「ん……」
寝台に入ると、どちらからともなく口づけ、唾液を交わす。
がくぽとしては、神と人で種族が違う以上、体液の交換は避けたほうがいいとは思うが、触れてしまうとそこまでだ。
しょちぴるり
第3部-第3話
寝台に横たわったがくぽの体に、半ば乗り上がるような姿勢のカイトは、わざわざちゅるりと啜って唾液を飲みこむ。
「カイト殿」
「ん……」
呼ばれて、カイトはとろりと笑った。
その手は悪戯にがくぽの体を辿り、布の上からくすぐるように、雄の形を確かめている。
「がくぽ………なめる?それとも、すぐにいれる?」
「………」
寝る前になにかしら、体を交わすのが通例となっている最近だ。
そもそもはがくぽから、言い出した。
いっしょに寝たいと言うカイトに、抱いて寝ると欲望が募って苦しいと。
吐き出させてから眠らせてくれと。
――厚顔無恥といえば厚顔無恥な願いだが、正直なところでもある。
なにより一度その味を知ってしまった以上、もはやがくぽには、カイトを我慢することがひどく難しくなっていた。
いや、拒絶されるなら、我慢のしようもある。
少しでも嫌がる素振りを見せられれば、そこで止まる。
嫌がろうとも、それを無視して己を貫くような性質ではない。
つまりカイトには、嫌がる素振りも拒絶する気配も、まったく見えなかった。
どころか陶然と微笑んで、自ら誘うようにがくぽに触れる。嘘の得意な性質でもなし、掛け値なしに本気で――
窓を塞いでしまったので外の光は一切入らず、室内は暗闇に閉ざされている。蝋燭も灯芯も油もないので、明かりらしい明かりもない。
その暗いだけの部屋を仄かに照らすのが、修復した暖炉の熾火だ。
あまりに仄かで、慣れない人間であれば暗闇と変わらない。しかしがくぽはイクサに生きた剣士で、夜陰に乗じて動くことも多く、いわば暗闇馴れした目を持っていた。
つぶさになにもかもを見るわけにはいかなくても、あまり不自由を感じない程度には見極めがつく。
カイトが自分に向ける表情も。
窺えるカイトの表情はどこまでも、陶然と緩んでがくぽを求めている。
そうとなれば、がくぽに堪えることは至難の業以上に、不可能の業だった。
夜ごと吐き出しても、翌朝にはけろりと忘れて、再び想いを募らせる状態だ。確かに旺盛な性質ではあったが、ここまでではなかった。
おかしな言い方だが、旺盛ではあっても、淡泊。
求められれば吐き出すが、自分からは必要以上には求めないのが、がくぽの『性』というものだった。
カイトに対する求めは、過度だとか、異常だとか言われるくらいだという自覚がある。
「………あなたは、どちらが?」
「ん?おれ……?」
くちびるを撫でながら訊かれ、カイトはちろりと舌を出す。心得ているがくぽは、撫で辿っていた指をすぐさま舌に与えてくれた。
ちゅぷりと音を立ててその指をしゃぶり、カイトはがくぽの顔を窺う。
したいと乞われても、なにをどうしたい、どこまでやりたいとまでは、乞われない。
強請られることは最小限で、その中で常に、カイトがどうしたいかを最終的に問うのが、がくぽだ。
がくぽと暮らすようになってから、考えることが増えたとカイトは思う。いろいろなことを、いろいろなふうに、考えることが。
乞われるまま、願われるままに振る舞うだけだったのに、自分のことを考えて、自分がどうしたいかを見つめて、見極めて――
気がついたのは、それまでまったく、『自分』について考えたことがなかったということ。
他の誰でもない『自分』のことだというのに、知らないことがあまりに多かったということ。
一面で出来ていると思っていたわけでもないが、自分の中にある『自分』の数は、予想し得なかったほどに多岐に渡った。
見たこともない自分、自覚出来ていなかった自分――けれどすべて自分。
知ったばかりのそれらには、戸惑いと翻弄されるような思いだけが、強い。
なによりも自分の中に、正視し難い、汚いとしか思えない感情が渦巻いていることにも、気がつかざるを得なかった。
恐れて蓋をした感情は、けれどもう、そこにあることを『知って』しまった――
「ん………」
「カイト殿」
「……………ぁ」
瞳を細め、指をしゃぶることに熱中してしまったカイトに、がくぽは笑う。
指を引き抜くと、カイトの腰を殊更に抱き寄せた。
「今日は、指だけですか?」
「………でも、いーの?」
カイトの指は、兆しているがくぽの雄を悪戯に弄んでいる。こんなふうになって辛いから、吐き出させてくれというのが、がくぽの願いだ。
指だけでと言ったら、どうするのか。
問いに、がくぽは苦笑し、カイトの顎を捉えると口づけた。
「ん…………ん、ふ……ぁ」
素直に受け止めながら、カイトは自ら舌を伸ばし、がくぽの舌を招く。伝う唾液を啜って、その咽喉がこくりと音を立てた。
「ん……っふ」
「…………」
ややして離れると、カイトはくったりとしてがくぽに凭れる。熟れたくちびるを舐め、口の中の残滓をこくりこくりと飲みこんだ。
笑いながら、がくぽはカイトの髪を梳く。
「…………あなたはどうも、私の体液を啜ると発情するようですから。………したくないと言われたら、せめて口づけだけでもと誑かし、唾液を飲ませて発情させ、有耶無耶にことを進めてしまいます」
「………」
苦味の混じった言葉に、カイトはきょとりと瞳を瞬かせてがくぽを見た。
暗闇にすら、カイトの瞳は輝いて見える――いや、神の瞳だ。あるいは仄かに、光を灯している可能性もある。
がくぽはその瞳に見入りながら、くちびるを苦笑に歪めた。
「無理強いをしたくない。これは本当です。しかしあなたが欲しいと疼く。これも紛れもない本音で、――堪えがたいまでの、欲求です。加減してくれと言われるなら聞けますが、堪えてくれと言われると逃げ道を探します」
「にげみち……」
「口づけによって唾液を流し込み、あなたを強制的に発情させるとか」
「………」
きょときょとと、カイトは瞳を瞬かせてがくぽを見つめる。
その瞳に宿る光があまりに無邪気で無垢で、歪むがくぽのくちびるからは陶然とした吐息がこぼれた。
幼馴染みが常々揶揄するように、がくぽの理想は有り得ない高さで、そんな相手は存在しようがないと、自分でも半ばわかっていた。
それでも譲れない、業の深さも。
だというのに、ここにこうして、自分の腕の中に奇跡がいる。
――奇跡も当たり前かもしれない、神という存在。
その奇跡は、僥倖にもがくぽを望んでくれて、心も体も開いてくれる。
諦めきっていただけに募る想いは強く、脊髄に叩きこまれた剣士としての心得も、へし折りそうになる。
おそらく本当にカイトが嫌だといえば、堪えるだろう。
あがいてみる妄想こそするが、現実となったときには従容と頭を下げて、拝命するだけだ。
問われるならば、答える。
欲しいから、誑かすこともすると。
紛れもない本音で、そこに嘘はない。
嘘はないが同時に、最大の嘘だ。
相手の意向を無視してまで、押し通せる己を持っていない――持っているのは、押し通すことの出来ない己だ。
「………おれ、はつじょー、しちゃうの?」
「しませんか?」
問われて、がくぽはしらりと問い返してみた。
瞳を瞬かせたカイトは、ここ最近の癖であるようで、自分の腹を撫でる。
口から飲みこめば、体液はそこに。
下から飲みこませても、そこに――
カイトが自分の腹を撫でるようになったのは、がくぽと体を繋げて、体液を飲みこまされてからだ。
「………」
ふと、がくぽは眉をひそめた。
もしかしたらカイトは、なにかしらの違和感を抱えているのかもしれない。
人間だと、下に入れられた体液はすぐさま掻き出さなければ、腹を壊す。神であるカイトは、そうまでではないようだが、――
がくぽの体がわずかに変質したように、カイトの体もまったく変質していないとは、言い切れない。
ひたすらに、力の強いものが弱いものに影響するだけならばいいが、世界の理はそこまでわかりやすく、素直ではない。
しかしがくぽが問いを放つより先に、カイトのほうがとろりと、蕩けきった笑みを浮かべた。
見入るがくぽからゆるゆると体を滑らせて離れ、寝台に沈んでいく。
「きめた。きょぉは、口でなめる。口でなめて、がくぽの飲んでから、おなかにいれてもらう」
「………」
強欲な決定に、がくぽは瞳を瞬かせる。
カイトは笑って、がくぽの下穿きの中から兆す雄を取り出した。
ちろりと、舌が覗いてくちびるを舐める。
こくりと唾液を飲みこんだがくぽだが、思い直し、カイトの頭をやわらかに掴んだ。
「その前に、カイト殿――ひとつ、だけ」
「ん?」
ご馳走を前にしてお預けを食らわされた子供の顔になったカイトに、がくぽはわずかに言い淀んだ。
今訊くことでもない気がしたが、思いついたときに訊いておかないと、――おそらく、訊けなくなる。
忘れるわけではなく、怯懦によって。
「なぁに?」
やさしく促され、がくぽはもう一度、こくりと唾液を飲みこんだ。
カイトの口こそ止めたものの、手は止めていない。やわやわと撫でられ、揉まれて、深刻ぶった話など後に回せと言われているようだし、自分の思考すら、後に回せと言い出す。
大事のひとの身に関わることだと理性を総動員し、がくぽは仄明かりの中にカイトを見つめた。
「その――御身、………カイト殿の体に、変わったところなど、ありませんか。つまり、ええと……私と交わった、ことで…………具合が悪いとか、なにか」
「………からだ?」
問いに、カイトはきょとんとくり返す。
しばらく考えている沈黙があって、カイトはさらに不思議そうに首を傾げた。
「ううん、べつに…………なんにも?」
「……そうです、か?」
「うん………」
不思議そうに見つめながら、カイトの手は癖として、腹を撫でる。
その癖が、情を交わしてからだとわかっているだけに、がくぽは素直に受け入れられない。
もしかして意識出来ていないだけで、体になんらかの変容が起きているのではないか。
他者の痛みには敏感でも、己には頓着しないカイトだ。
自覚出来ていないだけで――
もしもカイトが病気や不調を訴えても、がくぽには打つ手がない。神が罹る病気など知らないし、その治療法もわからない。
けれど他の神に助けを求めることは出来る。
早く気がつけば気がついただけ、手を打つことが出来るはずだ。
「…………ぁ」
「カイト殿?」
愁眉を解かないがくぽに再び考えこんでいたカイトが、はたと声を上げた。寝そべる自分の体をようやく見下ろし、撫でていた手で軽く腹を叩く。
「あった。かわったこと」
「なんですか?」
身を乗り出して訊いたがくぽに、カイトはへらりと笑った。
「おなか、すくようになった」
「………腹が、――ですか」
「うん」
カイトはあっさりと言ったが、それはずいぶんと異常なことだ。
森と契約する前はいざ知らず、契約して定住したあとの神は、食事をしない。
契約によって与えられる森の気は、神の体力を補い、失われた神力を復元する。
森の気が巡っている限り神が飢えることはなく、必然的に、『おなかがすいた』という状態にも、ならない――
「それは」
「んとね、おなかの………おヘソのへんがね。たまに、きゅうってする。がくぽが、あんまりそばにいなかったり、しばらく口づけしてなかったりすると」
「……は?」
続いたカイトの言葉に、がくぽは瞳を見開いた。
その反応を気にすることもなく、カイトは笑って自分の腹を撫でる。
「がくぽがよそみしてたり、………あとね、夜、寝るまえとかになると、きゅうって」
「………それは、つまり」
呆然としつつ促したがくぽに、カイトは満面の笑みを向けた。
「うん。がくぽのことほしーって、おなかがきゅうんって、すいちゃうの」
「………っ」
がくぽはそろそろと手を上げて、自分の口を塞いだ。そっと、カイトから顔を逸らす。
暗くて良かったと思う。
これ以上なく赤面した自分など、考えるだにみっともない。
こくりと唾液を飲みこんで気を落ち着けつつ、がくぽは下半身のすぐ傍に寝そべるカイトの頭を撫でた。そのまま頬に触れ、顎をくすぐり、首へと辿って、背中を撫で下ろし、小さな双丘へと這わせる。
「ぁ、………んっ」
奥へと入りこむことはなく、すべすべとした肌を撫でられて、カイトは小さく身じろいだ。
構うことなく、がくぽはカイトを見下ろす。
「もしかして、今も――『おなかがすいて』いるのですか?」
「ん………ぅん」
撫でるがくぽの手を見ながら、カイトは素直に頷く。
がくぽのくちびるが笑みを刷き、指が奥へと埋まっていった。
「ぁ………っ」
「どうぞ、いくらでも――好きなだけ。上から下から、たっぷりと食べてください」
「…………は、ふ…っ」
蕩けるがくぽのささやきに、カイトは顔を戻した。
潤む瞳で見つめると、ちろりと舌を覗かせ、笑う。
「『いただきます』」