「がくぽせんせっ!」
「あー………」
呼ぶ声は甘い。カイトの本質を表して、互いの関係の問題ではなく、甘い。
甘くて心地よくて、鼓膜を蕩かされそうなのだけど。
ジョーナスティックス
「ねっ、せんせったら!俺の話、聞いてるっ?!」
「聞いてるよ。でも、その前にひとつ、カイト」
「んっ、なに?」
キッチンでお茶を淹れるがくぽの隣に立つカイトは、素直そのものの瞳でまっすぐと見つめてくる。
カップに注いだお湯をシンクに捨ててから、がくぽはわずかに困ったように笑って、そんなカイトへ首を傾げてみせた。
「『ここ』にいる間は、私を『先生』と呼ぶのは止めないか?………君、今日は勉強をしに来たわけではないのだし」
「え」
きょとんと目を丸くしたカイトに、がくぽは軽く肩を竦める。
「君の家なら外聞もあるけれど、ここは私の家だ。…………私は『生徒』を招待したのではなくて、『恋人』を招待したつもりなのだけどね?」
「え…………っ」
カイトはぽかんと口を開け、まじまじとがくぽを見つめる。
――いつもはがくぽが家庭教師として、生徒であるカイトの家に行き、そこで逢瀬も済ませてしまう。
とはいえ、それだけでは物足らないのも確かだ。
理由はいろいろかこつけたが、念願かなってようやく、がくぽはカイトを自分の家に招待することが出来た。
家庭教師と生徒ではなく、恋人として――
そう、恋人だ。
「え、えと、つ、つまりそれって…………その、せんせ、じゃなくて…………な、名前、で」
「ああ。出来れば是非にも、お願いしたいね」
「っ、っっ、っっっ!!」
詰るような、責めるような響きを帯びないように注意しつつも、がくぽは熱意を込めて『お願い』する。
対するカイトのほうは息を呑み、爆発音が聞こえそうな勢いで肌を赤く染めていった。
頬は言うまでもなく、短い髪から覗く耳朶、晒された首、辿る鎖骨――
「ぁ、ぁのっ、あっ、が、がくっ、ぅ、が………っ」
「……………カイト、君ね」
ぱくぱくぱくぱく、酸素が足らない金魚と化した年下の恋人に、がくぽは小さくため息をついた。
ポットからカップへとお茶を注ぎつつ、ぼやく。
「もしかして、ベッドの中でも私のことを『先生』と呼ぶ気なのか?」
「べ………………っっ!!!」
カイトは年下だ。そして生徒でもある。だがこれまでも、ちょっとした接触なら持っている。
――のに、この、卒倒しそうな反応。
羞恥と興奮と諸々重なって、もはや喘ぐのが精いっぱいとなったカイトに肩を落としてから、がくぽは首を軽く横に振った。
――褒められた趣味ではない、が。
「まあ、いいよ…………。『先生』と呼ばれながらというのも、それはそれで乙だ。悪くはない」