教え子には、飴と鞭。
――カイト相手に鞭を振るったことがあるのかと問われると、非常に微妙だが。
モラルス・イノセンス
「次のテストのご褒美、なにがいい?」
一日の勉強を終え、帰り支度を始めつつ訊いたがくぽに、椅子の上でしょんぼり耳を垂らしていたカイトが――比喩だ――ぱっと顔を上げた。
「ごほーびっ?!がくぽせんせからっ?!」
「ああ。………まあ、無理がない程度に、なんでも言うことを聞いて上げるよ?」
「ごほーび………っ!がくぽせんせからっ……………!!」
念のために釘を刺したがくぽだが、きらんきらんに輝く表情の生徒の耳に入ったかどうかは、怪しい。
とはいえ、それほど心配もしていない。カイトはなんでもと言われたところで、ひどい無体を言い出すような性質ではない。
いや、むしろこちらが脱力してしまうような、かわいらしいおねだりをされることが、ほとんど――
がくぽは帰り支度の手を止めて、そわそわとご褒美を考えるカイトに見入った。
そのがくぽに、唐突に椅子から飛び降りたカイトは勢いまま、跳ねるように抱きつく。
「こら」
諌めつつも笑って、がくぽはカイトを抱きとめる。
そんな小さな子供ではないのだが、ついつい反射的に抱き上げた。
馴れた動きで首に腕を添えたカイトは、きらきらに輝く瞳でがくぽを覗きこむ。
「あのねっ、ご褒美…………俺、がくぽせんせの家、行ってみたい」
「……………私の、家、か?」
意外と言えば意外だし、当然と言えば当然の要望でもある。
家庭教師と教え子という一線を踏み越えて、二人は――
「うんっ。がくぽせんせが、どんなとこで、どんなふうに暮らしてるのか、見てみたいっ。…………だめ?」
「いや…………」
そもそも、がくぽは家庭教師だ。カイトの家に訪問して、勉強を教えている。
だからがくぽのほうは、カイトの家の間取りや構造のみならず、カイト自身の部屋の様子もつぶさに知っている。
対してカイトは、がくぽについてなにも知らない。
家庭教師として訪れる相手だから、私服ではあっても驚くほどルーズな格好も見せないし、――
「……………まあ、構わないけれど……」
「ほんとっ?!やたぁっ!!もぉ俺、ちょぉがんばるっっ!!」
「…………あー……」
喜色満面で叫び、首にきゅううっと腕を回してしがみつく相手に、がくぽは軽く天を仰いだ。
それなりの年だが、腕に抱え上げられてしまう体。
誰よりなにより愛おしく、かわいい相手。
「……………帰せなくなったら、どうしようか」
ぽつりと憂慮を吐き出すと、カイトはぱっと顔を上げた。その無垢な瞳が、さらにきらんきらんと輝く。
「お泊りしていいのっ?!」
「あー……………。……はは…………っ。そうだな………泊まりがけで、おいで」
無邪気そのものの問いに、がくぽは気の抜けた笑いを返しつつ、カイトを抱く腕にはきつく力を込めた。