Stay Tuned
貪るようにくちびるが重なり、力と体格の差に物言わせ、体が転がされる。素早く服の中に入りこんだ手が、肌を這いまわり、まさぐって――
「だ、めっ!メッ、がくぽっ!『まて』っ!」
「ぐっ……っ!」
なんとかくちびるをもぎ離したカイトもとい飼い主が叫んだコマンド・ワードに、がくぽもといわんこは欲に滾ったまま、しかしびたりと動きを止めた。
「い、いいこ、いいこ……がくぽ!待て、だよ……『まて』、ね?そのまま、そのまま……ね?『待て』、だから、ねっ……!」
ぅるぅるぐるぐると、不満げに咽喉を鳴らしながらも、がくぽは動かない。体の下からずるずると這いだすカイトが『待て』を解除することを、今かいまかと待つだけだ。
補記するなら、がくぽはれきとした人間である。
れきとした人間には出すに不可能な音を咽喉から出していたり、やはりれきとした人間、魔法使いでもなんでもないカイトの、単なる『コトバ』でしかない『待て』が解除されるまで、動けなかったりしているが――
這いだしたカイトはがくぽからわずかに距離を取ると、乱れた格好のまま、小さく息を吐いた。ちらりと視線をやるのが、リビングの時計だ。
「もう、出かける時間でしょうが………なんでこの時間にサカるの、君って子は……」
「だから、十分……いや、五分で済ませると」
不満たらたら吐き出すがくぽだが、しかし動かない。未だ欲に滾っているのだが、じぃっと、じじじぃっとカイトを見つめ、ひたすらおあずけが解除されるのを待つ。
健気なわんこスタイルだったが、発言内容だ。
空気がびしりと凍り、カイトは霜つく息とともに吐き出した。
「インスタントに扱うな、駄犬。値下げした覚えはない」
「ぅっ!」
――先までとは別の意味でがくぽは固まり、次いでもそもそと体を丸めた。
架空のしっぽが、お股の間に隠れているのが見える。これまた架空のいぬ耳がぺそんと力なく寝そべり、ぴすぴすと鼻を――
憐れを催すダーリンわんこに絆されることなく、カイトはつんと横を向いた。つれなく、ぺっぺと手を振る。
「続きは帰ってから。今はもうだめ。終わり!さっさとお出かけ!!ごーあうと!!」
「ぅぐっ……」
重ねられる無情に、がくぽはうずくまったまま唸った。
つまり、いくら『待て』と言われてもやはりこう、目の前にご馳走がある状態で、募る欲求にはいかな名犬忠犬といえども逆らい難い。それに、そう、あれだ。そもそもがくぽは忠犬であっても躾の行き届いた名犬ではなく、むしろおばかでわがまま放題な駄犬であるのだから――
油断なく付けこむ隙を探るがくぽだが、横を向いたままのカイトは気がつかなかった。乱された服を掻き寄せ、そのくちびるからふうと、悩ましい吐息をこぼす。もじもじと、膝を擦り合わせた。
「早く行って、とっとと帰って来てよ……俺だって、タイヘンなんだから。こんな中途半端で放ってかれてさ、あっちこっちうずうずのずくずくで、治まんないんだからね……。がくぽが帰って来るころにはもう、焦れ焦れでぐしゃぐしゃのどろんどろんで、アタマぱーだよ!それこそ、インランスキモノってレベルで、がくぽのこと、ほしがっちゃぅ……」
――ぶつくさとこぼす、その内容だ。
がくぽは切れ長の瞳を限界まで開き、まじまじとカイトを見た。
ちらりと視線をやったカイトは、切れ長の瞳を丸くしているだけのがくぽにきゅっと眉をひそめた。ぐすりと洟を啜ると、とどめを吐き出す。
「だから、早く行って早く帰って来てって、言ってるのにっ、……いぢわる。じれじれぷれいとか、……がくぽの、いぢめっこ。さどっ」
「っ!!」
羞恥と色香に満ちた罵倒に、がくぽは反射的に起き上がった。
だけでなく、すたっと立ち、くるりと踵を返す。コートを掴んで、転ぶように靴へ足を突っこみ――
「イってきます!十分、いや、五分で帰ります!!」
――激突するように扉を開くと、叫びながら飛び出して行った。