プシューケー、クピドー語りて曰く-06-
「あの、あのねっ………がくぽってがくぽって、ほんとはとってもとっても………とってもえっちでっ!すっごく真面目でお堅く見えるのに………えっちなことするのも大好きだし、えっちなことされるのも大好きだし………っ!それでそれでね、すっごくすっごくすっごくえっち上手で、とろとろに蕩けるくらい、気持ちよくされちゃうの……っ!!」
――羞恥に表情を歪め、全身を真っ赤に染めたカイトは、消え入りそうな声で話を締めた。
常に潤んで揺らぐ瞳だが、今日は熱を宿し、甘く霞んで正気が薄い。
季節は夏だ。場合が場合なら、酷暑に負けて熱暴走を起こしたかと疑うところだ。
場合が場合なら。
ミクの手が隣に座るメイコの袖に伸びるのと同時に、メイコの手はダイニングテーブルに置いてあるクーラーのリモコンに伸びた。
五度ほど、一気に設定温度が下げられる。
「一種の熱暴走には違いないわ」
「訊いてないし責めてもないから!」
まじめな顔できっぱり吐き出したメイコに、ミクは慌てて首を横に振った。
カイトといえば、姉妹の様子にまったく構わない。
「でねでね、なんでがくぽがそんなにえっちが好きで、えっちが上手かっていうとね………俺のこと、すっごく好きで、すっごくアイシテルからなんだって………っっ!俺のことかわいくってかわいくって、えっちな気分になっちゃって、えっちなことしたくて、たまらなくなっちゃうんだって………!」
「めーこちゃん、元凶をどうにかするほうに注力しよう?!そうしよう?!」
――ロイドにとっては、氷室ほどの温度でも心地いい。しかし家庭的な燃料費や諸々を考えると、いくらなんでも限界の設定温度というものがある。
簡単に突き破って、さらに温度を下げようとするメイコの手から、ミクは必死になってリモコンを奪った。
言われて、メイコの目が向かいに座るカイトに向く。
カイトの目は、姉妹に向いていなかった。夢見心地で焦点がぶれていたという話ではない。顔から完全に、明後日を向いていた。
「ぁ、あ………っ!がくぽっ!がくぽ、帰って来た………っ!おでむかえ………俺っ、おでむかえ、しなきゃっ!」
あわあわとつぶやくと、忙しなくぱたぱたと、自分の全身を叩いて身だしなみを確認する。
腰を浮かせると、異常なほどの艶っぽさを宿して潤む瞳を姉妹に向けた。
「ねっ、ねっ……!ミク、めーこ!ヘンなとこ、ない?!俺、ちゃんとしてるっ?!大丈夫?!」
「ああうん、だいじょー」
「ありがとっ!!」
――ミクの答えを最後まで聞くことなく、カイトは覚束ない足取りで、わたわたとダイニングを飛び出して行った。
見送ったミクの表情が、空白に落ちる。
「………髪なんか寝ぐせバクハツで、スゴイことになってるけど」
「そうね。しかもパジャマのボタンを見事に全部、掛け違えてたわね」
続けて、メイコは皺の寄った自分の眉間をぐりぐりと揉んだ。
「でも、大丈夫よ――がくぽのことだからきっと、そういうカイトがかわいいって、大喜びすることでしょうよ」
「ですよねー………」
ひんやりとした空気の流れるダイニングに、玄関で逢瀬を果たしたと思しき『新婚さん』が、きゃわきゃわと騒ぐ声が響いて来る。
ちなみにひんやりとした空気が殊更に流れるのは、家庭の限界を突破した設定温度に、クーラーが忠実に応えているからだ。
もちろん、それだけではない。
「まったく、迷惑千万とはこのことだわ……!面倒ったらないわよ、兄弟が家庭内結婚だなんて!」
「めーこちゃん………」
忌々しそうに吐き出すメイコだが、そもそも焚きつけたのは彼女だ。しかしミクにも概ね、異論はなかった。
焚きつけられたからと、素直に突っ走る阿呆がどこにいると。
言いたいことが山ほどあり過ぎて、ミクは言葉にならない。
メイコのほうはイライラと、深い皺の刻まれた眉間を叩いた。
「兄弟間のご祝儀って、いくらが相場だったかしら……まったく、夏休みだなんだで、そうでなくとも物入りなこの時期に!」
「………ええと、めーこちゃん?」
イライラと吐き出される言葉の雲行きに、ミクはぴたりと動きを止めた。突然に全身が錆びついたかのような動きで、隣に座るメイコへ顔を向ける。
「あの、本気?本気で?」
問うミクに顔を向けることはなく、メイコはイライラを如実に表した早口で思考を吐き出した。
「しかもがくぽよ。あの寝惚け男………式だとか新婚旅行の費用だとか行き先とか、考えてんのかしら!指輪で精いっぱいでかつかつになって、そこらへんまったく考えてないんじゃないの?!これだから若くて経験の浅い男ってのは、考えが浅はかで場当たり的で………!いいわもう、面倒だし!家族で行くことになってたハワイを新婚旅行にして、適当な教会にぶち込んで式を挙げさせちゃえば!そんで式代やら旅行代をこっち持ちにして、ご祝儀なし!文句は言わせないわよ?!まったくほんと、手が掛かって迷惑ったらないわ!」
結論がついた。
一転、せいせいした表情になったメイコから、錆びついたミクはゆっくりと顔を逸らした。明後日を見つめ、ダイニングテーブルにごとりと頭を落とす。
「ああうん、本気……本気なんだね、めーこちゃん………そうか、本気なんだ………」
木製のテーブルはひんやりと冷えて気持よく、しかし錆びたミクを癒してくれることはなかった。
玄関では未だ、『新婚さん』がいちゃいちゃきゃっきゃとしている。詳細な会話は聞こえなくても、声が響いて来る。
彼らはミクとひとつ屋根の下に暮らす、家族だ――