授業の初めにカイトが提出した宿題ノートに赤ペンでチェックを入れつつ、がくぽの眉間には皺が寄った。
ページが進むほどに、その皺は深く強く刻まれ――
ばぶりー・らぶりー
「………うん。パーフェクトだ、カイト。ハナマルだよ」
「ふわっ、ほんとっ?!やったぁ!!」
最後の問題に、半ば自棄気味に『ハナマル』を書いたがくぽに、隣に座り、息を詰めて結果を待っていたカイトは嬉声を上げた。椅子の上で足をばたばたとさせて、全身で喜びをあらわにする。
親身になって教えた成果がこうして出ることは、家庭教師であるがくぽにとっても嬉しい。――本来は。
しかし。
「とはいえ少し、『やり過ぎ』だよ、カイト……」
はしゃぐカイトに対し、がくぽは笑んではいるものの、微妙に苦い顔だ。
前回出しておいた宿題を、カイトはノーミスでクリアした。これだけなら、いい。がくぽも、共に喜ぶ。
だが、カイトは今日やる予定だったところまで自主的に手を出し、こちらもノーミスでクリアした。
「………『私』は君に、本当に必要なのかな、っと!」
「せんせっ!がくぽせんせっ!ごほーび!ごほーび!!」
無為な物思いに耽りかけたところで、喜び余ったカイトがどかんと勢いよく、抱きついてきた。
「ね、せんせ。俺、がんばったでしょ?ごほーび、上げたくなったよね?ね?だから、ごほーび………」
「ああ、うん。とてもがんばったね、カイト。いい子だ………」
大きな目をきらきらと輝かせ、カイトは無邪気に強請ってくる。
がくぽは苦笑すると、隣の椅子に座ったまましがみついているカイトを己の膝に招いた。うっすらと開いて待つくちびるに、やわらかく吸いつく。
「ん………っ」
期待にぶるりと震えた体を、がくぽはきつく抱きしめた。くちびるを甘噛みしながらちゅくちゅくとしゃぶり、焦れたカイトが突き出した舌と舌をとろりと絡めて吸い上げる。
「んん、ふぁ………んぅ」
ややしてカイトの体から力が抜け、くたんと凭れてきたところで、がくぽはようやくキスを解いた。
やり過ぎた。兆した不安の分だけ、せめても『恋人』としてはと、焦って――
今日は家庭教師として、訪れたのだ。つまり、仕事だ。恋人として訪れたわけではない。
「さあ、カイト。ご褒美も上げたし、そろそろ……」
「やだ。今日はも、べんきょ、しない」
「カイト」
素知らぬ風情で体を引き離し、『仕事』に戻ろうとしたがくぽに、カイトはきゅうっと縋りつき、舌足らずながらも強情な風情で言った。
熱を含んで潤む瞳を上げると、同時に恋人でもある家庭教師を懸命に見つめる。
「せんせに、いっぱいいっぱいヨロコんでもらって、俺にごほーびいっぱいいっぱい上げちゃって、おべんきょ、ちょっと忘れちゃってもだいじょーぶなように、すっごくすっごく、がんばったんだから………!」
「………ん?カイト………?」
なにかしら、文章がおかしい。ような気がする。
カイトはたまたま興が乗ったから勉強を頑張ったわけではなく、今、うっかりと煽られた体が辛いからだけでもなく、そもそもが非常に明確な目的があって『やり過ぎた』、と――
真意を図るようにじっと見つめるがくぽに、カイトは顔を寄せると、鼻の頭にちゅっと、音を立ててキスした。
「たんじょーび、おめでと、がくぽせんせ……」
「………………………………………………………………………………は?」
「ぅー………っ」
――非常に間抜けな切り返しをやったがくぽに、カイトは拗ねたようにぷいと横を向いた。
羞恥に全身の肌を朱に染めながら、自分の襟に指をかける。くいと引っ張って誘う仕種をすると、横目にがくぽを見た。
「今日分、もう、終わってるんだもん………『ごほーび』、すっごくいっぱいしても、べんきょー遅れるとか、気にしなくて、いいでしょ?………だから、…………『ちょうだい』、せんせ?」