カイトがコンビニで買ったものの内訳は、こうだ。

ローション、コンドーム、後始末用のウェットティッシュに、ペットボトルの水。

すべて、がくぽと『する』ための下準備。

ロズウェラ・モーヴ-04-

ベンチに座ったカイトとの間にコンビニの袋を置いたがくぽは、微妙な視線をぐったりしている相手に投げた。

「始音先生。…………食べ物は?」

「お願い、今名字呼びヤメて。勘弁して赦して容赦して。本気でキツい」

挿入自体は一度のことだが、激しい一度だった。

容赦なく攻められたカイトはすぐには帰宅の途につけず、傍のベンチにとりあえずぐったりとへたりこんでいる、現状。

そもそも、あまり体力がない。元はと言えば自業自得、普段の生活がいい加減なせいだが。

がくぽといえば、自分を甘やかすために無理をしてくれたことはわかるので、素直に口を噤んだ。

俯いて、微妙に撚れたコンビニの袋を見つめる。

「…………………じゃあ、言い方を変えます。…………始音先生、夕飯は?」

「どんだけ鬼なの、がくぽ…………っ」

普段、堅苦しくて嫌だというカイトが請うまま、下の名前に『先生』を付けて呼ぶのが、がくぽだ。

それがわざわざ名字で呼ぶときというのは、それなりに物思うことがある。

主に、お説教モード。

年下とはいえ、まじめっこで常識的ながくぽだ。お説教の中身は、ひどくまっとう。反論も気が引けるほどに、正論。

大体において、いい加減さと奔放さと自由さのあまり、非常識を極めているカイトだ。まっとうなことを言われると、より以上に反論がないから弱い。

体力の限界でぐったりさんを極めている現在、決して相手にしたくない。

「だって、先生。そもそも一度のことで、そんなにぐったり疲れきってしまうというのはですね」

「一度ツッコんだるぞ、お子」

「…………」

懲りずにお説教を始めようとした『お子』を、カイトは脅迫で黙らせた。卑怯なオトナだ。

瞳を見開きつつわずかに身を引いたがくぽは、そっと顔を背けると、俯く。

「………先生ならべ」

「傷みそうな気がしたんだよねっ!!」

なにかしら口走りそうながくぽの機先を制して、カイトは声を張り上げた。

まじめっこの溺愛は、時として遊び人の溺愛より怖い。加減を知らない分、無意識に追い詰めてくれる。自覚がないから、止めようもない性質の悪さ。

「時間が時間だし、どれくらい掛かるか、正直目算もなかったし。傷んだら、そうでなくてもヤバい俺のおなかが、トイレとトモダチ宣言しそうだったから」

「…………」

どうしてカイトの腹が『ヤバい』のかといえば――一応、避妊具はつけた。中には出していない。

が、それだけでどうだという問題でもないのが、男同士というものだ。

さすがに説教も反論もなく大人しく口を噤んだがくぽに、カイトは明るい笑顔を向けた。

「それにさ、まあ、この時間から考えるとだけど。着く頃にはたぶん、俺んちの近所のスーパーが、閉店間際の見切り品シールを付け出してるはずなんだよね。そっち買ったほうが、お得だし」

「はあ、………そうなんですか」

「そうなんですよ☆」

にっこり笑って締めたカイトを、がくぽはまじまじと見た。ごく純粋無邪気な表情で、首を傾げる。

「先生。つまりそれって、『もう疲れたし夜も遅いから面倒だし、しかも節約にもなるし、いいや夕飯なんか抜いちゃえ♪』――ということは、今日はしないってことですよね」

「…………………………………………………………………」

がくぽの問いに、返って来たのは沈黙だった。

純粋無邪気だったがくぽから表情が抜け落ち、能面のようになる。笑顔で固まるカイトを、完全に据わった目で睨めつけた。

「先生、どうして答えてくれないんですか、先生……始音先生………」

「ち…………っ」

「舌打ち……………」

壮絶に顔を歪めてそっぽを向いたカイトは、のみならず、行儀悪く舌打ちまでこぼす。

がくぽから顔だけでなく体ごと逸らしてベンチの背にしがみつき、かしかしと爪を咬んだ。

「外でヤりたがるヤツらの気が知れないっていうの………っいくらゴムしたってアソコがぐちぐちして気持ち悪いし、無理な体勢で腰はがくがくぎっちぎちで痛いし、季節が季節なら虫刺されは量産されるし、服は汚れるすぐに風呂に入れない中出ししてもらえな」

「…………先生」

夜の闇に沈んでいくような、どす黒いオーラを撒き散らすカイトを、がくぽは静かな声で呼んだ。

「なんざましょっ?!!」

言っている間にどんどん拗ねモードが進んだカイトは、逆ギレを起こして振り返る。

そのカイトを、がくぽはひどく静かに、生真面目な表情で見つめた。

「愛してます」

「…………………………………………………………………………へ?」

あまりに唐突にして意外な言葉に、付け焼刃なカイトの毒気がすっぱんと霧散した。

珍しいほどに間抜けな顔で見返され、がくぽはふっと上目になって、自分の発言を辿る。

なにかに気がついて、切れ長の瞳がぱっと見張られた。

「あ、間違えた」

「はまちがい?」

「すみません、ありがとうございますと言いたかったんです」

「あり…………」

くり返して、カイトは微妙な表情になった。

どちらにしても、素直には受け入れ難い言葉だ。

口をもごつかせつつも、明確な反論としての言葉が構築できないカイトに、がくぽはあくまでも生真面目な顔のままだ。

茶化してくれているならまだいいが、本気でまじめっこだ、この場合。

「年下だからって、甘やかしてもらっているなと、思って。………俺の我が儘を聞いてくださって、ありがとうございます」

礼儀正しく頭を下げたがくぽを、カイトは胡乱な表情で見た。

「………言っておくけど、がくぽ。俺、外で『した』のなんか、初めてだからね?」

「はい。それくらい愛されているんだと、実感しました」

「っアイ……アイ。……あーいあい…………。あ、……まあね、アイシテいないこともないけどね………まあ、アイ……あーいあい………このメガネザルが、あいあいあいあいあいあいあいあいと………っ」

「………」

またもやがくぽに背を向けてベンチに懐いたカイトは、ぶすくれながら意味不明な罵倒をこぼす。

単純に照れているだけだとわかっているので、がくぽは特に追及しない。

がくぽが無意識に得意とする、生真面目ゆえに重量級の、べったりした愛情表現をカイトは苦手としている。嫌いなのではない、馴染みがないだけだ。

どう対処していいかわからなくなって、混乱のあまりにぶすくれるらしい。

そういうところも好きだと考えて、がくぽは微笑んだ。

がくぽをモテアソビながら、がくぽにモテアソバレルひと。

かわいくて愛しくて――なによりも、きれいなきれいな、がくぽの恋人。

「先生」

「今度はナニっ?!!」

自棄になったように振り返ったカイトに、がくぽはこれ以上なく純粋無邪気に、にっこりと笑った。

「やっぱり、愛してます」