやです。約束してください。さもないと、ご褒美上げませんよ」
「ゃ………ぁっ」
「ひぃ……んっ………っ」
「ほら。約束します、は?」
やさしく訊くキヨテルに、膝の上で、双子はくちびるを戦慄かせ、縋りついた。
***
「…………………………ソファが増えている」
基本的に椅子といえばパイプ椅子だけだった生徒会室に、なぜか二人掛けのソファが増えていた。
指摘したがくぽに、カイトはにっこり笑う。
「特別予算貰っちゃった♪」
「………………とくべつよさん」
「鏡音双子調教御礼予算」
「か、…………っ」
絶句するがくぽを気にすることなく、相変わらずのパイプ椅子に座っているカイトは、ペンを回す。
「高等部のせんせである氷山せんせと、中等部の生徒であるリンちゃんレンくんが会ったのって、生徒会通じてでしょ?で、鏡音双子を唯一取り扱えるせんせである氷山せんせは、生徒会顧問☆→お礼するなら、生徒会が妥当。ね?」
「…」
複雑な表情でソファを見るがくぽの頭を、カイトはがっしり掴んで向きを変えさせた。
「見ないの。まあ、三人掛けも買える予算だったけど……下手に寝転べると、収拾つかないからね」
「すでについていないように見えるのは、俺の目の錯覚か?…………いや待て。それで、余った金は……」
気がついて、がくぽは訊いた。
カイトは言った、三人掛けが買える予算だったが、二人掛けにしたと――
生徒会長が閃かせた笑みは天使そのものだったと、後日、生徒会副会長の初音ミクは語った。