ああいい天気だ、今日はいい休日だなと、起きた瞬間に過ったのはそんな考えだ。否、考えとも呼べないほど、あえかな思考――
コロンビーヌの恋人
「……あ?」
あえかな思考だったのだが、それに驚いて、がくぽはぱちりと目を開いた。
がくぽは未だベッドの中で、カーテンを開けてもいない。それでも『いい天気』だとわかった。
つまりそれだけ、家の中に陽光が差しこんでいて、家の中にそれだけ、陽光が差しこむ時間ということ。
「………ふん?珍しい、な……?」
休日であれ平日であれ、がくぽが目を覚ますのはカイトが起きる気配にだ。起きようともぞつくカイトの気配に目覚めて、――まあとりあえず、一戦やらかす。
つまり、起きたくない起こさないとぐずるがくぽと、いいから朝ごはんを食べろ作らせろという、カイトと。
賑やかなひと幕を経て、がくぽはようやく起きる。平日も休日も。
それが今日はどうだ。がくぽの方が早く目覚めたうえ、腕の中には未だ起きる気配のない『ネムリヒメ』が――
「………いい休日だな、これは。思う存分に寝過ごせるうえ、カイトを抱いたままだ」
にたりと笑ってなにかの『勝訴』を掲げたがくぽだが、長くはなかった。
すぐさま眉をひそめると、はたと思い至ってしまったことに難しい顔で考えこんだ。
今日が休みだからと、昨日はいわば、『ご結構な』夜を過ごした二人だ。最後にはカイトが意識を飛ばして、がくぽが一人で後始末諸々を済ませてから、ずいぶん遅くに寝た。
それでもがくぽの方が先に目覚めて(それもわりととても、すっきり爽快にだ)、いつもならどうであれ先に目覚めるカイトが未だ、夢の国。
昨夜のはしゃぎっぷりもとい、恋人の疲れようが知れるというものではないのか。
「む…」
がくぽは躊躇いを含みながら、唸った。
少なくとも、今の時点でもはや、『おねぼうさん』であることは、間違いない。
カイトがいつ目を覚ますかはわからないが、現時点ですでに『おねぼうさん』であるのに、さらにあとになって目覚めるということは、つまり。
「洗濯、もの…と、……腹ごなし?」
――教師に指名された劣等生が答えるようにもたつきながらつぶやいて、がくぽは目線だけで軽く、天を仰いだ。
この部屋の日当たりはいいが、洗濯物の干し場は、乾燥には今ひとつの場所だ。厚物をちょっと遅い時間に干すともう、一日では乾かないと、カイトは頻繁にぼやいている。
加えて、腹具合だ。
カイトもがくぽもうら若きオトコで、つまりはまだまだ、『食べたい盛り』である。
とはいえさすがにピークの年齢は過ぎたが、それでも、夕食後に十分以上の過剰な『運動』をこなしてから寝て起きた朝の食欲といえば、考えるまでもない。
総合するに、カイトはこの後、そう遅くない時間には空腹で目を覚ますだろう。
そして空腹で目を覚ますともう日は高く、けれど洗濯物が山のようにあって、しかしとにかく、無神経にも二度寝を貪る駄犬にエサをやらねばならぬと、まずはキッチンへ飛んで行き、――
誰が駄犬で餌かという話だが、このままでは確かに、がくぽは駄犬もいいところだ。ダーリンどころではない。言葉の頭と尻が同じでも、中に入る単語如何で意味は大違いという好例だ。
もちろんカイトは、がくぽがどんな駄犬でもたっぷりの愛情を注いで、思うさま甘やかしてはくれる。
が、たまには駄犬ではない、『名犬』として飼い主を喜ばせ、存分にホメて甘やかして貰いたい。
「気がする。ああ否、犬から離れろ俺。まあでも犬なんだが。むしろ犬だ。いいじゃないか犬。びば犬!」
微妙に混乱した思考でつぶやいたがくぽは、ややしてため息を吐くことで気を落ち着けた。
落ち着けたうえで思うのは、そもそもの発端にして、結論だ。
つまり、起きたら少なくとも洗濯機が回してあって、ダイニングテーブルには作りたての朝食が並ぶ、休日。
――ふっわゎ、すっごい!がくぽ、おりこうさんわんこ!お手以外もできるじゃない!!
きらきらの笑顔と甘い声に、たっぷり撫で褒められる『わんこ』を想像し、がくぽはこっくり頷いた。
「よし……」
ぐっぐと、勝利を確信した拳を握りつつ、しかし恋人を起こさないようにと静かにベッドから出る。
「ん…ふ、……」
「……このまま寝ていろ。いいにおいで起こしてやるから……」
カイトは眠ったままだ。眠りは深く、起きる気配はない。
それでも引き留めるしぐさを見せた健気な相手の頭をひと撫でしてささやき、がくぽは振り千切れんばかりにしっぽを回しながら(*註:雰囲気)寝室を後にした。