学生にとって年に数回ある、滅びればいい学校イベント、堂々のナンバーワン。
殿堂入りも果たしたのに、一向に滅びないイベントはその名も高き――
Pre Honeymoon
「次の定期テストね、がくぽ」
「はい」
一通り勉強も終わり、片付けに入っていたがくぽはカイトが指差すまま、カレンダーに目をやった。
今週は予習復習が主だったが、来週からの授業はテスト対策に入るだろう。
むむむん、と難しい顔でカレンダーの予定とにらめっこするカイトは、その表情まま、がくぽを見た。
「成績落としたら、キス禁止ね」
「はい。………………っはぃいっ?!!!」
つい、反射で素直に頷いてしまったがくぽだったが、そうそう簡単に流せる内容ではなかった。
驚きに椅子から腰を浮かせたがくぽに、だらしなく机に懐いた家庭教師のほうは、にんまりと笑う。
「だってがくぽ、いい成績取ったらご褒美上げるって言っても、そんなものいりませんって言うじゃない。でもせんせとしてはなにかしら、生徒に発破掛けたいの」
「だ、だからって……………っっ!!!」
「ま、とはいえ、罰だけじゃかえって、モチベ落ちるよね」
慌てるがくぽにまったく構わず、カイトは人差し指を立てると、自分のくちびるに当てた。
「成績上がったら、次の連休、ふたりっきりで旅行、行こ」
「っっ!!!」
椅子から腰を浮かせたまま、がくぽは目を丸くする。
相変わらず机に懐いて起き上がる気配のないカイトのほうは、目元をうっすら染めて、そんな生徒を見つめた。
「しっとりぽわわん、温泉宿二泊三日の旅☆」
「……………って、言いますけど、カイト先生、お金ないって、口癖」
「ぬっふ!!」
喘ぎ喘ぎ訊いたがくぽに、それまでのしっとりした気配をあっさり消し去り、カイトは怪しく笑った。
体を起こすと、不自然な姿勢で固まっているがくぽに明るくウインクを飛ばす。
「この間、商店街の福引で、温泉旅行のタダ券当てちゃったー☆だから宿泊費タダ♪交通費は掛かるけど、近場だから無問題!」
「ぅ、あ…………あ、せんせ」
「でも期間限定なんだよね。次の連休が、行けるぎりぎりの範囲。ペア宿泊券だから、家族に上げてもケンカになるけど、俺ひとり?誰か誘って?さて、だ・れ・を?→もっちろん、まいらぶらぶだーりん:神威がくぽくーん☆」
性悪に述べ立てたカイトは殊更に上目遣いとなると、かわいい教え子をじっと見た。
「婚前旅行。…………………なーんちゃってぇっ!!」
なははっと色気もなく大笑いするカイトに、がくぽはがっくりと椅子に頽れた。
べたっと机に懐くと、恨みがましくカイトを睨み上げる。
「先生………………今ので、勉強したことすべて、吹っ飛びました………………」
「………………あれ?」
「興奮し過ぎて、しばらく眠れる気がしません……罠ですか………罠なんですか………俺の若さと経験値の低さを、舐めないでもらえませんか……」
「………………あれま」
詰られて、目を丸くしたカイトは軽く天を仰ぎ、ややして肩を竦めた。
「しょーがないね、がくぽ…………とりあえず、眠れる『おまじない』をして上げる。………あとは、そうだな。今日吹っ飛んだ分が戻ってくるまで、泊まりがけで教えようか、俺?」