カイトは大袈裟な身振りで落胆を表し、殊更に大きなため息をこぼした。
「神威くん。せんせーは、かなしーです」
ブラザー・サン&シスター・サン
「み、名字呼びっ?!」
いつもいつも、甘ったるい声で『がくぽ』と、下の名前で呼ぶのがカイトだ。
ひしひしと迫る嫌な予感に、がくぽは椅子の上で固まった。
その傍らの椅子に座ったカイトは、べたっと机に懐いてがくぽを見上げる。
「おとといの、夕方ね。街中に出かけたんだけど。そこで、がくぽが女の子と抱き合ってるの、見ちゃった」
「んなっ?!」
そんなわけはない、人違いだ、濡れ衣だ――
身を乗り出して叫ぼうとして、がくぽははっとした。
おとといの夕方で、街中といえば。
「あ、あれはっ!!あれは、クラスメイトですっ!ただのクラスメイト!!彼女が転びそうになったから、支えただけでっ!!」
完全に誤解だ。
普段、あまり親しくしていない女子生徒に声を掛けられて、話があると深刻な顔で言われた。
告白という雰囲気でもなく、学校だとしづらい話だからとも言われたので、街中のファストフード店に向かっている途中――
「うん、妹ね」
「違いますってば!!クラスメイトっ!っえ?!」
「い・も・う・と」
話が通じないと一瞬金切り声になったがくぽだったが、切れ長の瞳を丸くして、机に懐くカイトを見た。
カイトは人差し指を立てて、ちょんちょんと自分を示している。
つまり件の彼女は、この家庭教師の、――『妹』だと。
「名字違うのは、俺が戸籍上だけ、父方の祖母の家に養子に入ってるから。実妹です。俺が大学入って家出るまでは、一つ屋根の下で暮らしてました」
「ぅ、え、あ………っ」
重なる衝撃に言葉にならなくなったがくぽに、カイトは深いため息をついた。机に懐いたまま、瞼を下ろす。
「もぉね……………『あんなよくわかんないロン毛野郎なんて絶対だめよおにぃちゃんっ!!ミクが目を覚まさせて上げるわっ!!』とかなんとか息巻いてた子がですよ。ころっと意見変えちゃって」
「え?え、ちょ、………え?先生?カイト先生?」
聞き捨てならないことをさらさらと言われ、がくぽは別の意味で固まる。
マイウェイを突っ走ること、誰の追随も赦さない年上の恋人はいつものごとくに、構ってくれなかった。どころか、恨みがましげにうっすら開いた瞳で、がくぽを見る。
「『おにぃちゃんが好きになるのもわかるわぁ、あの胸筋!もろおにぃちゃんの好みだもんね!!しょーがないからミクは、涙を呑んで二人を認めて上げるっ!!いやーん、うっとりーっっ』ってなもんや三度笠」
「ちょ、先生…………待って、待ってください、先生、カイト先生っ!!」
件の夕方は、そう、意味のわからない終わり方をしたのだ。
転びかけた彼女を支えてあげた後、急にあやふやなことを言い出されて、なにがなにやらと戸惑っているうちに、サヨナラ――
つまり彼女の用件は、兄である家庭教師とならぬ仲となっている男のクラスメイトに、物申すこと。
しかしなにかしら、感じ入ってしまった彼女は方針転換し、二人を応援――
「先生…………っ?!!」
引きつるがくぽに、カイトは深いため息をつき、恨みがましい目を向けた。
「もー。俺どころか、俺の妹までオトすとか。兄妹揃って手玉に取るなんて、神威くんの罪深さが、せんせーはとってもかなしーです、まる」