ロズウェラ・モーヴ-02-
「え………って、先生、ここっ」
「まあいいからいいから、細かいこと気にしないの、若いんだし」
「いえあの先生っ!」
若いとかそういう問題ではない。大いに気にしたい。
がくぽの家の、近所の公園だ。木立の中に紛れたが、完全に姿が隠れるほどの密度ではない。
近くに常夜灯もあって、仄かに景色が照らし出されている。
ごく間近にまで来なければ誰彼の特定は出来ないとしても、シルエットは見える――もちろん、なにをしているかということも、おそらくそれなりに。
慌てるがくぽにも、カイトは一向に構わなかった。
「あー、開襟シャツ着てくればよかった。Tシャツだと、脱ぎ着めんどいわぁ………いいやもう、捲り上げれば。いいよね、がくぽ?」
「いえあの先生、俺の話を、ちょっとかなりものすごく聞いてあげて欲しいんですがっ!」
「ね、がくぽ………この間、俺の弱いとこ、教えて上げたでしょ?覚えてる?」
「はい。覚えて………いえあの、先生、カイトせん………っ」
――がくぽが懸命に理性を発揮しようとしているのに、オトナのほうがさっぱり協力してくれない。
シャツの裾を捲り上げて肌を露出したカイトは、意味もなく辺りを見回すがくぽの頭を抱き寄せる。
夜闇の中、常夜灯の下だとさらにぬめるように白さが増す、カイトの肌だ。
弱いところなら、教えてもらった。どこも好きだけど、ここが好き、と――
物覚えがいいせいだけでなく、がくぽははっきり鮮明に覚えている。
言った瞬間の、カイトの表情、声音、染まる肌の色。
そしてなにより――
「ね、がくぽ…………舐めて?吸って………ちょっとなら、咬んでもいいから…………俺のおっぱい、赤ちゃんみたいに、ちゅっちゅして………」
「………っ」
裏返って悲鳴のようながくぽの声とは対照的に、カイトの声はすでに熱と艶を含んで潤んでいる。
とろりと蕩ける蜜を、耳朶から脳に流し込まれているようだ。
がくぽはくらくらと眩暈に襲われながら、招かれるままにカイトの胸にくちびるを寄せた。
「ぁんっ」
「っっ」
ちゅく、と軽く吸っただけで、カイトのくちびるからは高い悲鳴がこぼれる。
がくぽはびくりと竦んだが、カイトの手によって胸に抱きこまれている。もちろん、その気になれば跳ね除けられるが、――
舌に覚えた、カイトの肌の味。
甘みと、人の肌らしい、ほのかな塩味。それらが、ことことと忙しなく鳴り響く心臓の音とともに、ぬくもりを持ってがくぽの舌を離さない。
「…………っふ………っ」
ほとんど地面に頽れそうなほどに震えながら、がくぽはカイトの肩に縋るように手を置いた。そうやって、緊張に強張る舌で懸命に、カイトの胸を舐める。
「………っぁ、…ん、ん…………っぅ、ふ…………っぁ………ぁう………っっ」
「んん………っ」
ちゅっちゅと、胸を舐めしゃぶるたびに上がる音はあえかだ。しかし夜の住宅街、その公園ともなると、静けさは耳が痛いほど。
たとえあえかな音でも、ひどく響いて聞こえる。
ひどく響くといえば、自分の鼓動の音だ――まるで暴走族の立てる爆音のように、頭の中に響く。音が大きすぎて、頭も心臓も痛い。眩暈が止まらない。
すでに酸欠を起こしかけているがくぽの頭を抱いて、カイトはとろりと甘い嬌声を上げている。
経験豊富とは言わないが、生来の気質もあって、さまざまなところでがくぽを弄り倒し、からかって反省もない相手だ。
外で、などというこの状況に、まじめっこのがくぽが卒倒しかけていることも――
「ん?………」
何度目か、こりっと尖ったものをちゅっと音を立てて啜ったところで、がくぽは眉を跳ね上げた。
縋るようにカイトに添えていた手に、わずかに力を込める。
「…………」
「………ぁ、は…………ふぅ…………っ」
がくぽは顔は大きく上げないまま、わずかに上目になって、カイトの表情を確かめた。
きゅっと眉を寄せて、どこか泣きそうにも見える。怯えているような、恐れているような。
声は甘いが、懸命に抑えこまれて小さく、掠れている。
なによりも、体――弱いところを嬲られているというだけに因らず、かたかたと微細に震えている。
響く鼓動は、がくぽに負けず劣らず速い。
「…………ぁ、が、くぽ…………?」
「…………っ」
動きの止まったがくぽに、カイトは訝しげに首を傾げた。
見下ろす瞳、その瞼すらも、震えている――
がくぽはごくりと唾液を飲み込んだ。
また、遊ばれているのだと思っていた。
経験が浅いがくぽをからかい、弄ぶことが、年上の恋人が至上の愉しみとすることのひとつだ。
趣味は悪いし気分も良くないが、年の差があるとはそういうことだろう。
カイトは頻繁に、がくぽを『かわいい』と評する。身長も体重もとうに追い越して、カイトをベッドに組み伏せるようになっても。
――がくぽのこと、かわいいかわいいって、こねくり回して甘やかして上げたいなって思ったから、付き合うことにしたんだよ♪
冗談半分に言い聞かせられる、付き合うことにした理由。
おそらく本音は、『こねくり回したい』のほう。
『甘やかしたい』は、気が向いたときのおまけ、付属だろうと――
『えっちがしたい』と言い出したのは、がくぽだ。
できないと言われて、その理由も、がくぽには納得できるものだった。
だからがくぽとしては、それで終わったつもりだったのだ。
けれど、滅多におねだりを――それも、ことこういうことに関するおねだりを赤裸々にはしないがくぽが、ぼろりとこぼした。
その事実を考えて、カイトはがくぽを『甘やかす』ことにしてくれたのだ。推測だが、確信がある。
そもそも、ちょっと考えればわかる。
どこの片田舎でもあるまいし、カイトの家の近所にもコンビニはあるのだ。それも、馴染みで行きつけの。
きちんと道順を訊いて、それでも迷いそうなのが、がくぽの家の近所のコンビニ――つまり、馴染みではない。なにがあるかないか、それすらもわからないのだ。
もしかしたら必要とするものが買えず、完全なる徒労に終わるかもしれない。
どうして夜遅くに、そうまで苦労して新規のコンビニを開拓する必要があるだろう。
ましてや、年下の少年であり、生徒であるがくぽを連れ出してまで。
初めから、カイトはがくぽを『甘やかして』くれるつもりで、適当な口実で外に連れ出したのだ。
男二人で入れるようなホテルが近場にあるわけではないし、金銭的理由もある。
そんなこんなの苦肉の策で、公園に。
外でするなどという普通ではないことに、慣れているわけではない。
このスリルを心底から愉しんでいるわけでも、怯えるがくぽに悦に入っているわけでも、ない。
ただひたすらに、年下の恋人を――
「か、カイト先生…………っっ!!」
想いが突き上げて堪えきれず、がくぽは縋るようだったカイトにがっしりと組み付いた。