「ねっ、せんせ!こっから、お日さま見えるの?!」
ぱたたっと部屋の中に走りこんだカイトが、まるでお日さまそのもののようにきらきらと輝く表情で振り返る。
謀略マンチ・キャットと栄光の夜明け-01-
カイトが指差す窓の外は、まだ暗い。真闇の中に、ネオンや諸々の明かりが星のようにふわふわと浮いている状態だ。
暗闇に閉じられた窓は鏡となって、きらきら輝くカイトをぼんやりと映す。
時刻は、丑三つ時――
「ああ。そのはずだよ」
キッチンに立って、下準備しておいた温かい飲み物を手早く仕上げつつ、がくぽは答えた。はしゃぐカイトをちらりと見やり、くちびるが無意識の苦笑に歪む。
いつもいつも明るい子だが、今夜は格別だ。
そうでなくとも無邪気で幼顔でと、年よりかなり幼く見えるカイトだが、今はまるきり『子供』だ。そんなことを言えば、リスのようにぷっくりと頬を膨らませて抗議するだろうが――
カフェオレを淹れたマグカップ二つに、カイト用にと買っておいたクッキーを小皿に三枚ほど出して盆に載せ、がくぽは居室に入った。暗闇の向こう、まだ当分は昇らぬ陽を透かし見ようと目をこらすカイトを眺めつつ、テーブルに盆を置いてソファに座る。
「カイト、おいで。冷えただろう?温かいものを淹れたから………」
「せんせは?冷えたの?寒い?!」
「っとと………」
ぱたぱたと駆け寄って来たカイトが、勢いままにがくぽに飛びつく。
出会った当初と比べれば大きくなったとはいえ、がくぽは未だに苦もなくカイトを受け止める。
が、それも飛びつかれる角度と姿勢による。あとは、――気分。
飛びついたカイトに押されるまま、がくぽはソファの上で軽く体を倒した。うまく誘導してカイトを腰に跨らせ、わずかに下となる。
見上げる角度となっても幼い恋人に、くちびるが微妙な笑みに歪んだ。
「ね、せんせ、がくぽせんせ。寒い?冷えた?」
「まあ、………ひと並にはね。ずいぶん長いこと、真冬の深夜に外を歩き回ったわけだし」
「んへっ!」
肩を竦めて答えたがくぽに、なぜかカイトは非常に得意そうに笑った。うっかり見惚れた年上のコイビトに、無邪気な子供そのもののしぐさで、きゅううっと抱きつく。
すりりと首筋に擦りついて、くちびるからはあえかな吐息がこぼれた。
「今年はぜったい、去年よりずっとずっといい年だよ、せんせ。だってせんせといっしょに年越しできて、初詣に行って………これからいっしょに、初日の出も見るんだもん。すっごくすっごくすっごくすっごく、すーーーーーーっっっっごく、いい年………」
「………そうだね」
甘くこぼされる言葉に、がくぽも頷きながらカイトの体に手を回した。力加減に気をつけつつ、そっと抱きしめる。
友達に誘われた、除夜の鐘を聞きながら初詣に行き~初日の出まで見て帰宅するという、昨今の学生にはよくある年越しツアーへの参加を、親に禁じられた、と――
ぶすくれたカイトががくぽに告げたのは、年の最後の授業の日だった。
いくら勝手知ったる友人とであっても、そしていくら年越しという、特別な『夜』であったとしても、子供だけで深夜の外出など認められないという親と、家庭教師であるがくぽが訪れるまで、ずっと喧々諤々とやり合っていたらしい。
――過保護なんだよ。俺だってもう、そんなに子供じゃないのに!
ぷっくり頬を膨らませてとげとげと吐き出すカイトは、自覚どうあれ、コドモにしか見えなかった。
拗ねきったお子様をこれ以上刺激したくはないものの、どうしても苦笑を禁じえなかったがくぽだが、そのときにふと、思いついた。
――『子供だけ』だから、だめなんだよね、カイト?ところで君の御両親にとって、私は『子供』かな。『大人』かな?
突発的な思いつきではあったが、実のところ、狙っていた面もある。そのうちに、カイトがもう少し大きくなったらと、時期を見ていただけだ。
友人から誘われるなら、それこそ『適齢期』に入ったという証。
そして折よく話題が振られたなら、これが好機ということだ。
がくぽはその日のうちにカイトの両親と話をつけ、深夜にご子息を連れ出し、朝帰りさせる許可を取り付けた。
――まあ、表現に多少の語弊はあるが、要約すれば、そういうことだ。
がくぽはカイトの家庭教師であり、カイトはがくぽの生徒だが、それだけの関係ではない。
友人との年越しツアーがだめになって拗ねきっていたカイトだが、釣れたのはより以上に願ってもない、大好きな『がくぽせんせ』との『年越しデート』だ。
最後の授業の日に別れるときもそうだったが、がくぽが家に迎えに行ったときからずっと、はしゃいできらきらに輝き、眩しい。
除夜の鐘を聞きながら初詣に向かう最中も、年越しのカウントダウンをしているときも、学問の神様に初詣を済ませ、初日の出を見るためにがくぽの部屋へ来ても――
「ねっ、ねっ、せんせ、がくぽせんせ………寒くて冷えたなら、俺のこと、ぎゅうってしていいよ?ぎゅううって、くっついたらあったかいし………それに、ほら。俺今日、せんせが前、すっごく手触りがよくって気持ちいいって言ってた、………ええっと、かしみ、あ?……着てきたし!」
「疑問形なのか、カイト?」
思わず苦笑をこぼしつつ、カイトを抱くがくぽの手には確かに力が込められた。
今日のカイトは、黒いウール地のパンツにやわらかな風合いの生成りのシャツを合わせ、さらに防寒として、パーカを羽織っていた。
このパーカは、去年のカイトの誕生日に、彼の祖母が贈ったカシミヤ製のものだ。
使われているカシミヤは、ピンからキリまである中でも、非常に上質なものらしい。手触りの良さが、格別だ。
そのうえ、オフホワイトをメイン色に用いたことといい、パーカというカジュアルな作りではあっても、デザインすべてが洗練されて落ち着いた、上品なものだ。
幼顔と稚気溢れる言動で、どうしても年より幼く見えがちなカイトですら、これを羽織るだけで大人びた色香を纏う。
大人と子供の境界にいる孫への、祖母の愛情と思いやりがわかるひと品だ。もしくは、いつまで経っても子供臭い孫に対する、微妙な焦り具合が。
「ね、だから………俺のこと、ぎゅーってしたらせんせ、あったかいし………手も、気持ちいいし………ね?いっぱい、さわっていいよ………?」
「カイト………………」
がくぽは抱きしめる態でカイトの肩に顔を埋め、どうしても歪む表情をなんとか誤魔化した。
お子が悩ましいのは、なにも彼の祖母だけの話ではない。
カイトの言う『さわって』は、ごく素直に、字義通りの意味だろう。手触りがいいと、ずっと触っていたくなると、がくぽが以前に絶賛したカシミヤを、存分に堪能してよいと。
だが、カイトを抱いているのはコイビトで、コイビトの方はカイトと違い、心身とも完全にオトナなのだ。
コイビトから甘く蕩ける声で、『さわって』と熱っぽくささやかれたなら、必ず言外に含まれる意味がある。裏を読まずにいればかえって、甲斐性がないと詰られる。
年の差は確かにあれ、驚くほどの年齢差はない二人だ。しかしある意味でこの年代では、一歳であってすら、大きな隔たりだ。
抱きしめて密着し、これ以上なく近い場所にいるはずなのに、ひどく遠いところにいるコイビト――
「ん、せんせ………ぁ」
「カイト……」
抱きしめられるばかりでなく、自分からもきゅっと擦りついてきたカイトのしぐさに、がくぽは堪え切れずに顔を上げた。
信頼しきった瞳を向けるカイトから微妙に焦点をずらし、仄かに開いたくちびるにくちびるを重ねる。
肌に無頓着な男の子らしく、この時期のカイトのくちびるは少しばかりかさついて、触れた瞬間は棘の感触だ。そこに唾液を含ませ、甘噛みしてと、辛抱強く愛撫を施してやると、離れるころには潤んでぽってりと膨らみ、紅を塗ったように色めくくちびるに変わる。もちろん棘の感触はなりを潜め、やわらかでしっとりとした、上質な触り心地だ。
それこそ、もう二度と離したくないほどに。
「ん、ぁ、は………っ、ぁ、んんっ、………せんせ、………っ」
「これも気持ちいいけれどね。………私はもっと手触りがよくて、ずっと触れていたいものを、知っているよ、カイト」
「ぁ、え………?」
ずっと愛していたいくちびるを懸命の努力で離し、がくぽは赤く染まるカイトの耳朶を含んだ。熱を持ちだしているものの、まだひんやりとした感触だ。しかし肌のなめらかさは極上で、場合を忘れて食んでいそうになる。
「ぁ、あ、せんせ………っ」
耳朶に絡めて嬲る舌先に覚えるのは、仄かな甘みだ。人間の肌なので塩気もあるはずだが、あまり感じない。興奮から強く立ち昇り始めたカイトの体臭とともに、がくぽの思考と理性をどろどろに溶かす。
弱点を舐めしゃぶられ、甘く啼くカイトの声に目を細めつつ、がくぽはそっと抱く手を滑らせた。細い腰を撫でると、カシミヤと生成りのシャツをわずかにまくり上げ、隠されてぬくもりを守る肌に直接手を這わせる。
「ぁっ、ひゃぅっ……っ」
まだ少し、がくぽの手は冷たすぎたらしい。熱を灯す肌にひんやりとしたものが這い、カイトはびくりと竦んで腰を跳ね上げた。
反射で逃げかける体をソファに転がして押さえこむと、がくぽはさらにカイトの服の中へと手を滑らせる。
「ほら、………堪らない、カイト。気持ちいい………」
「ぁ、あ……せん……がくぽ、せんせ………っ」
「君の肌に勝るものを、私は知らないよ、カイト?温かくて、吸いつくようで………甘く香って、一度触れたならもう、離れられない以上に、離したくない」
「っふっ、あ、………っぁ、せんせ……っ」
奥まで手を差し込み、がくぽは薄っぺらで骨の浮くようなカイトの胸をやわらかに撫でた。隠されて見えないものを探り、指先に引っかかった、ころんとした突起をつまむ。
知らず、がくぽはくちびるを舐めていた。
吸ってもしゃぶってもなにも出てこない場所だが、硬さも大きさも、そして肌の質感も、舌で転がしてこのうえない愉悦を覚える。
つんと立った尖端は、初めは清純そのもの、綻びたての花のような色をしている。しかしがくぽがしつこく咥えしゃぶってやると、やがて朱を刷いて、白い肌の上にぷくんと存在を浮かせるようになるのだ。
思い出すだけでも涎が出そうな、淫猥極まる光景――
「君の肌以上に心地いいものがあるなら、是非にも知りたいが………」
「っぁ、せん、せ………っ、ぁ、あんん……っ」
服の下で弄ぶものを透かし見るように目を細めつつ、がくぽは熱を増していく肌を撫で辿る。入れた当初は温度差があって身を竦めたカイトだが、触れたままの手にはすでに温度が移って、違和感がない。
融け合うような心地を覚えながら、がくぽは名残惜しく服の中から手を出した。けれどそれ以上離れることはなく、辿ってカイトの足の際を撫でる。
未だウール地のパンツに守られながら、カイトが募らせる興奮と快楽を如実に表す場所をゆっくりと掴んで、揉みこんだ。
「ゃっ、め………っ、せんせ、そこ………っ」
「こことか、ね、カイト………君の肌の中でも、特にやわらかくて、敏感で………熱くて、とろとろで、………ああ、もう、是非にも直接触りたいよ、カイト………触っていいかい?いいよね?」
「っぁ、ひ、……っ、せん、……がくぽ、せんせ………っあ………っ」
服地の上から揉みしだかれて、カイトはぶるりと震えてがくぽにしがみついた。
「せん、せ………ぇ………っんくっ」
「っ、………っ」
がくぽの耳朶に吹き込まれた声は、嬌声というより泣き声に近かった。しがみつく力は、救いを求めて縋りつくのに似ている。密着した体はぷるぷると震えて、捕食獣を前にしたうさぎのようだ。
愛らしい恋人と二人きりで過ごせる夜に溺れかけだったがくぽだが、はたと我に返った。
大人の流儀まま、組み敷いて、思うさまに貪ろうとしていた体を改めて見る。
出会った当初から比べれば、大きくなった。これが初めてでもない。
そうだとしても、カイトはまだ――