「ちゃらららららーん♪」
「え?カイト先生?」
がくぽの部屋を訪れた家庭教師は、勉強を始めることなく、鞄から唐突に紐を取り出した。それも、非常に胡散臭い効果音付きで。
バリュアブル・プライシーズ
きれいな青色の紐だった。プレゼントの梱包用などに使われる光沢のある生地で、多少太めだ。
しかし訪れるやいなや、怪しい効果音とともに意味深に取り出す理由が、まったく不明だ。
今日はなにを始める気だと、微妙な諦念とともに見つめる生徒の前で、カイトはねこの仔よろしく、自分の首にほんわりと紐を巻いて結んだ。リボン結びだ。
そして、椅子に座ったまま大人しく待機していたがくぽの隣――ではなく、膝元にちょこりと座る。
懐くように膝に凭れて手を添えると、年下の恋人をにっこり笑って見上げた。
「誕生日おめでと、がくぽ!プレゼントは、お・れ☆だよ♪」
きらきらばっちんとウインクを飛ばして言うと、カイトは色気もなにもなく、「なーはははは!」と大笑した。
「なぁあんちゃって!まぢだけど!だってお金ないし!でも、なぁあんちゃって!!」
我ながらあほなアイディアだとけたけた笑うカイトに、がくぽはことりと首を傾げた。
ほんのわずかに考え込む間があり、ややして上半身だけを捻っていた姿勢を正すと、きちんとカイトと相対する。
「カイト先生。いえ、――始音カイト先生。お気持ちはうれしいんですが」
「うっわキタコレ、名字呼び通り越したフルネーム呼びっ!やっぱなー……」
――普段は、堅苦しいのは嫌だというカイトの求めるまま、下の名前で呼ぶがくぽだ。それが名字で呼ぶときというのは、相当に思うことがある。さらにフルネームで呼ぶとなれば、かなりの。
端的に言って、お説教モード。
いつもだと、これをやられたら完璧に逃げ腰になるカイトだが、今日は違った。覚悟していたからだ。
家庭教師と生徒という枠を超え、恋人同士でもある二人だ。
が、それはそれのこれはこれで、生真面目ながくぽがこの手の『お約束』を苦手としていることをわかっていて、カイトはあえてやったのだ。
年下の恋人をからかうことを至上の悦びとしているからでもあるし、実際、お金がないからプレゼントらしいプレゼントも、お祝いらしいお祝いもしてあげられないし、ギャグに紛れさせつつ体で――と。
ついでに、説教したいと言うなら大人しく聞いてやりもするさ今日は、と。
微妙に方向性を間違っているうえ、自棄含みだ。しかし並々ならぬ愛情具合でもある。
諸々思惑はあれ、神妙な拝聴姿勢となったカイトに、がくぽはきっぱりと言った。
「確かに今日は、俺の誕生日ですが――俺はまだ、十八歳になっていないので、カイト先生を貰えません」
「…………………はい?」
きっぱり言ったが、――きっぱりと、言われたが。
きょとんぱちくりとするだけのカイトに、がくぽはあくまでも生真面目で、誠実な態度だった。
「日本における婚姻可能年齢は、十八歳からでしょう。もちろん、十八歳になったら、俺から改めて先生に申し込むつもりでしたけど、だから今のお申し出は非常にうれしかったんですが、しかし残念ながら今年はまだ、……」
「ああうん、いやいや、がくぽ?!ちょっと、あの、まさか………ええと!」
きぱきぱはきはきと迷いもなく述べる教え子に、カイトは一瞬、言葉を失くした。ぱかっと口を開け、間抜けそのものの風情でがくぽに見入る。
救いようもなく、どこまでも生真面目で誠実で、――本気だ。
カイトはそろそろと片手を上げると、非常に珍しくも、頭痛を堪えるかのように眉間に当てた。くちびるから、小さなため息がこぼれる
「あのね、がくぽ……それこそ、『オキモチハウレシインデスガ』。ええと、うんまあ、専門外っちゃ、専門外なんだけど――それでもたぶん、俺の方が詳しいんじゃないかって、気がするしね………。ってわけで、がくぽ。今日はこれから、お誕生日特別カリキュラムとして、日本の法律について、勉強しよっか?」