花歩く道
「がくぽせんせ」
「うん?」
与えられた問題を解いて、見直しも済ませて、採点してもらっている最中。
真面目な顔でノートに赤ペンを閃かせるがくぽを、カイトは机にべたっと懐いた、だらしのない格好で見上げた。
「あのね、この間の休み…………街でね、せんせ見たよ」
「この間?へえ、………声を掛けてくれればよかったのに」
君ならいつでも大歓迎だよ、と。
たとえ採点の最中であっても、言ってくれる声音はやさしい。
そこに偽りがあるなんて、思わないけれど。
「…………女の子といっしょだったから。声かけたら、じゃまかなーって」
「女の子?」
ようやくノートから顔を上げてカイトへ視線をやり、がくぽは眉をひそめた。
「………まさかと思うが、言っておくよ?この間の休みというなら、いっしょにいたのは妹だからね?」
「うん。お約束」
「いや、お約束ではなく、カイト」
机にべったり懐いたまま頷くカイトに、がくぽは深くなった眉間の皺に指を当てた。
見ていたノートを机の端に置くと、自分も首を傾げて、だらしなくべったり崩れているカイトと目線を合わせる。
「証拠が必要ということ?」
「違う。いいなーって、思っただけ」
「『いいな』?」
面立ちが似ていたし、がくぽの態度からも、おそらくそんな関係だろうなとは、うすうすわかっていた。
だから思ったのは、裏切られたということではなく。
兄妹仲は、良好なのだろう。
女の子が無邪気に笑って腕に組みついて、がくぽも笑ってそれを受け止めて。
いいなーと、思ったのだ。
街中、人目があろうがなんだろうが、気にすることなくがくぽといちゃいちゃできて。
いくら恋人で溺愛してもらっていても、――溺愛すればするだけ、がくぽはカイトの扱いに慎重になる。
まだ学生という、ひどく閉じられた狭い世界に生きるカイトが、少しでも酷い扱いを受けることがないように。
年上のせいだろう。家庭教師であっても、教師は教師ということもあるだろう。
がくぽは時々、カイトに対してひどく過保護で――
「……………カイト。君ね」
「うん」
お説教覚悟で、それでもべったり机に懐いたままのカイトに、体を起こしたがくぽはやさしく笑った。
手が伸びて、やわらかに髪が梳かれる。
「………今度の土日は、暇?暇ならば、少し遠出をしよう。二人で」
「遠く?」
「小旅行。…………旅の恥はかき捨てだよ、カイト。意味は覚えている?」
「………うん」
瞳を見張りながらわずかに体を起こしたカイトに、がくぽは肩を竦めた。
「今はこれが精いっぱい。…………焦らなくていいんだよ、カイト。そのうち君が卒業したら、どこであろうとべったりくっついて、私の恋人として連れ歩いてやるつもりなんだから」